フリーライターの宿命。血を吐きながら原稿を書き続けた(ひとり断酒会 3)

早朝、僕は数時間を過ごした緊急処置室を出た。長い一夜だった。点滴を何本も注入したおかげか、身体はずいぶんと軽い。それでも吐き気は残っていて、たびたびトイレに駆け込んで血と胃液を絞り出した。

処置室の看護師に促された通り、会計に出向いてみる。いったいいくら請求されるのだろうと心配していたが、示された料金は1万円ほどだった。

救急車を呼び、何人もの人の手をわずらわせ、何時間もかけてあれやこれやと治療をしてもらってこの値段である。安いと思った。救急車自体は無料なのだそうだ。健康保険を支払っている意味を、はじめて感じた。

そして玄関ホールを出て、朝のさわやかな日を浴びる。周辺の景色を見渡して、そうか、この病院だったのかと、そこで初めて知った。救急隊員に聞いたような気もしたが、どこに搬送されたのかまったくわかっていなかったのだ。自宅からは徒歩で15分ほどの大きな病院だった。

病院搬送までの経緯→【第2回】吐血が止まらない。独身の「アル中」が救急車で運ばれた

歓楽街を飲み歩いているだけならアル中度は低い。自宅で一人で飲むことにハマると危険

原稿を書いている間は、痛みを少し忘れた

さて、まずは原稿を書かねばなるまい。今日はとある媒体で長年続けている週刊連載の締め切りなのだ。こればかりは落とすわけにはいかない。病院からタクシーに乗り込んだ。電車やバスの中で吐き気に催されるよりは、タクシーのほうがいいだろうと思ったのだ。

看護師にもらったゲロ用ビニール袋を握りしめながら、早朝の大久保通りを走る。酔いはすっかり醒めていて、世界が妙に透き通って見えるような気がした。

事務所に着き、パソコンを立ち上げる。ネタは決まっているし、プロットもある程度は組んでいるのだ。そこへ肉づけするように、原稿を書いていく。その間、何度かトイレに行って少量ながらも血を吐いた。

それよりもきついのが、しゃっくりだった。昨夜から10数時間ずっと吐き続けていたせいで横隔膜が痙攣してしまっているのか、とにかく止まらない。ひっきりなしにヒックヒック言っているのである。これが意外に苦しい。加えて喉の焼けるような痛みもつらかった。逆流してきた胃酸によって文字通り喉が焼けただれているのだろう。ヒリヒリと染みる。

それでも、原稿を書き、この3日ほどの間にたまっていたメールを片っ端から返信し、請求書をつくりと、仕事をしている間は少しだけ痛みを忘れた。

薬は鎮痛剤や炎症止め、抗生物質やらなんやら山のように出してもらっていた。しかし「食前食後」と言われても食欲はまったくない。だからせめて水でも、と思ったのだが、飲むとすぐに胃が拒絶反応を起こし、戻してしまう。薬も飲んでみたが、やはり受けつけない。

だからあきらめて、とにかく仕事をしようと僕はパソコンに向き合った。体調や精神状態がどうであろうと、書いて書いて書いて、納品し続ける。でないと原稿料が滞り、飢え死にしてしまう。そんな恐怖を常日頃から感じているが、かといって誰が助けてくれるわけでもないのだ。

常に一人で走り続けるのがフリーランスだと思っている。だから3日間も休憩してしまったことに罪悪感を覚えていた。こういう強迫神経症なところも、僕がいまのところなんとかフリーで食っていけている理由であり、同時に酒に逃げた一因でもあると思う。

アル中時代にときどき通っていたおでん屋にて

アルコール依存症は「否認の病」

その日の夜はまったく眠れなかった。

昨夜だって一睡もしていないのに、目が冴えて仕方がない。何度も寝返りを打つ。それに頭の芯に響くような、甲高い音が聞こえ続けていた。

幻聴であることはわかっている。離脱症状なのだ。連続飲酒を中止したあとに起こるさまざまな身体・精神的現象、いわゆる禁断症状である。いつの間にかパジャマをズブ濡れにしている異常発汗もそのひとつだ。

