「出張鮨」を誰でも楽しめるものに 「スピード命」の型破りな鮨職人

「自宅に鮨職人を呼んで握ってもらう鮨会」と聞くと、そんな贅沢ができるのはセレブだけで、自分には無縁だと思う人がほとんどだろう。しかしそんな常識を打ち破り、リーズナブルな価格で本格的な出張鮨を提供している鮨職人がいる。「鮨川」代表の早川太輔さん(38)だ。

早川さんが握るのは、高級店にも負けない高品質の食材を使用した本格的な江戸前鮨。赤酢のシャリはたっぷりと空気が含まれており、口の中に入れた瞬間ほどけ、ネタとの絶妙のハーモニーを奏でる。大きさも小ぶりで、いくらでも食べられる。しかも値段が手頃なので、一時期は予約が殺到し、1年待ちの人気ぶりだった。

昨年2人のスタッフを雇い法人化したが、それまではフリーの鮨職人として活動していた。そんな早川さんは、なぜひとりで働く道を選んだのか。ひとりで働くことのメリットはなにか。出張鮨の常識を壊した早川さんに、型破りな仕事の哲学を聞いた。

高級鮨店を辞めて「出張鮨職人」の道へ

──フリーの鮨職人になるまでの経歴を教えてください。

回転鮨のスタッフ、通信関連企業の技術者、高級鮨店の鮨職人を経て、2015年、33歳のとき、店舗をもたないフリーの「出張専門」の鮨職人として独立しました。以来、個人や企業から依頼を受けたり、飲食店や酒屋などとコラボしたりして、いろいろな場所に赴いて鮨を握っています。

──最初から「フリーの出張鮨職人としてやっていこう」と決めていたのですか?

高級鮨店に勤務したことで、そう思いました。その店は開店からしばらくの間、お客さんがなかなか来ず、店舗経営の厳しさを身をもって実感しました。家賃の高い都内に店舗を構えるのはリスクが高いな、と。

それと、当時から休みの日に個人宅や飲食店に出張して鮨を握っていたんです。そのリクエストもかなり増えていました。計算してみたら、店を持たなければ鮨職人として生活できるくらいの収入だったので、独立を決意したわけです。

──独立するとき、特別な決意や覚悟ってありましたか?

そんなになかったですね。鮨で生活できればいいかな、くらい。強いて言えば、「二度と人に雇われないぞ」とは思ってました。大学を辞めて、社会に出て働き始めてからずっと思ってたのが、「人にあれこれ指示されるのが嫌、全部自分で決めたい」ってことなんです。

その反面、僕は相手がどうしてほしいのか、すごくよくわかる。人の指示した通り、あるいはそれ以上のことを返して、喜ばせるのが得意なんです。その意味では雇われて働く会社員が向いているんですが、気持ち的には嫌なんです。よく「得意なことと好きなことは違う」って言うじゃないですか。他人の指示に従うのは得意なんだけど、ストレスを感じていました。

だから独立してからは、「相手を喜ばせること」を先輩や上司に対してではなく、お客さんに対してしてあげたい。つまり、お客さんがしてほしいことを察知して、「プラスα」を乗せて返して、喜ばせたいと思ったんです。それだと自分で全部決められるので、ストレスは全く感じない。

本格的な江戸前鮨がリーズナブルな値段でお腹いっぱい味わえるとあって、早川さんの出張鮨は独立前から大人気だった

ひとりで働くことのメリットは「成長」

──独立後、仕事は順調だったのですか?

ありがたいことに、独立直後から、それまでやっていた鮨会に参加してくれたお客さんからのリピートや口コミなどで、依頼がどんどん来ました。特に宣伝や営業をせずとも、仕事が途切れることはなかったです。

なので、独立してからお金に困ったことはないし、バイトもしていません。収入は、初月から前職の給料を超えたほどでした。

──昨年、2人を雇って法人化するまでは「ひとり」で出張鮨職人をやっていたということですが、ひとりで働くことのメリットとデメリットは?

