高齢者や障害者が「サイボーグ化」する時代 「分身ロボット」が孤独を救う

分身ロボットを開発するオリィ研究所の吉藤健太朗所長

重度の障害、あるいは育児や介護のために外で働けない。そんな人たちが「分身」を使って接客するカフェが2018年11月、期間限定で東京都港区の日本財団ビル内にオープン。分身となるのは、ロボットの「OriHime(オリヒメ)-D」。自宅にいながら遠隔操作で注文を取ったり、コーヒーを出したりできるロボットです。

開発したオリィ研究所(東京都港区)の吉藤健太朗所長(30)は、自身も幼少期に病気が原因で引きこもりとなった経験を持ちます。「人間の孤独を解消したい 」。そう語る、今話題のロボットコミュニケーター・吉藤さん。彼が描く未来像を探ります。

「無駄」こそ、コミュニケーションの本質

分身ロボットの「OriHime」。インターネットを経由して、離れていてもリアルな参加体験ができる

オリィ研究所の社内には、高さ20センチほどのロボットが数体、置かれています。重度障害などの理由で出勤できない社員がこれを使って“遠隔出社”しているのです。こうしたロボットは「分身ロボット」と呼ばれます。

ロボットの名前は「OriHime」。パソコンやスマートフォンを使って遠隔操作することで、その場にいなくとも参加体験ができることから、現在70社ほどの企業がテレワークに利用しています。

「内臓のカメラ、マイク、スピーカーで会話をするだけでなく、頭や腕を動かせるので自由に視点を変えたり、ジェスチャーで感情を伝えたりすることが可能です」と吉藤さん。製品化した当初は、病気や障害で外出できない人の利用が多かったそうですが、最近では育児や介護などで通勤できない人にも利用されています。

便利そうですが、テレビ電話とは何が違うのでしょうか?

「電話やテレビ電話は用件を伝えるのに適したツールです。けれども、同じ空間にいる感覚は得られません。例えば、仕事とは関係のない雑談が社内の人間関係を円滑にすることがあります。こうしたことから、OriHimeは用件の有無に関わらず、常時接続しながら同じ時間と空間を共有できることを念頭に開発しました」

こんなポーズも。「うんうん」や「なんでやねん」などの動作もボタン1つで表現できる

開発のきっかけは体が1つしかないことへの疑問

分身ロボット開発のきっかけは、吉藤さんの幼少期にまで遡ります。小学校5年生のときに体調不良による入院が発端となり、3年半の間、引きこもりの状態に。それは孤独に押しつぶされそうな日々だったと振り返ります。

「引きこもりだった人に『そういう時間があったから、今があるんでしょ』と言う方がいます。私はそれを無神経な発言だと思っています。虐待を受けていた人に同じことが言えますか? 人生をやり直せたとしても、あの時間に戻ることだけは二度とごめんです。誰ともつながりを感じられず、自分は必要のない人間だと思い込んでしまう。私にとって孤独はつらいものでしかありませんでした」

そんな時間を過ごす中、ある思いを抱くようになります。それは体が1つしかないことへの疑問ーー。「教室に行きたくても行けない。それが悔しくて、体がいくつもあればいいのにとずっと考えていました」

トレードマークの「黒い白衣」は吉藤さんのオリジナル

寝たきりでも誰かの役に立ちたい

2010年に最初のOriHimeが完成した後、世の中に受け入れられるのか不安を抱きながらも、実用化に向けた研究を続けました。そんなとき、ある女性と出会います。

「Yさんは全身の筋肉が徐々に衰えるALS(筋萎縮性側索硬化症)を患っていました。発症後3〜5年で寝たきりになるケースが多く、やがて自発呼吸が困難となり、死へと至る難病です。眼球は最後まで動くことが多いので、目のまわりの筋肉の神経信号を読み取って操作できるシステムを一緒に開発しました。出会った1年後に亡くなられたのですが、『いつか同じ病気の人をマッサージしてあげたい』とおっしゃっていたことが印象的でした」

