「早くも閉店の危機です」から1年 「自分でカクテルを作るバー」は今

「オープン1か月で早くも閉店の危機です。隠れ家すぎるのか、本日もお客様がいらっしゃってません」。2019年10月、Twitterでこんな投稿があり、2.6万以上リツイートされました。

投稿したのはバー「セルフカクテル540(ファイブフォーティ)」をひとりで経営する越尾佳邦(こしお・よしくに)さんです。

「カクテルを自分で作る」というコンセプトのこの店は、東京都八王子市にあります。オープン当日は、越尾さんの友人が何人か来たそうですが、翌日から来客ゼロの日が続きました。苦しまぎれに投稿したのが、上記のツイートでした。

このつぶやきには、

「(場所が)近ければ行く」

「自分で作るというのがわずらわしいのでは」

「自分で作ることに惹(ひ)かれない」

「上手なバーテンを雇ってアドバイスを受けられるようにしては」

といった意見が、1000以上寄せられました。

それでも越尾さんは、店の仕組みを変えることなく経営を続け、オープン1周年を迎えました。この1年、店はどういう状況だったのでしょうか。そもそも、なぜこの業態でやろうと思ったのでしょうか。筆者もこの店でカクテルを作ってみながら、話を聞くことにしました。

自分で作ったカクテルを自分で飲む面白さ

店は、JR八王子駅から徒歩5分ほどの場所にあります。地元の人に向けて説明するなら、「ドンキの裏あたり」です。飲食店がいくつか入るビルの3階の1室が「セルフカクテル540」です。

仕組みはいたってシンプル。自分で作ったカクテルを自分で飲む。それだけです。

料金は時間制で、90分なら1600円、120分なら2100円などと決められており、滞在時間に応じて退店時に支払います。「自分では作れない」という人には、1杯500円で越尾さんに作ってもらうコースもあります。その場合、時間制の料金は不要です。

おつまみはいくつか用意されていますが、200円を払えば、自分で持ち込むこともできます(料金はいずれも税込み)。

店名は、越尾さんの苗字コシオ(=540)と、スキーやスノーボードのテクニック540(ファイブフォーティ)からとったそうです。

「ファイブフォーティ(=スキーやスノボで滑りながら空中で1回転半する)って、初級者が中級者になるあたりでおぼえる技。うちの店に来てくれた方が、ここをきっかけにカクテルの初心者・初級者から、中級者になってくれたら」(越尾さん)

筆者がまず作ったのは「ホワイト・レディ」というカクテル。これまで気にしたことがありませんでしたが、カクテルにはシャカシャカとシェイカーで振るものと、かきまぜて作るものとがあり、「シャカシャカと振るやつをしたい」と伝えたところ、これを薦められたのです。

シェイカーを振るだけで、なぜか大人になれた気がした筆者

壁に貼られたレシピ表によれば、ジンを30ml、コアントローを15ml、レモンジュース15mlをシェイクするようです。瓶がたくさん並んでいて、なにが何やらわからないので、越尾さんに用意してもらいました。店にはアルコールだけで120~130種類あるそうです。

次に、鼓(つづみ)のような形のカップで、計量します。カップの内側に線があり、下から3番目の線まで入れると30ml、一番下の線までが15mlとのことなので、それを目安に計り、シェイカーに入れていきます。最後に、氷をシェイカーの7分目あたりまで入れます。

右手の小指と薬指で挟むようにシェイカー持ったら、シャカシャカと20~30回振ります。初めてやってみてわかったのは、とにかく手が冷たいということです。越尾さんによると、氷が溶けるとカクテルが薄まってしまうため、手早くするのがコツだそう。プロとの技量の差が出やすいポイントでもあるようです。しかし冷たい。

「お客さんがゼロの日は精神的にツラい」

越尾さんは現在40歳。スキーのインストラクターの資格を持っており、これまで全国のリゾート地で、スキーを教えたり宿泊施設で働いたりしてきました。「540」を開く直前は、温泉街で温泉まんじゅうを売っていたそうです。

そのなかで「自分でカクテルを作るバー」のアイデアが浮かびました。飲食店で働いていたときは、会社を経営している常連客にそんなバーを作ってほしいと頼んでいましたが、実現しませんでした。

そこで「じゃあ自分でやるか」と、店を開くことにしました。

「この業態で『いける』という自信はありませんでした。誰もやっていないということは、何かしら問題があるんだろうなと思っていたので」

開業資金はすべて貯金から。仙台(宮城県)、名古屋(愛知県)など場所にこだわらず物件を探した結果、たどり着いたのが八王子だったそうです。

手探りでの開業でしたが、冒頭のツイートが「バズった」結果、次第にお客さんが来るようになりました。「女性の『おひとりさま』が多いのが予想外だった」と越尾さん。「カクテルを自分で作ってみたい」というニーズは、女性にあるのかもしれません。

しかし、売り上げがようやく安定し始めた矢先に「コロナ禍」が起こり、すべて振り出しに戻ってしまいました。外出自粛期間の休業を経て、店は6月に再開しましたが、厳しい状況が続いています。

「コロナ以降、見かけなくなったお客さんが結構いらっしゃるので、正直、赤字です。ただ、この店は人件費も食品のロスもほとんどないので、なんとかやっています」

もうやめようかと思うことも「しょっちゅう」あるそうです。「お客さんがゼロの日っていうのが精神的にツラくて。ひとりでも1組でも来てもらいたい」と、越尾さんは言います。

生まれて初めて自分で作ったカクテルは酒の味がしなかった……

ちなみに、筆者が生まれて初めて作ったカクテルは、ちゃんと計ったはずなのに量が少なく、味も薄いように感じました。

すぐにまた作ってみたくなり、今度は「店で一番人気」という「グラスホッパー」に挑みました。シェイカーとカップは毎回、交換します。今度は美味しく飲めました。

ここでは3~4杯作る(そして飲む)人がほとんどですが、なかには10杯近く飲む人もいるそうです。

「この店で『カクテルっておもしろいな、じゃあ今度は本格的なバーに行ってみるか』っていう人が増えたらいいな、と。そこで自分で作ったのと比べてみて、美味しい、何が違うんだろう? 自分もこれくらい作れるようになりたい……って、またここに戻ってくる。それを繰り返してもらうかたちになればいい」

越尾さんはそう話していました。現在はTwitter経由で遠くからやってくるお客さんが大多数なので、22時以降にも立ち寄ってくれる地元・八王子のお客さんを増やすことが当面の目標とのことです。

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土井大輔 (どい・だいすけ)

ライター。小さな出版社を経て、ゲームメーカーに勤務。海外出張の日に寝坊し、飛行機に乗り遅れる(帰国後、始末書を提出)。丸7年間働いたところで、ようやく自分が会社勤めに向いていないことに気づき、独立した。趣味は、ひとり飲み歩きとノラ猫の写真を撮ること。好きなものは年老いた女将のいる居酒屋。

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