一番のメリットは成長できることでしょうね。僕も会社員時代が長いのでわかるんですが、組織の中にいると、どこかに「誰かがやってくれるだろう」という甘えが生じるんですよね。でもひとりで働くなると誰も頼る人がいないので、その甘えがなくなる。全部自分でやらざるをえないから、必死で自分の頭で考えて行動する。だから、早く大きく成長できるんです。

それとやっぱり、収入じゃないですかね。誰かに雇われるってことは、言葉は悪いですが、要は、ピンハネ、中抜きされるってことですからね。それがないのも大きなメリット。自分が働いた分は全部自分の収入になりますから。デメリットは、休んだら収入は完全にゼロという点。会社員は休んでも月給をもらえますからね。

また、何時に起きるとか、何時から何時まで働くとか、いつ休むとか、スケジュールを全部自分で自由に決められることも、大きなメリットです。

その反面、いつまでも働けちゃうってことがデメリットかもしれません。僕は放っておいたら、いつまでも仕事をしちゃうんです。特に20代前半は、毎日朝9時から深夜0時までの15時間労働でした。しかもその後4時まで飲んで、2、3時間寝てまた仕事に行く、という生活。それでも疲れなかった。

今はそこまでじゃないけど、朝まで仕事してそのまま市場に仕入れに行くこともよくあります。疲れを感じないし、長時間労働に対する耐性がすごくあるから、飲食業に向いてると思います。

モットーは「贅沢を日常に」

──現在の仕事について教えてください。出張鮨の料金は?

基本メニューは「3時間、握り200貫」で4万5000円です。それ以上握りを食べたい場合は、100貫ごとにプラス1万円、鮨以外の料理も、ご相談いただければオプションとして追加可能です。その他、車でうかがうので駐車場代をいただいています。

──6人集まれば、1人あたり30貫以上食べられて7500円なので、激安ですよね。

「贅沢を日常に」がモットーなので(笑)。数年前は1年先まで予約で埋まっていたのですが、最近はより多くの方に鮨を楽しんでもらいたいので、2ヶ月先までしか予約を取っていません。

※予約方法等はこちらを参照

東京・阿佐ヶ谷の「酒のみつや」で握るときは、鮨5貫とお酒に合うおつまみがセットで1000円、単品では鮨200円、おつまみ400円。驚異的な安さ。しかもうまい

──自身で主催している鮨イベントもあるんですよね?

年に4回、季節ごとに、阿佐ヶ谷の「いんにっさん」というイベントスペースを借りて開催しています。3時間で食べ放題・飲み放題という内容で、女性6000円、男性7000円です。

──こちらも激安ですが、この価格で採算が取れるんですか?

25人くらい入ればトントン、35人くらいでやっと利益が出るという感じですが、この会はよく鮨会に参加してくれる人や出張鮨を依頼してくれる人など、常連さんへの感謝の気持ちでやっているので、トントンでいいかなと。常連さん限定で30人定員で募集をかけるんですが、毎回一瞬で満席になりキャンセル待ちが出ます(笑)

──早川さんの鮨って、シャリは赤酢で少なめで、空気が適度に入ってふんわりしている。とても食べやすくて、おいしいですよね。そのスタイルって、どんなふうにでき上がったのですか?

僕が目指してるのは「日本酒に合う鮨」です。シャリもネタも、大きさも味も、すべてはそのために工夫してきました。

今の鮨の基本形は、高級鮨店時代に自分がおいしいと思う鮨のイメージを膨らませて作ったものです。赤酢の種類、分量などのレシピも基本的にはそのとき覚えたものですが、より日本酒に合うように調整してます。赤酢が強すぎても弱すぎても日本酒に合わなくなるので、魚の味がしっかりわかるように、ほどよく効かせています。

ネタもシャリも大きすぎると、日本酒と一緒につまむという感じではなくなるんですよね。それに、鮨を小さくしていったのは、お客さんは小さめの鮨をたくさん食べた方が満足度が高いだろうと思ったからです。ネタやシャリが大きいと食べ疲れちゃうんですよね。やっぱり食べる数だけ幸せになれると思うので。

何よりも重視している「握るスピード」

──鮨職人として仕事をする上で、一番大切にしていることは?

