「おいしい日本酒をアメリカ全土へ」、ニューヨークで酒蔵を起業した40代男性

ニューヨークで日本酒造りに挑む加藤忍さん
ニューヨークで日本酒造りに挑む加藤忍さん

アメリカでは日本食人気に伴い、日本酒も当たり前に飲まれるようになってきています。ニューヨークでは2017年、アメリカ人が市内初の日本酒の酒蔵を立ち上げて話題を呼びました。そして、市内で2つ目の酒蔵「Kato Sake Works」がオープンすることになりました。

オープンさせるのは、”脱サラ”をして独立・起業した加藤忍さん(46歳)。加藤さんは3年前、このビジネスを始めるために、ニューヨークに移ってきました。アルコール飲料の製造販売ライセンスも取得し、オープンに向けて着々と準備を進めています。6年前に趣味として始めた「自宅醸造」をビジネスにした加藤さんに、日本酒造りへの思いを聞きました。

日本食に合う日本酒を造りたい

自身が造る日本酒のこだわりを語る加藤さん
自身が造る日本酒のこだわりを語る加藤さん

――もともと趣味で日本酒を造っていたそうですね。

加藤:ナッシュビル(テネシー州の都市)に住んでいた6年ほど前、自宅での日本酒造りを趣味で始めました。僕も妻も料理が好きなので、友達を呼んでよくパーティーを開いて、日本食を振る舞っていました。しかし、おでんなどの日本食に日本酒を合わせたくても、おいしくてリーズナブルな価格の日本酒がないことが不満でした。

もちろんナッシュビルでも日本酒は売っているし、日本食レストランでも飲めますが、自分がこれまで飲んできておいしかったものは目玉が飛び出るような価格のものばかりで、完全に予算オーバーしてしまいます。

だからパーティーでも外食でも、日本食に合わせるのが、地元のブリュワリーのIPA(インディア・ペール・エール)や、近くのワイナリーのワインになってしまう。すしを食べながらシャルドネを飲んでいることが悔しくて、モヤモヤしていました。だったらと、自分で造ってみたのが最初です。

ーー自分で造ってしまおう、というのはすごいですね。

加藤:本当に造れるのかどうかも分からなかったので、インターネットで調べました。日本では酒税法で自家醸造はできませんが、アメリカでは趣味でビールを造る人が結構います。調べると日本酒を造っている人も結構いて、レシピも公開されていました。

そこでボーナスが入ったときに小さな冷蔵庫や鍋などを買いそろえて造ってみたら、わりとおいしかった。そのときに、「手作りした方がおいしいものがある」と改めて感じました。日本酒は、伝統と職人の技をもって芸術品を造るような世界ではあるけど、自分でも造ることができたのは大きな発見でした。

酒造りを趣味からビジネスへ

発酵タンクをかき混ぜる加藤さん
発酵タンクをかき混ぜる加藤さん

――ビジネスとして酒造りを始めたのは何かきっかけがあったのですか?

加藤:もともと就職するのが嫌で、卒業後はバックパッカーとして世界を放浪したいと思っているような大学生でした。会社に勤めるよりも自分で何かやりたい、という思いが昔からありました。しかし、就職もせずに仕事の善し悪しを語るのもおかしいと思ったので、5年だけと決めて就職しました。

退職後は、学生時代に勇気がなくてできなかった留学をしました。メリーランド州のビジネススクールを卒業後、ナッシュビルの日本企業の現地法人に就職しました。アメリカ化が進んだ会社で、よく聞く現地採用の大変さはなく、楽しく働いていました。でも「自分で何かやりたい」という思いは、変わらず持っていましたね。ただ、アイデアがなかったんです。

ーーそんなときに日本酒に出会った。

加藤:日本酒造りを始めた当初は、ビジネスにしようなんてまったく考えていませんでした。何度か造って友達に振る舞っていたのですが、あるとき、アメリカ人の友人から「日本酒は嫌いだったけど、忍の造るお酒で初めて好きになった。一本売ってくれ」と言われたんです。

売るほどもないし、売るのは違法なので売れませんでしたが、同じように言ってくれる人が増えていきました。ずっと「リーズナブルでおいしい日本酒がない」と言ってきたけど、これが解決策なのかなと思い始めて、ビジネスの種になるかもしれないと考えるようになりました。

タイミングとしては、グリーンカードを取得し、「そろそろ企業はいいかな」と思って会社を辞めたこと。さらに、妻がやりたいと思っていた仕事のオファーを受けて日本に行くことになり、「じゃあ、日本酒のビジネスを自分でやろう」ということになりました。

――趣味からビジネスへ転換して難しかったことはどんなことですか?

