田んぼの真ん中にバリ風の「ヨガ道場」を建てた女性 なぜこんなものを作ったんですか?

福岡県南部に位置する柳川市。かつて城下町として栄えた中心部から車で5分も走れば、辺り一面に田んぼや畑が広がります。あぜ道をトロトロと走る軽トラの後ろを着いていくと、のどかな風景の向こうに巨大な三角屋根が現れました。

周りの風景とは明らかに違う、異国情緒あふれる外観。敷地の庭には小さな丘や小川が整備され、花々が咲き乱れています。

ここは「あうん」と名付けられたヨガのアシュラム(道場)。なぜ、こんな場所にこんな建物が? ここを初めて訪れた人はたいてい、驚きとともに首をかしげます。

アシュラムを主宰するのは、照サンドラ(本名・松藤照子)さん。田んぼの真ん中にこんな空間が出来たのは、「不思議と必要な人が必要なときに現れたから」と説明します。

なぜヨガのアシュラムを柳川に作ったのか。この空間でどんな風に過ごしているのか。松藤さんに聞いてみました。

「ヨガの先生になろう」と思っていたわけじゃない

ーーこの場所に来ると、南国のリゾートに迷い込んだような気分です。近年はヨガブームですが、それ以前にこんな拠点を作るには、ご苦労も多かったのでは?

松藤:「あうん」に来ると、みんな「素敵ですね」と言ってくださるんです。でも、私が必死で頑張って建てたという感じでもないのよ。なんというか、必要なときに必要な人が現れて、今まで来たっていう感じです。

ーーこの場所を作る前から、ヨガを教えていたんですか?

松藤:うーん、なんて言ったらいいか。「ヨガの先生になろう」と思って、こうなったというわけじゃないんです。元々は自宅で英語を教えていました。3人の子どもたちが小さいときに、周りの親御さんたちに頼まれて教え始めたのね。あとはボランティアで国際交流の活動をしてたんです。

<松藤さんは子育て中に単身カナダへ留学するなどして、英語の教授法などの学びを深めます>

松藤:一番上の子が5年生になったタイミングで、行くなら今しかないと思って、1年間留学しました。そんなこんなで、ヨガを始めたのは50歳を過ぎてからなんですよ。

「インドといえばヨガかなって」

ーーでは、ヨガをはじめたきっかけは?

松藤:娘がインドの大学院に進学することになったの。「奨学金が出ることになったから、留学先はインドにする」って言うから、「え! あんた、アメリカとかコロンビアとか言ってなかったっけ? 奨学金っていくら出るの」って聞いたら「2万円」って。「えー!」って、またびっくりしちゃった。

<それまで欧米やヨーロッパなどへの関心は高かったものの、「アジアには特に目が向いていなかった」という松藤さん。娘が暮らすインドがどんなところなのか想像もつかず、留学先を訪ねました> 

松藤:とにかく何も知らないから、どんな暮らしをしてるんだろうってね。「インドといえばヨガかな」って思って、現地で教えてくれるところがないかと娘に聞いたんです。友人にヨガを教えてる人がいるっていうから、そこに行ったのが最初です。

その先生が日本に来てみたいって言ったので、うち(柳川の自宅)に呼ぶことになったのね。その当時は自宅の駐車場が狭くて、となりの空き地を駐車場として借りてたんですよ。

「青空ヨガやってみるのもいいんじゃなーい?」とか言って、その空き地でヨガをやったの。知人が7人くらい集まったかな。私は通訳をしてました。訳しているうちに「ヨガっていったい何だろう、知りたい」って思うようになったの。

<当時はヨガについて得られる情報はあまりなく、友人から借りた本を見ながらポーズをとっていた松藤さん。きちんと学びたいという気持ちが徐々に高まります>

松藤:ちょうどインターネットで調べたりできるようになった頃だったから、「yoga」とかって打ち込んで調べたら、勉強できる場所がインドにあるらしいって分かった。

それが今思えば、シヴァナンダ(ヨガの流派のひとつ)のアシュラムだったんです。その時は何も知らなかったけど、とにかく1か月くらい行ったらヨガを勉強できるところがあるらしい、って。

でも事務局に電話したら、定員いっぱいだっていうのよ。私、どうしても行くって決めてたから、「もう飛行機のチケットとっちゃったんです!」って頼みこみました。

<アシュラムに各地から集まった生徒たちは既にヨガのインストラクターとして活動している人も多く、日本から来たのは松藤さんひとりでした。トレーニングを無事終えて帰国すると、「せっかく学んできたなら」と周囲に頼まれ、自宅の一室で教室を開くようになったそうです>

松藤:それから2年間は毎日1時間半、自分でヨガのプラクティスをしていました。来客があろうと正月だろうと、とにかくやるって決めてやりました。人に伝えるためにはまず自分の身体をよくしなくちゃ、という気持ちでした。

ひとりのヨガ時間で「気づき」が起きてきた

松藤:やっていくうちに、自分の身体が確実に変わっていくのが分かったのね。それまでの私は、年中肩こり、猫背、便秘。外で人の前に出ると「いつも元気ですね!」って言われてたんだけど、雨の日は決まって具合が悪くなって、午前中は起き上がれないくらいだった。それが変わりましたね。

<ポーズをとりながら自らを観察し続けるうちに、トレーニング中には分からなかった「気づき」が深まったといいます>

松藤:例えば、ヘッドスタンド(逆立ちのポーズ)は、ただその格好をするというだけじゃなくて「あ、これは自分の恐怖心と向き合うということなんだ」というのが、体感として腑に落ちてくる。そういうことが色々ありました。

