頼れる人がいない「孤独なアル中」はどうやって断酒すればいいのか(ひとり断酒会 1)

「アルコール依存症は、家族やパートナーと一緒に治していきましょう」

そんなことが当たり前のように、お題目のように語られるアル中業界。では、頼れる相手が誰ひとりいない人間は、どうすればいいんだろうか。

そんな質問に答えてくれる人は、実のところあまりいない。「孤独なアル中」に対するアドバイスや治療法は、この社会に少ないのだ。

だが、世の中には孤独だからこそ酒に逃げ、酒に溺れ、酒地獄の泥沼にもがいている人間だってたくさんいる。僕もそのひとりだ。酒を断ってなんとか2年を過ごしたが、いまも飲酒欲求との戦いは続いている。

僕たち「孤独な依存症患者」は、どうやって酒と折り合い、断酒していけばいいのだろうか。この連載コラムはそんなテーマを模索していくものだ。

底辺独身男の3泊4日アルコールマラソン

連続飲酒は4日目に突入しようとしていた。

部屋にこもり、ひたすらに酒を浴びては意識を失って気絶し、目が覚めたら寝起きにまたコップに手を伸ばす。常時アルコールの霧で脳を満たし続けるというひとり遊びに、僕はハマっていた。

もはやビールとかサワーでは酔えないカラダになっている。だからキツい焼酎やウイスキーを、ストレートでがぶがぶいく。味もどうでもよいので、コンビニで買った1本200円の底辺焼酎をイッキ飲みすれば今日も宴たけなわ、YouTubeやらアマゾンプライムで動画を眺め、寝転がってマンガを読みふけり、腹が減ればそこらに転がっているポテチや菓子パンをむさぼる。

今日はまさしく宴であったのだ。

原稿の締め切りもなければ打ち合わせも取材もない。仕事仲間との飲み会もない。そんな日が3日も続くのは珍しいことだった。しばらくひとりの世界に閉じこもれる……そう思った僕は、前日の夜も含めたこの3泊4日を自分の中で「祭り」と認定し、リミッターを外してとことん酩酊しようと目論んだ。

ふだんから狂ったように飲んでいるが、さらに気合いを入れて大量の酒とツマミを買い込み、ボロアパートの扉を固く閉ざして引きこもる。さあ、もう少しひとりの世界に遊ぼう。

鬱から逃げるために、気を失うまで飲む

何度目かの昏倒と覚醒を繰り返した後だった。喉と胃袋に不快感があったが、まだいける。もっと飲みたい。いや、もっと意識をドロドロに攪拌したい。

玄関先には東京都推奨45リットルごみ袋がふたつ並べられているが、いつの間にやら片方は底辺焼酎のペットボトルで、もう片方はチェーサー代わりのストロング缶でぱんぱんになり、異臭を放っている。とんでもない量であった。我ながら感心した。

「すげー」

自らの肝臓を褒めてあげたい。3日ほどでこれだけのアルコールを分解したのだ。

だが、まだまだ弾薬はある。僕はふらつく足で荒れ果てた部屋の片隅に積まれた酒の山から、とっておきの業務用ペットボトル5リットルウイスキーをよっこらせと持ち上げて、汚いコップにどぼどぼと注いだ。麦茶のごとくゴクゴク飲めば、喉が焼け、胃が痺れる。そしてまたひとつ、心を縛っていた鎖がほどける。ほうっ、と深く息を吐く。

宴が終わったあとはまたきっと、地の底にまで落ちた気分になるだろう。酒に頼ってアガったぶんだけ、醒めたらガクリと下がるのだ。その上下幅が、どんどん広がっていることを感じてはいた。いや、下がり方だけが極端だった。酔いが醒めた後の鬱状態がひどくなっていると自覚はしていた。

死にたい死にたいとひとりしくしく泣くこともある。だからこそまた飲んでしまう。ひと口飲むと、気持ちが和らぎ、不安がかき消えた。悪霊のように心身に絡みついていた鬱が、うそのようになくなって軽くなるのだ。

僕がそんな状態に陥っていることを知る人は誰もいない。家族もいなければパートナーと呼べるような相手もいない。友人たちはみな家庭を持っているので、遠慮してこちらから連絡することはなくなった。

だから人間関係といえば仕事仲間だけなのだが、彼らにしても僕は、

「あいつけっこう酒飲みだよな」

くらいの印象ではないかと思う。

人前で、酒で乱れることはほとんどなかった。だが彼らと飲んだその帰り道、僕は必ずもう一軒立ち寄り、そこで改めて酒を浴びた。ひとりになって、心を裸にしないと、飲んだ気にならなかった。

