精神科医は「薬を出すだけ」アル中の悩みを聞いてくれない(ひとり断酒会 5)

ウーロン茶を鯨飲する飲み会

「禁酒を始めたのだから、飲み会には行かない」

……という考えを、僕ははじめから持っていなかった。飲み会にはバンバン顔を出す。誘われたら絶対に断らない。それが僕のポリシーでもあるからだ。

禁酒を決意し、精神科を訪ねたときの話→【第4回】「一緒に治療できる人、誰もいませんか?」医師の言葉が重く響いた

プライベートでは極めて孤独な陰キャ中年、仕事もフリーランスとくれば、同業者や取材で知り合った人々から声をかけられて顔を出す食事の席は、貴重な社会との接点なのである。僕なんぞを酒席の勘定に入れてくれるのが嬉しかったし、だから酒を止めても、いままで通りに皆さんのお誘いに応じつつ、ウーロン茶をビールのごとく呷った。

そんな僕を見て、「あれっ、飲まないの? いつもめっちゃ飲むじゃないすか!」と誰もがびっくりするのだが、それ以上のツッコミはない。「飲みすぎちゃって、反省中で」と言えば、笑って納得してくれる。

幸いにして僕の生息する出版マスコミという業界は、人に酒を強要するアルハラ的な風潮はあまりない(と思う)。僕のような正体不明のフリーランスも多いし、好き勝手に生きている人間の集まりでもあるので、他者の決意や、趣味嗜好・性癖・前歴・背後関係等にも比較的寛容な人々が多いのではないだろうか。

そこに居心地の良さを感じて20年以上も居座っているのだが、そういう意味では酒を断つ環境として悪くなかった。飲まなくても酒席には誘ってくれるし、ひとりウーロン茶を鯨飲していてもなんとも思われず、深く詮索されることもない。

それに、酒を飲まなくても、飲み屋のざわついた空気の中にいるだけでも、なんだか気持ちが浮き立ち、ちょっとだけ酔っているような高揚感があるものだと初めて知った。

(なお、この後にコロナ禍となり、酒席そのものが激減した)

禁酒しているいまも飲み屋街の風情が好きで、よく歩く

精神科医の心ないひと言

こうして飲み会にも参加しつつ、仕事をこなしながら、大量の薬を服用する毎日を過ごしていたのだが、そのおかげか「酒が飲みたくて仕方ない」といった状態に陥ることはなかった。とりわけ「飲酒欲求を抑える」という薬「レグテクト」が効いているのかもしれない。

禁断症状もキツかったのは最初の5日間くらいだったろうか。夜になって眠ろうとフトンに入ると、異常発汗と幻聴が起き、不安感が胸に渦巻き、眠れなかったのだが、それもやがて収まった。荒れていた胃腸も、吐きすぎて胃酸で爛れていた喉もすっかり治った。なかなか順調な禁酒生活じゃないか……と、精神科に2度目の診察へと向かった。

前回同様、朝イチに予約を入れたのだが、やはりこの日もすでに患者とその家族がおおぜいいた。とはいえ、暴れるでもなく泣きわめくでもなく、なにか独り言をつぶやいているでもない。みな静かに順番を待っている。歯医者のロビーと変わらないな、とも思ったが、ここにいるの誰もが心になにかを患っているのだ。

僕もそのひとりなのだが、今日の診療ではここまでの経過観察をするらしい。ちょっと楽しみにしていたのだ。

なにせアル中トークができる相手は医師だけなのである。薬や禁断症状のこと、孤独な人間がどうやってひとりで治療していけばいいのか、医師にはいろいろと聞きたいことがあった。緊急搬送された病院でも前回の診療でも、いちいち「家族は、パートナーは」と問いただされるので、気になっていたのだ。