加藤:レシピはかなり前に完成していましたが、だからといってうまくいくかどうかは別の話。発酵がうまく進まない、温度が上がり過ぎるといった問題を一つ一つ時間をかけて解決していきました。

また製造業なので、ある程度の量を造れないと商品を適正価格で出せません。アメリカで日本酒が高すぎると不満を持っていた自分が高い日本酒を造ってもしょうがないので、どうやったらコストや労力をかけ過ぎず、安定して造れるのかを考え続けています。

でも一番難しいのは、自分のお尻を蹴っ飛ばして、やってみようと勇気を出すことかもしれません。うまくいかない理由はいくらでも思いつきますから。でもある程度のところで、「もう十分考えたから、やってみるしかないよ」と自分に言い聞かせています。

リーズナブルな価格でおいしいお酒を

「Kato Sake Works」の日本酒
「Kato Sake Works」の日本酒

――加藤さんの酒蔵「Kato Sake Works」で出す酒のこだわりは?

加藤:日本酒を飲み慣れていない人たちから、「選び方が分からない」「自分の好きな酒が分からない」と聞くのですが、彼らに基準を作ってあげたいと思っています。だから、出すものは小難しくしたくないんです。「純米」「にごり」「生」と銘打って出しています。

「純米」は酒米を6割磨いているので厳密には純米吟醸酒ですが、吟醸香よりも米の味の特徴が出ているから「純米」と呼ぼうと。そして「生」は、厳密には「純米吟醸生原酒」だけど、長い名前だと頭が混乱するから、シンプルに「生」。

それで純米が好きだったら、次にレストランで飲むときに、たくさんある銘柄の中でとりあえず純米のメニューから選べるよねと。自分たちもそうやって酒を覚えてきたと思うんです。造るものはいくら複雑になってもいいのですが、出すものはシンプルにというのを心掛けています。

――原材料の酒米としてカリフォルニア米の「カルローズ」を使っているんですね。

加藤:カルローズは磨いた米としては安定して購入できることが大きい。またカルローズが生まれた背景にある話が好きなんです。日本からの移民がカリフォルニアに米を持ってきたけど、うまく育たなくて、酒造好適米の「山田錦」の親に当たる「渡船」とインディカ米を掛け合わせて成功したということに夢とロマンを感じます。

カルローズは酒米として使うには堅いので、嫌う向きもありますが、オフフレーバー(好ましくない味)は発生しません。だから、おいしく造れないとしたら、米のせいじゃなくて技術が未熟なだけだと思うんです。日本のすごい杜氏(とうじ)さんなら、カルローズでもおいしいお酒を造れる。だから僕もカルローズを使って、おいしい日本酒を造ります。その上で、こっちの米の方がもっといいね、と文句を言えばいいと思っています。

ビール醸造の機材を転用するなど随所に創意工夫を施している
ビール醸造の機材を転用するなど随所に創意工夫を施している

ーーどんな酒蔵にしていきたいですか?

造る上では基本は絶対に疎かにせずに、省力化できるところはしていきます。伝統的なやり方も踏襲しつつ、テクノロジーも有効に使います。酒造りは季節と共に移り変わっていくものだから、温度を一定に保つタンクが必要、という意見があるのかもしれませんが、僕が優先するのは、自分のカスタマーに安定してリーズナブルな価格でおいしい日本酒を提供すること。

まずは酒蔵がある地域で、その次はニューヨーク市全体で、と考えています。また、日本酒を自分たちで造りたいと思っているレストランと組むのも面白い。おいしい日本酒が目玉の飛び出るような価格じゃなくて、アメリカ全土で飲めるようになったらうれしいですね。

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田中真太郎 (たなか・しんたろう)

ジャーナリスト、エディター。サンフランシスコの新聞社とニューヨークのフリーペーパーで編集長を務め、2019年4月からフリー。スポーツ、エンタメ、ライフスタイルなど幅広いジャンルでの取材経験を持つ。フリー転向後はテレビレポーター、SNSコンテンツクリエーターとしても活動。

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