そして深夜のコンビニで底辺焼酎を何本も買い込んで、部屋でシメを飾るのだ。ひとつの儀式だった。一度アルコールを口にしてしまったら、気を失うまで一人酒をしないと気が済まない。でなければ鬱から逃げられない。そろそろまずいよね、とわかってはいた。

深夜の盛り場に、僕はどれだけの原稿料を注ぎ込んできたのだろうか

突然、喉から血が溢れ出した

込み上げるものを感じたのは宴3日目最後の夜7時過ぎだった。猛烈な吐き気を覚えた。せり上がってくる。一刻の猶予もないと感じ、トイレに駆け込んだとたん、喉が爆発した。便器が真っ赤に染まった。けっこうな量の吐血だった。

「おっかしいなあ……」

喉のどこかが切れたかな。強い酒をストレートでガンガン飲んでいるのだから当然、喉は焼けるし弱くなる。だから喉が炎症を起こして唾に血が混じるようなことはいままでにもあった。だけどこれは、あまりにも量が多い。便座だけでなく壁や床にも血が飛び散り、なんだかスプラッターである。

雑巾でおざなりに拭き取っているうちに吐き気も収まったので、まっいいか、もうちょい飲むかと思ったところに、第2波がやってきた。今度は黒みの帯びた血を、またしても大量に吐き出した。ごぼりと喉が鳴り、続けざまに赤黒い血があふれ出てくる。

「す、少し休もうかな」

口元の血をぬぐい、冷蔵庫から緑茶を取り出して、ひと口飲む。アルコールが一切ない清涼な感覚が心地よい。

だが、またしても胃が暴れる。飲んだばかりのお茶をすぐに吐き出してしまう。出血は喉ではなくもっと奥のようだ。止まらない。吐いても吐いても血の塊が込み上げてくる。いつの間にか便器は血の海になっていた。

荒い息をついてトイレを出て、部屋で横になるのだが、5分ともたず、吐き気に襲われる。這いつくばってまたトイレに行くと、いったい身体のどこにこれだけの水分があったのかと思うような大噴火なのである。もう酒を飲んでいる場合ではなかった。

それどころか、気がつくと僕は寒気に震えていた。暖房をよく効かせているはずなのに、寒くて寒くて仕方がなかった。発汗がはじまり、これも止まらない。汗をだくだくかいているのに寒い。

吐血も続いていた。最初に吐いてからもう4時間以上が経っているが、いつの間にか吐き気が激しいしゃっくりとして喉に定着してしまい、常に吐き続けているような状態になった。それに脱水症状だと思うのだが、明らかに全身が衰弱し、立つこともできなくなっている。ちょっと普通ではないなと思った。

こういう飲み屋街にたまらなくそそられてしまう

血が止まらない…もう限界だ

宴はもうお開きなのである。明日からはまた締め切りのラッシュが待っている。体調を戻さなくてはならない。鬱だろうとなんだろうと、取材と打ち合わせに駆けまわらなくてはならない。

誰が手助けしてくれるわけじゃないのだ。僕はフリーランスのライターであり、独身ひとり暮らしだ。自分だけでどうにかしなくちゃならない。

そう思ってはいるのだが、血が止まらないのだ。もうトイレは酸鼻を極めていた。やがて寒さから僕は痙攣を起こした。限界だった。

すんません、と思いつつ、スマホから119番をした。

すぐに冷静な声の担当官が電話口に出て、病状や住所、氏名などを聞かれる。数日ぶりの人間との会話にほっとする。だが不安も覚えた。頼れる人がいない孤独な中年男は、もし入院やら手術となった場合、どう対処すればいいのだろう。ひとりでこなせるのだろうか。

いや、その前にこのめちゃくちゃな部屋を救急隊に見られるのは気が引ける。それに、血まみれのパジャマも着替えたほうがいいだろう。頭もぼさぼさだし……なんて混乱しつつ考えていると、サイレンが聞こえてきた。

2019年1月。この日から、僕の断酒との戦いが始まった。

次回につづく

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室橋裕和 (むろはし・ひろかず)

1974年生まれ。週刊誌記者を経てタイに移住。現地発の日本語情報誌に在籍し、10年に渡りタイ及び周辺国を取材する。帰国後はアジア専門のライター、編集者として活動。「アジアに生きる日本人」「日本に生きるアジア人」をテーマとしている。おもな著書は『ルポ新大久保』(辰巳出版)、『日本の異国』(晶文社)、『おとなの青春旅行』(講談社現代新書)『海外暮らし最強ナビ・アジア編』(辰巳出版)、『バンコクドリーム Gダイアリー編集部青春記』(イーストプレス)など。

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