「満足なブタでいるよりも不満足な人間でいたい」台湾で「年収60万円」生活の大原扁理さん

トークイベントでの大原扁理さん(2020年2月)

社会と距離を置き、少しだけ働いて、なるべく出費を抑える生活を楽しむーー。ライターの大原扁理(おおはら・へんり)さんは、そんなミニマムなライフスタイルを「隠居」と呼び、10年近く実践してきました。

週に2日だけ働き、年収90万円で生きる。そんな隠居生活を6年間、東京で送ったのち、台湾に移住。今度は1カ月働いたら2カ月休むというスタイルの「年収60万円」生活に切り替え、3年半が過ぎました。

そんな日々をまとめた本が『いま、台湾で隠居してます』(K&Bパブリッシャーズ)として、12月に出版されました。現在は「コロナ禍」で一時帰国している大原さんに話を聞きました。

いずれ台湾での隠居生活を再開させたいという大原さん。台湾の人たちには、外国人や性的少数者、障害者といったマイノリティ(少数派)を「いつかは自分も当事者」と受け入れる寛容さがあると見ています。

「台湾には人間関係のグラデーションがあった」

ーー台湾では台北の郊外に住み、年収60万円、ひと月あたり5万円で暮らしていたとのことですが、東京にいたころと変わらない生活を送れていたのですか?

大原:自分ではそう思っていますね。物価の比較でも、台湾ってだいたい七掛け(70%)ぐらいなんです。自分の生活費も大体それくらいになったなあと実感しています。

ーー台湾の人たちは、大原さんの暮らしをどう捉えているんでしょうね。

大原:みんな悩んでいることは一緒だから、興味を持って見てくれているなぁというのはありますね。(台湾でも出版された自身の本)『20代で隠居』に対する反応を見ていると、みんな、人生の満足とか幸せを解決するためには、お金だけでは限界があるなって思っているんですよね。だから、物質的な豊かさが頭打ちになった日本の若者がどう生きているのかっていうことへの興味・関心が高くなっている。

ーーなぜ、台湾だったのでしょうか?

大原:ひとことで言うと、そういうノリというか、フィーリングで決めちゃったんです。それを後押ししたのは、やっぱり治安の良さとか、物価の安さとか、日本と関係が良いということとか。あとは物理的に距離が近いとか、言葉がなんとなくわかるといったこともありました。

イギリスで暮らしたことがあったので、かなり前にワーホリ(=ワーキングホリデー)を申請してみたんですけど、落ちて。縁がないと思ってさっさと諦めました。台湾は、大使館に問い合わせたら「ビザの枠が余ってる」って言われたんですよね。「じゃあ行けるじゃん」ということで、より簡単なほうを選びました。ハードルは、下げて生きていきたいですよね。

ーー名残り惜しいとか、友だちと別れなければならないといった思いはなかったのですか。

大原:東京のアパートを引き払って行ったので。「あとを絶たれたほうが面白い」というか、実験精神みたいなものがあるんです。制限がなければ「ゲーム味」がないというか。

そうは言っても、東京で6年間暮らしたので、一応自分の居場所というか人間関係というものがあるんですね。だからそれを完全に「捨てる」っていうのとも、ちょっと違っていて。「海外で暮らす」というのは、そこでしか生きていけなくなるということではなくて、選べる場所がちょっとずつ増えていく感じがしています。

ーー台湾で人間関係を構築するのも大変そうな気がするんですけども。

大原:最初は大変なのかなって思っていたんですけど、台湾って人間関係のグラデーションが幅広いように思うんです。日本だと「友だち」の範囲が狭いというか、「友だち以外はすぐ他人」という感じじゃないですか。だけど台湾はその間がすごく広い。私はアパートの隣に住んでいる中国人留学生にけっこう助けてもらったんですけれども、そういう、友だちではないけど他人ではない、その間の人たちに支えられました。「東京ではこのグラデーションはなかったなぁ」というのはありますね。

「士林夜市」(大原さんのブログより)

ーー実際に暮らしてみて、当初のイメージと違っていたのは?

大原:意外だったのは、台湾のほうが隠居生活をしやすいと感じたところです。「生きやすさ」を考えたときに、個人がそれを実現できる余地と、社会がそれをサポートする余地があると思っていて。それらが拮抗したときに「生きやすい社会」になるのかなと。

それでいうと日本は個人の力任せというか、「自己責任」というやつですね。社会が個人の生きやすさをサポートしてくれていない感じがします。だけど台湾って、もともと多民族社会で、原住民もいれば、中国系もいれば、客家(ハッカ。漢民族のひとつ)の人もいる。外国に統治されていた時代もあるので外国人にも慣れていて。社会にいろんな人がいるのが当たり前なんですよね。

すると、社会のシステムとか制度を作っていくときに「いま一番困ってるのは誰か」というところに目が届くんですよ。最近だと、同性婚があって。アジアで初めて同性婚が認められたんです。今まであまり語られてこなかったマイノリティの権利にも目が届いていて、ちゃんと法律を作れるというのが、すごいなと思いました。たぶん台湾の人たちはみんな、自分だっていつかマイノリティになるかもしれないという「いつかは自分も当事者」意識があるんです。

ーー自分も障害者になったりお金に困ったりするかも、と。

大原:社会って、放っておくとマジョリティ(多数派)に最適化されがちじゃないですか。そこを、いかにマイノリティも一緒に生きていくっていうことを考えられるか、というところが「成熟度」じゃないかと。人間が人間であることの理由というか。弱肉強食で、弱った人から「はい、さよなら」ではなくて、弱者も一緒に生きていけるっていうのを考えていく。だから台湾ってある意味、日本より先進国じゃないかなって思うときがありますね。

ーー逆に、台湾の「ここはちょっと……」と思うところは?

