「当たればお立ち台、はずれたら死刑台」競馬場で「予想」を売る伝統芸

競馬予想士の田倉寛史さん(「ホースレースリサーチ東京」より)

競馬場の一画に設けられた一畳半ほどのスペースで、来場者に競馬の予想を売る仕事があります。「競馬予想士」。業界では「予想屋」と呼ばれる職業です。競馬場のなかでも地方自治体などが主催する地方競馬だけでみられ、JRA(中央競馬会)の競馬場にはいません。

そんな珍しい競馬予想士とはどんな職業なのか、1日をどのように過ごしているのか。そして、どうやって競馬予想士になるのか。「田倉の予想」という看板を掲げて活動する田倉寛史さん(48歳)に聞きました。

商品は「予想」紙芝居のような口上でお客さんをひきつける

ーー「競馬予想士」とは、どんな商売なのでしょうか。

田倉:「場立ち」といいまして、競馬場のなかのブースで予想を売るわけです。これは誰でもできるわけではなくて、競馬場から公認されている予想業者です。僕が所属するのは、(南関東の競馬場で予想をする)「ホースレースリサーチ東京」という協同組合の団体で、東京都にも認可されています。

ーー公認されているけれど、競馬場から給料をもらうわけではない?

田倉:そうですね。実入りはあくまでも予想の売り上げです。現場のブースで売る場合、1日分の予想が1000円、レース1回分が200円です。パドック(レース直前に馬を歩かせる場所)を見て予想が変わることもあるので、1日分を買ったお客さんは、各レースの予想が無料になります。この価格はどの予想士でも同じです。決まっているんです。現場ではこのほか、当てたお客さんからご祝儀をいただくこともあります。最近はあまりないですけどね(笑)

ーー何人もいる予想士から、お客さんはどうやって予想士を選ぶのですか?

田倉:僕はもともと競馬ファンとして競馬場に来ていたんですが、そのときは口上、「このレースはこう展開して……」っていう説明で決めていました。予想士ごとに特徴がありまして。のちに師匠になる佐々木洋祐の「佐々木の予想」っていうのに惹かれていました。フィーリングみたいなものがあるんでしょうね。

予想を書き込んだ競馬新聞。「専門紙は教科書。予想屋の予想は参考書という考え方です」(田倉さん)

ーー口上でお客さんを引きつけながら、予想そのものは言わないようにする。

田倉:結論が商品なので。昔の紙芝居みたいなものです。レースのポイントと、ある程度のところまではお話するけども……でもまあ、よく聞いていればわかってきますよ(笑) 口上とあまりに違うことを予想していたら「どうなってるの?」ってなりますから。最後のタネ明かしはしませんが、それにのっとった話にはなります。

ーーーどこまで話すかというのも、予想士の腕の見せどころなんですね。

田倉:師匠から「こういう風にやりなさい」って教わって。独立してからはいろんなものを見て。競艇場とかオートレース場にも予想士さんがいらっしゃるので、行って、見て。自分なりにアレンジを加えています。平和島ボートレース場(東京都大田区)に好きな予想士さんがいて、その人の口上をこっそり録音して聞いてましたね。内容よりもテンポとか話の組み立てを参考にするんです。

これは師匠から教わったんですけど、予想士の口上のやり方がありまして。「ひとつはコマセをまく」。釣りでいうところのコマセ、撒き餌ですね。「次に陣を締めろ」っていうんです。周りで聞いているお客さんがいる。その「陣」をギュッと締める、要は人を寄せつける。そのためには視覚的にこっちを見てもらう必要があるので、壁にいろいろ書き出したり、たまにバンと台を叩いてみたりします。最後に「落とす」、つまり買っていただく。(『男はつらいよ』の)寅さんみたいにタンカを切って、パッと売るんです。

ーー予想士の1日のスケジュールを教えてください。

田倉:僕の場合、大井(東京都品川区)、浦和(埼玉県さいたま市)、川崎(神奈川県川崎市)の3場でやっているんですけど、デーゲームとナイターがありまして。ナイター競馬だと次のような感じですね。

21:00  最終レース。その後、帰宅。

帰宅後、その日のレース映像をすべて見る。

22:30頃  風呂と食事。

24:00頃  就寝。

5:00~6:00  起床。(その日走る馬の頭数によって時間は変わる)。

       前日のレース映像をもう一度見直す。予想を立て始める。

11:30  予想が仕上がる。1日分の予想を作成。ネットでの販売用にアップ。

13:00頃 昼食を摂りながら競馬場へ。

14:00 競馬場着。「店をつける」(=ブースの準備)

14:10頃 競馬場が開く。

14:30 第1レースの馬をパドックに見に行く。

   「場立ち」で予想を売る。

15:00 第1レース。以後、最終レースまでパドックとブースを往復する。

その日のレースを見直すのは、現場だと自分が狙ってる馬を見ちゃうので、その他の馬を見たり、馬場(馬が走る場所)の傾向を確認します。「今日は内が強かった(内側を走った馬が強かった)」とか。

起きてからもう一度見直して、頭に叩き込んでから予想します。前回はこういう内容でここに不利があったとか、今日は逆転可能だなと考えていると、どんなに短くても6時間は最低かかります。頭数が多いときは、予想に8時間かかることもザラにあります。

ーー知力も体力も使いそうですね。

田倉:今年の3月から、新型コロナで競馬場が無観客になったんです(10月から事前予約制で入場が再開された)。その影響で現場に半年以上立ってないので、戻るのがちょっと怖いですよ。あれを1日やるの大変だなって。足はむくみますし、寒いとき暑いとき雨のときも関係ないですからね。ずっと外で立って。

1日分の予想(税込1000円)。購入者はこの紙を見せることで、各レースの予想がタダになる。

予想がはずれてお客さんにキレられることは?

