自動運転技術を人がうまく使いこなせるか? モータージャーナリストが提言

高齢者の運転による痛ましい死亡事故などをきっかけに、人が車を運転しないでも走行する「自動運転」が注目されています。AIの進化に伴って開発が進み、各自動車メーカーやグーグルなどが、開発競争を繰り広げています。
普及すれば画期的な技術革命ですが、技術的な問題や、事故が起きた際の責任問題など、課題も多いようです。この分野に詳しい識者の方々に話をうかがいました。今回は、モータージャーナリストの岩貞るみこさんです。
「ながら運転」が可能に

――ホンダが2020年夏をめどにレベル3の自動運転車を発売するというニュースが報じられています。
岩貞:間違いなく業界にとって大きな転換点になると思います。レベル3の自動運転車は、一定の条件下であれば、ドライバーに課せられている「周囲監視義務」をシステム側が一時的に引き受けます。おそらく高速道路での渋滞時に低速運転する場合などが想定されています。
――「周囲監視義務」をシステムが引き受ける、とは。
岩貞:現在、すでにさまざまな運転支援技術を搭載した車がありますが、運転中の責任はドライバーにあり、常に周囲を監視する義務があります。レベル3になると、一時的であれ周囲を監視する義務をシステムが担うため、携帯電話の保持や、画面の注視といった「ながら運転」が可能になります。
――法律なども、すでに整備されているのでしょうか。
岩貞:レベル3の自動運転車の公道走行を可能とする改正道路交通法が、19年5月に成立しています。20年春には施行されるでしょう。この改正道交法では「システムが運転不可能と判断した場合には運転を交代できる状態でいること」とあります。つまり、走行中の睡眠や、飲酒しての乗車はこれまで通り禁止です。また、運転を交代したら「ながら運転」はすみやかに中止しなくてはいけません。
ちょうど19年12月1日に施行された改正道交法で「ながら運転」の罰則が強化されましたが、レベル3が市場に出てくることを見据えての動きでもあります。
――レベル3の自動運転車が普及するとどんなメリットがありますか。
岩貞:ドライバーの負担軽減、安全の確保が挙げられます。一概には言えませんが、一般的に、男性に比べて女性の方が高速が苦手で、運転したくないという人が多いといわれます。家族での帰省や旅行を例にとると、大渋滞のなかで長時間運転する父親の負担はとても大きく、集中力が低下して、事故の危険性が高まります。
たとえ渋滞時だけでもシステムがサポートしてくれれば、ドライバーの負担は軽減します。女性も高速での運転に積極的になるかも知れません。
自治体も主体的に考え始めた

――2019年は自動運転がより具体化した年と言えるのでしょうか。
岩貞:この年は、自分たちの地域で公共交通機関としての自動運転をどう生かすのか、自治体側が具体的に考え始めた、という印象です。いま、全国各地で実証実験が進んでいますが、高齢者が多い、観光資源はあっても公共交通が弱い、雪深いなど、地域によって事情や需要は異なります。これまではとにかく自動運転車を走らせればいい、という状態でしたが、さまざまな仕組みを主体的に考え、取り組む自治体が出てきています。
例えば、長野県伊那市では、自動運転バスを各戸の前まで走らせるのではなく、あえて公民館までにする。公民館までなら歩いていける距離なので、高齢者の外出の機会が増え、それによって健康が維持でき、健康保険料の支出を抑えられる。といったように、シナジー効果を考えて取り組んでいます。自動運転技術は、単なる移動の道具ではなく、生活の質を向上させるための手段の一つということを、改めて感じました。
自動運転の導入には膨大な予算がかかります。限りあるお金、資源の中でどう使いこなすか、各地で検討が始まっているようです。
――2020年はどういった展開が予想されますか。
岩貞:各地の実証実験は、今後もますます積極的に行われていくと思います。次の段階は、各市町村が抱える固有の事情に応じて、それぞれの市民に使いやすい、具体的な活用法が考えられるでしょう。ドローンと組み合わせた物流システムの開発や、乗りたい時だけ呼び出すオンデマンド化も進むと思います。
また、東京五輪・パラリンピックは、日本の技術力を世界に向けてアピールする大きなチャンスです。各社が高めてきた技術が、一気に出てくるはずです。
もう一つは冒頭にもお話しした、ホンダのレベル3の自動運転車の発売です。レベル3の登場によって、今後車内でできることは多様化します。大きなビジネスチャンスでもあるので、食品や医療、レジャー、ペット業界など、意外なサービス、業界と結びつくかも知れません。とても期待しています。
完全自動運転はまだ先の話

――運転がお好きな岩貞さんは、自動運転車の普及によってハンドルを握れなくなるとしたら寂しく感じませんか。
岩貞:最終的に乗用車にハンドルがなくなり、電車に乗るようなスタイルになると、少し寂しいですね。ただ、運転が好きな私でも、第二東名のようにトンネルだらけでまっすぐな道を長距離走っている時には、ここは自動でいいのかな、とも思います。それに、そう簡単に完全自動運転の世界は来ません。おそらく私たちが生きている間は、一般道での完全自動運転は難しいでしょう。しばらくはまだ、運転支援の時代が続きます。
運転支援も、車好きの中には「そんなものいらない!」と言う人もいるようですが、実は技術とのコラボ運転は、結構面白いんです。
車線の逸脱を防止するシステムが搭載された車に乗ると、メーカーによって味付けが違います。BMWは「ガッガッ」と力ずくで戻してくれて頼もしい。メルセデスベンツは私の手の動きに添うようにさりげなく調整してくれて、自分の運転が上手になった気がします。こうした味付けは、各メーカーの競争領域なので、安全への考え方で差が出ます。技術が未完成だと煩わしいだけですが、完成度が高くなると本当に使いやすく、車がパートナーのように感じると思います。
技術はあくまでも技術。上手に使いこなすことでその価値が生まれます。運転支援技術も、自動運転車も、安全で快適な生活に寄与してくれると信じています。
プロフィール
岩貞るみこ(いわさだ・るみこ)
1962年横浜市出身。88年からモータージャーナリストとして活動を始める。雑誌やウェブでの執筆のほか、ドライビングスクールのインストラクターなども務め、安全運転普及に注力。ノンフィクション作家としての近著に「命をつなげ!ドクターヘリ2」(講談社青い鳥文庫)、「キリンの運びかた、教えます 電車と病院も!?」(講談社)。内閣府の戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)・自動走行システム推進委員会構成員、自動運転の実現に向けた警察庁の調査検討委員でもある。
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