サブスク型サービスの登場で変化した「音楽との付き合い方」

サブスク型サービスの登場で変化した「音楽との付き合い方(イラスト・古本有美)
(イラスト・古本有美)

かつてまだ社会人になりたての頃、上司の人たちと一緒のランチだといつも決まった店のローテーションであり、彼らはいつも同じメニューを頼んでいました。その様子をかたわらで眺めながら、若かりし自分は、いつも同じ店に行き、いつもと同じ定食を頼むような大人にだけはなるまいと密かに誓いました。それは開拓心の欠如であり、思考停止だとさえ思い込んでいました。

当たり前のことですが、物事には良い面と良くない面とがあります。毎日同じ定食を食べることにも、たぶん良い面と良くない面があるのです。たしかに開拓心は欠けているかもしれませんが、同じ店の同じ定食を食べ続けることにも意義は見いだせるはずです。そう思うようになったのは、音楽がきっかけでした。

サブスクリプションによって失われるもの

最近ではすっかり市民権を得た(と思われる)、定額制の音楽配信サービス。私はサービス開始早々にApple Musicに申し込み、以来ずっと使っています。Apple Musicの場合、月額980円ですが、これはCDアルバムを月に1枚買うよりも安いですし、当時レンタルでも月に1000円以上は使っていましたから十分元が取れていると思います。

Apple Musicを利用することで、長いこと気になっていたアルバムをようやく聴くことができたり、思いもかけない出会いがあったりもします。おすすめや新譜として毎日出てくる大量のアルバムの中から、アーティスト名やジャケットだけでふと気になったものを聞くことができるのはやはりありがたいものです。定額制サービスじゃなかったらおそらく一生聴かなかっただろうと思うミュージシャンとの不意な出会いもあって、自分の音楽領域が広がるのは楽しいものです。

しかしその一方で、アルバム1枚1枚との関係が希薄になってしまったと思います。毎日毎日、様々なアルバムがおすすめとして提示されるので、ついあれもこれもと手を出してしまいます。自分が聴いている音楽のレパートリーは増えているのですが、どれも記憶にあまり残っていない、というか体にしみ込んでいないという思いが日々強くなっているのです。

「すり切れるまで」聴いた音楽

私が音楽に目覚めた中高生の頃から、CDアルバムの値段はさほど変わっていません。それどころか、むしろ高かったかもしれません。当時、邦楽の新譜なら大体3000円くらいでしたが、毎月のお小遣いが3000円程度の中学生にしてみれば、アルバムというのは数カ月に1枚買えるかどうかの高級品でした。

ですから毎回買うわけにもいかず、TSUTAYAなどのレンタルショップに通ってはせっせとカセットテープにダビングしていたわけですが、それだってレンタル料とカセット代を合わせると500~800円くらいしていたものです。(ノーマルテープは嫌だったのでハイポジかメタルを買うようにしていたため、カセットテープ1本が300円〜500円くらいしていた記憶があります)

このようにしてやっと手に入れていたアルバムでしたから、買う前、借りる前にものすごく吟味していましたし、手に入れてからはそれこそ元を取ろうとするかのように何度も何度もすり切れるほど聴いていました(CDはすり切れないですが)。さらに中高生という多感な時期だったということもあってか、当時聞き込んだアルバムたちは、私の心と体に染み込み、文字通り血肉となっています。

貧しいあの頃が幸せだった、ということを言いたいのではありません。大事なことはアルバム1枚1枚との付き合い方です。定額制サービスそのものが悪いわけではなく、そのことによって1枚のアルバムとの向き合い方が希薄になってしまっている自分のありようの問題なのです。

1つ1つのものと深く付き合うことの重要性

私はいま42歳です。日本人男性の平均寿命でいうと、折り返し地点をまわったあたりでしょう。マラソンで言えば、これからは残りの距離がどんどん縮まっていくイメージで、与えられた時間は有限だということをますます意識するようになってきました。もちろん、明日突然死んでしまうかもしれないですけど。

人生の残り時間をより強く意識した時、1つ1つの物事とどれだけ深く付き合えるかということを考えるようになってきました。いずれにせよ、世の中には物が多すぎてすべてを網羅することは不可能です。音楽だって、1つのジャンルでさえすべてをカバーすることは無理でしょう。それだけに、1枚のアルバムや1冊の本、1本の映画、1枚の絵画、1本のペン、1枚のシャツ、1軒のお店……そういったものとどれだけ深く付き合い己の血肉にできるかが、これからの自分にとってますます重要になっていくように思えるのです。

とは言え、基本的には新しもの好きなのでいろいろと目移りはしてしまうでしょうが、1つ1つの物事と向き合い、“すり切れるまで”使い込むことで体にしみ込ませていくことは意識していきたいと思います。

とりあえずアルバムについては、新しいものにすぐ手を出し過ぎず、いいなと思えるものに出会ったら最低でも1週間はくり返し聞き続けることを己に課してみました。アプリを立ち上げるたび、次々とおすすめの曲が出てくるので誘惑に打ち克つのが実に大変ではありますが。

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松本宰 (まつもと・おさむ)

編集者。住まいのマッチングサイト「SUVACO(スバコ)」とリノベーション専門サイト「リノベりす」の編集長。住宅に限らず、己が心地良い居場所を探し求めてさまよう日々。好きなものはお酒と生肉とラーメン。

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