ーー田倉さんはなぜ競馬予想士になったんですか?

田倉:たまたまだったんです。浪人中に競馬場に遊びに行きまして。(競馬予想士の)兄弟子にあたる人が商売をやっていて。お客さんがひと段落したところで世間話をしたんです。「俺はそろそろ10年で独立の時期なんだよな」って。次にやってくれる人いないかな、と。そこで僕が手を挙げたんです。

もう競馬が大好きで、なにか競馬に関わる仕事がしたいと思っていたので。騎手にはなれないんで、予想だなと。今はひとりでやっている予想家さんもいらっしゃいますけど、昔は競馬の予想をするっていったら専門紙かスポーツ新聞の記者としてやる。だから新聞社に入ろうと思ってたんですけど、そのかたちじゃなくても予想屋という商売でできるんだと思って。飛び込んでいきました。

弟子の期間がだいたい10年。(場立ちをする)台の数が決まってるので、前後するんですけどね。僕は13年ほどでした。弟子入りしたとき「10年ってすごく長く感じるかもしれないけど、そんなことないよ。お客さんに顔を覚えてもらうのに10年くらいはかかるよ」って言われたんですけど、実際やってみて、そうでしたね。僕は一本立ちしてから15年くらい経ちますけど、いまだに「(師匠の)佐々木さんの若い衆」って呼ばれることがありますからね。

各レースの予想を売る際に使うスタンプ。特注品で10数万円する。

ーー師匠がいて、伝統芸能みたいな面もあるんですね。

田倉:今は少し変わってきたんですけど、この業界は徒弟制度だったんですよ。師匠について、10年くらい修行して。「ホースレースリサーチ東京」の試験を受けて、競馬場の試験も受けて、組合が競馬場に推薦を出してくれる。認められれば、一本立ちです。

試験は一般常識的なことです。競馬の知識もありますけどね。あとは反社会勢力との付き合いがないかとか、面接とかですね。

ーー競馬予想士として、どんなときに面白さを感じますか?

田倉:そりゃもう、現場にいて当たった瞬間ですよ。僕たちはお客さんより一段高いところに上がって商売しているんですけど、当たれば、あれが「お立ち台」になるんです。はずれたら「死刑台」になるようなもんですけどね。当たらないのがこんでくると、一段上なんで、お客さんの顔でわかるんですよ。口上のなかで冗談を言いながらやってるんですけど、当たってるときはウケるんですけど、はずれると何を言ってもダメ。なんの反応もない。だからやっぱりうれしいのは、当たった瞬間ですよね。お客さんの顔色を見ればわかるんです。「あ、取ったんだな」って。そういうときは、ホッとします。

ーーはずれたことで、お客さんからキレられるようなことは……?

田倉:そういうイメージがありますよね。「当たらないじゃねーか、なんだこの野郎!」っていう。でも、意外とあまりないんですよ。競馬場のお客さんもリピーターが多いので、予想屋というものがどういうものかわかっていて、理解して買ってくれていますので。

ただ、そんな風に言ってもらったほうがいい場合もあるんです。何も言わないで離れられるのが一番怖いんです。たまに、僕の予想を買ってくれた人が、チラッと見たら別のところで予想を買っている。やっぱりイヤですよね。黙っていなくなられるのが一番つらいですよ。

場立ちの際、ブースに貼り出す紙。黄色地に黒い文字を書くのは師匠の教え。(写真はネットでの予想で使用したもの)

ーー新型コロナの影響はどうですか?

田倉:今、競馬場では競馬はやるんだけど、お客様は指定席しか入れないというかたちになってるんで「場立ち」ができないんです。予想屋は皆さん、ネットでの販売でやってるかたちです。僕もネット競馬のサイトとか自分で販売しています。

ーー競馬はコロナ禍でも無観客で開催されていたので、働く人たちに影響はないと思っていました。

田倉:無観客になって、ネットの会員が増えたんです。すると(ふだん行かない)他の競馬場の馬券も買えちゃうので、馬券の売上は伸びている。一方で、我々は競馬場の指定席のお客さんだけでは商売にならない。競馬場に働きかけているんですけど、競馬場としても先が読めない状況で、さらにお客さんや予想屋を入れる必要があるのかと。

我々としても難しいところですよ。コロナの脅威があるのに再開させたら、お互いに怖いですから。これからの時期はインフルエンザもあるので、どうしたものかと。

でも、現場に立ってこそ、予想屋なんですよね。今、「予想『家』」さんもいらっしゃるんですよ。ネットを中心に活躍されていて。そことの違いは、現場でやっているかどうかで。我々はやっぱり「公認のプロ」っていうプライドがありますよ。

たぶん、お客さんのルーティンになってるんです。パドックを見る、予想屋の説明を聞く、オッズを見る、馬券を買うっていうのでまわっている。その手助けになることができないかと思いまして、今はYouTubeでもやっています。まあ、僕たちを忘れないでくださいみたいなところもあるんです。存在感が失われるのが怖いですからね。

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土井大輔 (どい・だいすけ)

ライター。小さな出版社を経て、ゲームメーカーに勤務。海外出張の日に寝坊し、飛行機に乗り遅れる(帰国後、始末書を提出)。丸7年間働いたところで、ようやく自分が会社勤めに向いていないことに気づき、独立した。趣味は、ひとり飲み歩きとノラ猫の写真を撮ること。好きなものは年老いた女将のいる居酒屋。

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