大原:すべては一長一短なのでどちらとも言えるんですけれども、無理やり探すと「適当」ですよね、台湾の人って。台湾では、(日本向けの)ガイドブックの仕事をしているので取材のアポを取るんですけど、時間通りに行っても担当者がいないとか、店が閉まっているということは結構あって。

ただ、私はその適当さを何とも思わないといいますか。自分は外国人として台湾に住んでいて、しかも「隠居」っていうかなりマイナーなライフスタイルを送っている。こんな生き方が許されるのは、台湾人の適当さのおかげだと思っているんです。なので、これはよい点だと思いたいですね。

ーー「適当」だから、世の中にいろんな人がいることを受け入れられる。

大原:「自分は完璧ではないけれど、あなたのことを許すから、自分も許してね」みたいな感じですね。このあいだ、誰だったか心理学者が言っていたんですけど、人には「強烈な不安を感じると、他人より優位に立つことで安心したくなる」という本能があるらしくて。今、みんな不安だから(ネット等で)炎上しがちなのはしょうがないのかなとも思うんですけれど、たぶん自分に厳しいんだと思います。みんな、自分を許せていないから、他人を許せないんですよね。

「保安宮」(大原さんのブログより)

「週5日フルタイムで働かなければならない」という考えは間違っている

ーー周りからすると制限されているようにも見える暮らしのなかで、大原さんは「幸せ」をどう見つけているのでしょうか。

大原:前からちょくちょく言っているのは、幸せの沸点が低すぎるんですよね。お茶を飲みながら本を読んでいるだけで、すごく幸せって思えるたちなので。

ーーその「沸点」は年齢を重ねて高くなっていますか、それとも低くなっていますか?

大原:低くなってると思います。朝起きて、身体に痛いところがないだけで幸せなので。

(人と比べる)相対的なものではなくて、自分だけの絶対的な「幸せ」を目指しているからそうなってるのかもしれないですね。人からうらやましがられても、自分が好きじゃないことをやることに興味がないというか。

逆に言えば、見下されていても、自分がハッピーだったらそれでいいやと思っているところがあります。正直言って「隠居」生活なんか、経済的に見たらうらやましくないっていう人も多いでしょうし。

ーー長いあいだ「隠居」生活を続けてきて、「ひとり」とか「孤独」という言葉に対する考え方の変化はありますか?

大原:「ひとり」という状態という意味では、いま「コロナ禍」でひとりでいると褒められるぐらいの感じがあるじゃないですか。そうなると、「ひとりでいること」がいいとか悪いとかっていう世間の基準は、本当にあてにならないなあって。

あと話がずれるかもしれないですけど、コロナになる前から「コロナ禍」のような毎日を生きなければならなかった人、外出をしにくかった人の気持ちがわかりましたよね。こんなに大変なんだって。「緊急事態」になる前から「緊急事態の日常」を生きていた人がいるんだっていうことを思い出させられましたね。

ーー大原さんが生きていくなかで優先していることはなんですか?

大原:やっぱり毎日楽しく、悔いなく生きることが一番だと思っていて。そのために必要なものと不必要なものをきちんと分けているんですね。それができているのであれば、手段は「隠居」じゃなくてもいいんです。

別に「隠居」を人に勧めるつもりもなくて。ただ、週5日フルタイムで働かなければならないとみなさんが思っているところに「それ間違っていますよー」って言いたいっていうのはありますね。「やってみたら違いましたよ」って。自分は幸せの沸点が低いので週2日の労働で済んでいますけど、あなたはどうですか? っていう問いかけをしたいなと。

なんでかっていうと、「働き方改革」というものがありましたけど、あれも最終的には国が決めることではなくて自分で決めなきゃならないと思ってるですよね。人って、他人とか社会に決めてもらっていると、結果に責任を感じるのをやめちゃうので。どういう結果になっても「人が責任を取ってくれるからいいや」ってなってしまうと、人生が人任せみたいになってしまう。

ーー自分が決めていれば、失敗しても受け止められる。

大原:もうちょっと、自分の人生が自分のものになった実感があるといいですよね。人に決めてもらってばっかりだと誰の人生なのか、誰の命なのかわからなくなる。

経済学者でジョン・スチュアート・ミルという人がいるんですけれども、「満足なブタでいるより不満足な人間であれ」って言ったんですね。たしかにブタって満足ですよね。寝場所もあってエサも与えてもらって、全部人に決めてもらって。私はそれが幸せだと思えないのは、行き着くところがどこかを想像すると、屠殺でしょうって思っちゃうからですね。

だから、絶対、なんか裏があって甘やかしているんだと私は疑ってしまう。だったら自分で、たとえ野垂れ死んだとしても屠殺よりはマシという考え方なんです。

ーー結果的に、ブタとして死ぬより早くなったとしても。

大原:そうです。死に方は自分で決めるよって。そのほうが絶対に最後、納得できるので。すごく自由で満足できる人生だと思う。「自分」でい続けたいですね。

 

大原 扁理(おおはら・へんり)プロフィール

1985年愛知県生まれ。25歳から東京で隠居生活を始める(内容は『20代で隠居 週休5日の快適生活』などで紹介)。31歳で台湾に移住。『年収90万円で東京ハッピーライフ』(太田出版)、『なるべく働きたくない人のためのお金の話』(百万年書房)の著書がある。

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土井大輔 (どい・だいすけ)

ライター。小さな出版社を経て、ゲームメーカーに勤務。海外出張の日に寝坊し、飛行機に乗り遅れる(帰国後、始末書を提出)。丸7年間働いたところで、ようやく自分が会社勤めに向いていないことに気づき、独立した。趣味は、ひとり飲み歩きとノラ猫の写真を撮ること。好きなものは年老いた女将のいる居酒屋。

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