こういうスナックビル、いいですよね

気合を入れて取材時より細かなメモ書きなんぞを用意して臨んだのだが、順番が来て名前を呼ばれ、診察室に入った僕は、医師の言葉を聞いて耳を疑った。

「えーと、誰だっけ?(笑)」

一瞬、頭に血が上る。患者に対して、なに言ってんだこいつ。

医師はカルテをぱらぱらとめくり、「あーアル依のね、はいはい」とかなんとか呟いた。「で、どうですか、その後」

もはや話す気力をごっそり奪われていたのだが、初診から2週間の経過を伝え、これからの治療をひとりでどうあたるべきか……なんてことを話そうとすると、遮るように言う。

「投薬のほうはどうしますかね。もし続けるなら、次は1か月分を出しますんで。次回は1か月後でいいですよ」

とうてい身の上話を聞いてくれる雰囲気ではない。薬のことだけ決めてさっさと切り上げてくれという様子なんである。初診のときに僕の吐き出す悩みや苦しさを温かく受け止めてくれた医師と同一人物だとは思えなかった。初回無料で、2回目からは豹変するホストクラブかよ。

なんだか打ちのめされた気分で、5分も経たずに診療室を追い出されて会計を待っていたのだが、よく見ているとほかの患者も2、3分で診察を終えて処方箋を受け取り、さっさと出て行く。この精神科はほとんど「薬売り」なのであった。

そういうことか……。ひとりひとりの患者なんて覚えているわけもないのだ。機械的に患者をさばいてばんばん薬を出すのが仕事なんであって、悩み相談室は初回サービスなのだ。患者のほうも薬さえもらえればそれでいいと割り切っているようだ。切実な思いを勝手に抱えて、話をしたいとやってきた僕ひとりがアホだったのである。

その後いろいろと調べてみたのだが、精神科医は薬をもらうところ、悩みを聞いてほしいならカウンセラーに行け、というのがこの業界の習わしのようだった。

とはいえ、心の病を診る医者が「誰だっけ?」はないだろう。あのひと言でヤケ酒を飲みたくてたまらなくなってしまったのだが、そこはぐっとガマンした。一般常識を知らずに訪れた僕も悪かったのだが、それ以降どうにも精神科を訪れる気にはなれなくなってしまった。

海外取材先では場末の飲み屋でだらだらするのが好きだった。こちらはタイのチャーン島

ひとりなんだから飲みまくればいいじゃない

極めて気が弱くナイーブな僕にとって、ショックな言葉はもうひとつあった。知人から問われたのだ。

「なんのために酒を止めるの?」

言葉に詰まった。

「ムロハシさんはさ、家族もいない、女もいないでしょ。もういい年だし、このままずっとひとりでしょ。だったらいまさら禁酒なんかしなくたって、好きに飲みまくればいいじゃん」

確かにその通りではあった。酒を止める理由は、実のところあまり見当たらなかった。心配してくれる家族のために立ち直りたい。パートナーに迷惑をかけたくない。そういった明確な理由が僕にはないのだ。

知人の言う通り、酒を飲み続けてそのまま身体を壊して野垂れ死にしても、誰も困る人間はいないし、それはそれで僕自身ハッピーな終わり方なのかもしれない。そう考えると、一生懸命に酒を止めようとしていることが馬鹿らしく思えてくる。無力感に襲われる。

しかしだ。こんな僕にも「ちゃんとしたい」という思いはある。いままでの人生、仕事だけはしっかりやってきたつもりだけれど、自分の身の回りのことについてはほとんど投げ出すようにして暮らしてきた。そこを見直したいと思うのは、いけないことなのだろうか。

社会を構成する最小単位である「家族」すら持つことのできない孤独な人間は自堕落にそのまま死んでしまえ、という世間の声はわかるけれど、もう少しちゃんとしてから死にたい。そう思ったのだ。

いろいろと凹むことの多い禁酒1か月だったが、一度決めたことなのだ。まだまだがんばって、酒のない生活を続けてみよう。

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室橋裕和 (むろはし・ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『ルポ新大久保』(辰巳出版)、『日本の異国』(晶文社)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『バンコクドリーム Gダイアリー編集部青春記』(イーストプレス)など。

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