そうしてるうちにちゃんとヨガをやるところがほしい、っていう気持ちが強くなりました。家だとどうしても、家庭の匂いがしてしまうから。

でも、むきになって探したわけじゃなかったんです。スーパーに行くときに空き地を見つけて「あら、ここ良さそうね」とか「ここは誰の田んぼー?」みたいな、そういう感じ。ある時、近所のおじちゃんみたいな人が、この土地が空いてるよっていって連れてきてくれたのが、この場所だったの。

ここは建設用の廃材置き場で、正直、全然きれいなところじゃなかった。ただ、向こうに見える木が私には森みたいに見えて、なんか分からないけど、ここに立った時に「あ、ここがいい、ここにしよう!」って思ったの。

<およそ1000坪もある「あうん」の敷地。土地だけは先に確保しておきたかったという松藤さんですが、周囲には反対されました>

松藤:夫もはじめは「こんなに広い場所じゃなくていいんじゃないか。ビルのフロアを借してくれるって人もいるから、そこでやったらいい」と。

でも、そういうのじゃなくて、自分の身を投じられる場じゃないといけなかった。私もそうだけど、ここに集まる人にとってね。教わる人たちは、シヴァナンダだのアシュラムだの、どうじゃこうじゃと言われても、知らないわけだから。田舎だしね。

とはいえ、先立つものも必要だから、現実を考えたら確かにそんな大がかりなことはできるはずない。土地は幸い、田んぼの真ん中で安かったから、とりあえず押さえておいたんです。

必要な人たちがなぜか現れた

松藤:最初は、廃材置き場になっていた小屋を改装して、外ヨガをメインにすればいいやと思ってました。そしたらある日、夫が「建物を建てていいっていう人がいる」といって建築の仕事をしてる人を連れてきたの。その方は、こういう感じの建物をちょうど作りたかったらしいんです。

「この広さで、このくらい(の金額)でできるんですか」って聞いたら「できる」っていうから、それならっていうことで始まった。バリから職人を連れてきますっていうから、「あ、そうですか。じゃあ、どうぞお願いします」って。

<イメージを確かめるため、松藤さんはインドネシアのバリ島に飛びました。その後、バリから職人たちが7〜8人やってきて、デザインなどを確認し合いながら「あうん」の建物が完成したといいます>

松藤:私にとっては、建物がバリだろうがインドだろうがアメリカだろうが、全然関係なかったのよ、その時は。

必ず必要だと譲れない箇所と間取りだけは伝えました。素材とかそういうのは分からないから、「これでいいですか」と言われたのを確認したら、あとはお任せです。

屋根もね、「三角になりますけどいいですか」って聞かれたから「はい、いいですよ」って。そして出来てみたらこういう風でした。「うわー、何これ、ピラミッドみたい。まあ、三角はエネルギーが高くていいじゃない」っていう感じ。

<その後も「たまたま」必要な人たちが現れた、と松藤さんは続けます>

松藤:庭に丘を作りたいなって思ってたんですけど、近くの大規模な道路整備で土が大量に出て、「運ぶのにお金がかかるからもらってほしい」って(頼まれた)。それで今の丘ができたの。

建物が完成した時はお披露目会をしなかったんだけど、オープンの前に、新聞社から「ヨガの先生の取材をしたい」って申し出があって。「どうぞ」って受けて、ローカルのコーナーに載ったのね。そしたら「あうん」についての問い合わせが殺到して、来たいという方がレッスンを受けに来るようになりました。

自分に向いている時間は、「あなただけの時間」

松藤:ヨガはどこでやろうがひとりです。誰がいても、グループでやっていても、自分に向いている時間は、あなただけの時間。

ヨガはポーズだけじゃないよ、環境も大事ですよ、と伝えているのが「あうん」です。鳥の声を聴いて、風を感じて、自然の匂いを嗅いで、そこに自分の身を投じる。そして、呼吸する。何も気にせず、自分と向き合う。

ポーズをとることだけじゃなくて、環境、食べるもの、自然、すべてが揃った場所にしたかった。ここでエネルギーを得て、またお仕事や家庭やらに戻って過ごすというね。

<オープンから10年余り。松藤さんは、泊りがけのワークショップや世界的アーティストによるコンサートなど、イベントを毎年のように開催してきました。しかし新型コロナウイルスの影響で、併設営業のカフェは予約のみの受付とするなど、スローダウン。「この1年ほどは久しぶりに時間がある」といいます>

松藤:振り返れば、私が「あうん」をやっていたんじゃなくて、私が「あうん」に育てられた。ヨガはひとりで自分に向き合うものではあるけれど、「あうん」は本当にいろんな人との関わりでここまで来ました。

その時々でベストを尽くしてきたから、もうどうなってもいいというか、これからどうなるかな、という気持ちです。

この10年で、ヨガは日本でもすごいスピードで浸透してきましたね。これから情報の伝わり方がもっと早くなったり、さらに変化していくっていうじゃないですか。

その時代にいて、それをこの目で見られるっていうのはすごいわね。ワクワクするわ。

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むらまつまどか

大学卒業後、通信社での報道記者・英文記者を経て、南アフリカ大使館やオーストラリア大使館などで広報業務に携わる。時々、ヨガインストラクター。旅、お風呂、チョコレート、歌、恐竜などが自分の機嫌を取るキーワード。九州暮らしを機に、焼き物やコーヒーにも心惹かれている。

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