おじいさんたちに混じり「大工見習い」として働く31歳女性「毎日幸せだと思って生きている」

鑿(のみ)と玄能(げんのう)で木材を刻むMさん(提供・土井工務店)

滋賀県にある小さな工務店で、おじいさんたちに混じって、大工仕事に取り組む女性がいます。京都在住のMさん(仮名・31歳)です。Mさんは「今まで経験したなかで体力的に一番厳しい仕事」としつつも、70歳前後の大工たちと働く日々を「幸せだと思って生きている」と言います。なぜなのでしょうか?

大工見習いの前は「文化財修復」の仕事をしていた

Mさんは週に3日、琵琶湖の北西にある滋賀県高島市の工務店で「大工見習い」として働いています。そんな生活を2年以上続けてきました。自宅のある京都市内から高島市までは、電車で片道1時間近くかかります。

Mさんはこの湖畔の町で、住宅の新築やリフォーム、古民家の移築など、さまざまな仕事に携わっています。夏には、木材を切ったり作業の準備をしたりする工場(こうば)の近くにあるプレハブ小屋で、寝泊まりすることもあるそうです。

「大工見習い」になるまで、大工とはまったく異なる職業に就いていました。文化財を保存したり修復したりする仕事です。文化財修復の仕事を選んだのは、東京にある美術大学に入学後、民俗学者・宮本常一の古い道具のコレクションを見て、衝撃を受けたからだといいます。

「蓑(みの)、わらぐつ、しめ縄。信仰関係のものから農業や林業の道具まで。その多くが、人が自分で使うために作ったものでした」

Mさんはそう振り返ります。

「私の祖父は兼業農家だったんですが、昔ながらの感覚が体に染みついた人間で、ロープが必要だったら縄をなう、袋がほしかったら自分で編むという人だったんです。大学で伝統的な道具を見てから実家に戻ったとき、『おじいちゃんかっこいい!』って、興奮度が高まっていったんです」

大学を卒業後、東京で民俗調査の作業員として数年間働いたのち、故郷の奈良県にある文化財の保存・修復をする研究所に勤務しました。

そのかたわら、京都にある農業法人で、見習いとして農業を手伝うようになりました。

やがて、Mさんは「ここで働きたい」と思うようになりました。農業法人は快く受け入れてくれましたが、フルタイムで雇うほどの余裕がないことも告げられ、Mさんは「畑仕事だけでは生計を立てられない」と悩むことになります。

「身体が小さいことでできないこともあり、悔しい」(提供・土井工務店)

ある日、知人夫婦と食事をしているとき、ふとそのことを話すと、奥さんが思い出したように「あなた、家を建てることに興味があったよね?」と言いました。

Mさんにはかつてタイを旅行したとき、とある集落で昔ながらの家づくりを学んだ経験があったのです。奥さんはそのことをおぼえていてくれたのかもしれません。

知人夫婦は自宅をリノベーション(大規模なリフォーム)したことがありました。Mさんに、そのリノベーションを請け負った工務店で働いてみてはどうかと提案したのです。

「そもそも私は素人ですし、建築の素養もない。ただ、家を建てることには興味がある、おぼえたいという状態でした」

後日、Mさんは奥さんとともに、その工務店を訪れました。

話をするなかで、社長から「時間をかけて学びたい気持ちはありますか?」とだけ質問されたといいます。Mさんが「はい」と答えると、「では、やってみたら?」とすぐに採用が決まりました。週のうち数日は農業に従事することも承知してもらえました。

こうして、現在の職場である土井工務店で「大工見習い」として働くことになったのです。「思ってもいなかったことが目の前で起きた」とMさんは当時を振り返ります。

タイでは村の人たちに混じって現地の家づくりを学んだ(提供・Mさん)

古民家の解体では「100年以上前の大工の仕事が見られる」

以来、Mさんは土井工務店の一員として、働いてきました。

「大工といっても、どの地域でやるかで全然違うんだろうなと、実感しています。ここの現場は滋賀県内が多いのですが、葦(よし)屋根の家の仕事をやらせてもらったり、『かばた』(湧き水を生活水として使うこの地域特有の仕組み)のある家があったり。私の故郷にはない文化や風習があって、ここで仕事をさせてもらえるから、こんなに面白いんだろうな、と」

一緒に働く大工たちは、社長(70歳)を始め、60歳代から70歳代のおじさん、いや、おじいさんが中心ですが、そのことは特に気にならないといいます。

「移築を前提として古民家を解体するときは、重機が使えないので、釘を1本1本抜いていきます。そういう現場だと、100年以上前の大工の仕事を見ることができるわけです。もう、わからないことだらけなので、職人さんに『あれってなんですか?』『あれは?』って。すると、皆さん50年以上大工をしている方ばかりなので、『昔は栗の木を使ってあんな風にしたんや』とか教えてくれるんですよ」

この工務店が、伝統的な工法で家づくりをしている点も好きだといいます。

「『墨付け』といって木材のどこを切るか墨で印をつけて、鑿(のみ)と玄能(げんのう/金づちのこと)で叩いて、木材を刻んでいきます。そういう仕事をしていると、引退された大工さんが遊びに来られて『こんな風に鑿の音を響かせている工場(こうば)って、どれだけ残ってるんやろな……』って話をされていて。そういうのを聞くと、『こういう仕事、あんまりないんだ!』って驚きと、そこに携われるありがたさを感じます」

(提供・土井工務店)

2020年4月以降は新型コロナウイルスの感染を避けるために出勤を控えていますが、「親方」、つまり社長と時期を相談のうえ、また現場に復帰したいと考えています。

「民俗学から農業、大工へと気持ちが移り変わっていったんですかって言われますが、そんなことはなくて。仕事は変わったけど、好きなものは変わっていないんです。人が自分で生活するために作るものが好きで。そこにどんなかたちで触れるかというのが変わっただけなんです」

ちなみに、Mさんの「親方」である土井工務店の土井治さんは、筆者の父親です。彼女についてどのように見ているのでしょうか。

「男の職人ばかりでギスギスしがちなところ、彼女がいると雰囲気が変わる。昔ながらの徒弟制度の時代でもないので、大事な仲間のひとりだと思っています。彼女が再び働きに来てくれるのを、皆、首を長くして待っている状態です」

Mさんは「2年間通ってもわからないことが多く、なかなか上達できなくて、ひとりでウジウジしてしまうこともあります」と言いながら、自身もまた大工仕事に復帰できる日を待ちわびています。現在は自身が働く畑で、ひとり、小屋づくりに挑戦しているそうです。

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土井大輔 (どい・だいすけ)

ライター。小さな出版社を経て、ゲームメーカーに勤務。海外出張の日に寝坊し、飛行機に乗り遅れる(帰国後、始末書を提出)。丸7年間働いたところで、ようやく自分が会社勤めに向いていないことに気づき、独立した。趣味は、ひとり飲み歩きとノラ猫の写真を撮ること。好きなものは年老いた女将のいる居酒屋。

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