寝たきりでも誰かの役に立ちたいーー。Yさんのそんな思いが現在のOriHimeの方向性を決定づけることに。

ALS患者がベッドの上で視線入力装置を使い、OriHimeを操作している様子

ALSは自発呼吸ができなくなっても、人工呼吸器を装着すれば長期療養が可能です。しかし、実際には呼吸器を装着せずに尊厳死を選ぶ患者が8割におよぶといわれています。

「呼吸器をつけても声を失うことになります。笑うこともできない。感謝の言葉も伝えられない。横を見れば、家族が自分のために排泄の世話をしている。そうした毎日に疲れ、生きることを諦める方が多くいらっしゃいます。『もっと早くにOriHimeを知っていれば、絶望しながら死なないでも済んだかもしれない』とALS患者のご家族に言われることがあり、それがつらい瞬間です」

障害者が「サイボーグ化」する新たな未来

テクノロジーを利用して障害を取り除き、“できない”を“できる”に変換すること、それを吉藤さんは「サイボーグ化」と呼びます。

「従来の福祉の世界はどれだけ『普通』に近づけられるかが一般的な目標でした。でも、サイボーグ化率が上がれば、障害者が『普通』を飛び越え、健常者以上のことができるようになります。実際に、眼球でOriHimeを操作し、驚くようなイラストを描くALS患者の方がいます。外出できない人でも誰かとつながれる。誰かの役に立てる。それを実現することで自分を肯定し、自分の居場所がつくれる社会を創出したいと考えています」

ALS患者が視線入力装置で描いたイラスト

こうした“サイボーグ化率が高い”社会の実現に向けて実験的に開催されるのが、11月26日〜30日、12月3日〜7日の期間限定で日本財団ビル(東京都港区)内にオープンする分身ロボットカフェ「DAWN ver.β(ドーン・バージョンベータ)」です。

重度の障害があったり、育児や介護のために外で働けなかったりする人たちが、分身ロボットを使って、自宅にいながら遠隔操作で注文を取ったり、コーヒーを出したりするカフェです。今回使用するのは、高さ20センチメートルのロボット「OriHime」ではなく、移動ができ、簡単な肉体労働もこなせる全長約120センチメートルの新型「OriHime-D」。

「これは公開実験です。いろんな失敗データを集めて、次の成功につなげたいと思っています。そして、働くことを諦めていた方に、こんな働き方もあったのかと気づいてもらえたら嬉しいですね」

全長約120cmの新型分身ロボット「OriHime-D」

人との出会いが形作った今の自分

2019年1月にはOriHimeを題材にした長編映画「あまのがわ」が公開されるなど、現在、さまざまな分野で注目を浴びる吉藤さん。病弱で引きこもりだった少年が、今のように活躍するようになった秘訣を聞くと「人との出会い」という言葉が返ってきました。

「私が引きこもりから抜け出せたのは、ある工業高校の先生との出会いがきっかけでした。そして、起業を勧めてくれた友人やYさんをはじめとする開発に協力してくださった方々。そうした人たちとの出会いが今の私をつくっています」

つまり、それは「運がよかった」ということ?

「それもあるかもしれません。でも、いい出会いを得るために本当に多くの人たちとお会いしました。むしろ、これだけの人と会わなければ『いい出会い』がなかったのかと考えると、運が悪いのかもしれません。ただ、いつも感じるのは、人を苦しめるのは人だけど、孤独から抜け出させてくれたり、人生を豊かにしてくれたりするのも、また人だということ。人は人の営みに参加するために外へと出かけます。人は人に出会うために活動する生き物なんです」

最後に今後の目標を聞くと「高齢者向けのツール開発など、アイデアはめっちゃあります」と自信をのぞかせる吉藤さん。さまざまな理由で外出できない人々がサイボーグ化する世界。そこにはこれまで想像しえなかった、まったく新しい社会参加の可能性が秘められていそうです。

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