疲れ果てているのにまったく眠れず、キーンという異音が頭蓋にこだまし、不快な汗が止まらない。相変わらずしゃっくりもひどい。叫び出したい気持ちもあったが、気を落ち着けて、スマホに手を伸ばす。ニュースを追った後、近所でアルコール依存症の治療をしている病院を探してみた。

いくつか見つかったが、それはどれも「精神科」や「心療内科」に属するものだった。自分が精神疾患を抱えているのだと思い、いまさらながらため息をつく。

いろいろと治療法について調べていくうちに、アルコール依存症は「否認の病」であることがわかってきた。自分がアル中だということを認めない人がかなりの部分いるようなのだ。「まだ大丈夫」「飲んでいるけどたいした量じゃない」「いつでもやめられるはず」なんて考えるのだそうだ。たぶんそれは、まだ飲んでもいい言い訳を探しているのだろうと、同類としては思う。

また過度の飲酒によって生活が乱れても、家族やパートナーがフォローしてくれたり、仕事のミスは同僚がカバーしてくれたりして、問題の大きさに気がつかないこともあるのだという。そしてやはり「俺はアル中じゃない」と否認する。そのため家族が勧めても病院に行かず、治療に入ることができない。

その点、僕は「たいしたことないよ」と虚勢を張る相手がいない。否認する相手そのものがいないのだ。

仕事以外で人と接することがほとんどないため、自分自身とイヤでも常に向き合っており、自らの心身がいまどういう状態なのかはよくわかっている。否認する理由はまったくなかった。僕はアル中なのだ。精神科に通わなくてはならない。

しばらく禁酒してみよう。

そう腹を決めたのは、今朝方の看護師のひと言からだった。

「ねえあなた、もうお酒やめな。一人だけで、いろんなことあるだろうけどさ、いいことないよ」

彼女にしてみれば、仕事の中で何気なく発したひと言だったのだろうけれど、誰からもそんな言葉をかけられたことがなかったので、胸に刺さった。それに「アル中治療」という、いままで知ることのなかった世界を垣間見られるという興味も湧いてきた。これもひとつの経験だ。

ちょっと一杯お気軽に。その一杯がまずいのよ

禁酒後、最初の食事はゼリー飲料

「えっ、2か月待ち?」

翌日、アルコール依存症治療の評価が高いという病院に電話してみたところ、申し訳なさそうに予約は2か月先になると言われてしまった。世の中にはどれだけアル中が多いのだろうか。僕みたいな連中が治療しようと列なしているのである。

残念だが2か月も待っているわけにはいかない。僕はいますぐ治療を開始したいのだ。そこで別の病院に当たってみたところ、

「では、明日にでもいらっしゃいますか」

と柔らかな声が返ってきた。さっそく予約を入れて、いくらかほっとする。原稿を書くにあたり取材のアポが取れて、ひとつ前進したような気分だ。

さて、明日のためにも、少しは体力を取り戻しておきたい。なにか食べなくてはならない。吐き気はだいぶ収まってきていた。とはいえ、固形物はまったく食べられそうにない。お粥なども無理そうだ。

そこでいろいろ思案した結果、思いついたのはゼリー飲料だった。スーパーマーケットやコンビニを見てみると、思いのほかたくさんの商品が並んでいる。摂取できるビタミンや栄養素によって細分化されているのだ。

試しにいくつか買って、恐る恐る口にしてみた。

傷ついた喉を痛みもなくするりと通り、胃に落ちても吐き気はない。それになにより、甘露のようだった。しばらくぶりの食事に、身体が喜び、血が巡るのを感じる。どうにか薬も服用できた。

さあ、明日は病院だ。

(次回に続く)

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室橋裕和 (むろはし・ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『ルポ新大久保』(辰巳出版)、『日本の異国』(晶文社)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『バンコクドリーム Gダイアリー編集部青春記』(イーストプレス)など。

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