ずばり、スピードです。スピードはいろんなものを生んでくれます。

──スピードとは、何の速さですか?

仕込みから撤収までの全ての工程におけるスピードですが、特に握りが重要です。握るスピードを速くすれば、一度に大量のお客さんを相手にできるので、1人あたりのコストを安くできます。

実は、高級鮨店の料金が高い理由の一つは、握るスピードが遅いことにあります。ゆっくり握るから、1人の職人が相手にできるお客さんの数がどうしても少なくなってしまう。その結果、お客さん1人あたりのコストが高くなってしまうわけです。

逆に、鮨を握るスピードを速くして、1人の職人がもっとたくさんのお客さんを相手にできれば、料金は安くなる。回転鮨の料金が安いのは、原価が低いうえに、握るスピードが速いからです。

うちの場合は、素材は高級店と同じレベルを保ちつつ、スピードを速くすることで、料金を下げています。お客さんとしては、うちの方がいいものを安くたくさん食べられるので、満足度は高いはずです。それを可能にするのが、スピードなんです。

──そういう意味で、スピードが重要なんですね。

もちろん、ただ速いだけではダメなので、丁寧さも追求しています。仕事はできるだけ速く、丁寧に。これが僕の鮨職人としてのポリシーです。

ただ、そうなると板前は握りに超集中するので、高級店のようにゆっくりお客さんの相手をすることはできませんが。

──そこは、どういうスタイルの鮨屋が好きかという好みの問題ですよね。僕みたいに「いいものを安く、たくさん食べたい」というお客にとっては最高です。しかも速いだけじゃなく、おいしいですしね。

そう言ってもらえるとうれしいです。

4倍頑張って、お客さんと2倍ずつ分け合う

──以前参加させてもらった日本酒の蔵元とコラボした鮨会でも、ものすごい人数を相手にしてましたもんね。

あの会には、毎回だいたい30人くらいが参加して、1人30貫ほど握るんですが、普通の鮨会の場合、これくらいの大人数になると板前を5人出します。となると、お客さん1人あたり3万円くらいになる。それを1人の板前が頑張って握るから、1万円を実現できるわけです。これもスピードがなせる技ですね。

だから、僕の商売の根幹はスピード。普通の板前の4倍仕事ができれば、4倍稼げる。それをお客さんの方に2倍分還元する。つまり4倍頑張ることで、僕とお客さんで利益を2倍ずつ分け合うという考え方なんです。

──これぞまさしく、きれいごとじゃない、正真正銘のWin-Winですね。その「スピード命」という哲学はどのように生まれたのですか?

最初に入った店が回転鮨だったことが大きいと思います。そもそも速く握ることが求められますからね。最初から高級店に入るとスピードが上げられないんですよ。そもそも高級店ではスピードなんて求められないから、きれいでおいしい鮨は握れても速くは握れない。回転鮨で働いていたとき、高級店から板前が来たことがあったのですが、仕事が遅すぎて全く使えませんでした。

そんな経験から、スピードがある方が絶対有利だなと思っていました。自分もお客さんも得をするとわかっていたので。だからこれまで、スピードに磨きをかけ、プラスして、丁寧さとクオリティを追求してきたわけです。

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山下久猛 (やました・ひさたけ)

1969年愛媛県生まれ。アラフィフ独身のフリーランスライター・編集者にしてDANROの愛読者でもある。某呑み会で編集長に直訴してDANROライターに。人物インタビューを得意としており、雑誌・Webの他、仕事紹介系書籍の執筆や、経営者本の構成も数多く手がけている。趣味は居酒屋巡りと写真撮影とスクーバダイビング。

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