「どう乗り越えてやろうかワクワクした」危機を楽しむ強さでコロナに打ち勝つ

出張鮨職人の早川太輔さん

2015年にフリーの鮨職人として独立以来、「安い・うまい・多い」で好評を博し、なかなか予約が取れない人気の「出張鮨職人」となった早川太輔さん。売上・利益とも年々増加。2020年1月には過去最高を記録した。

※早川太輔さんインタビュー:「出張鮨」を誰でも楽しめるものに 「スピード命」の型破りな鮨職人

しかし、そんな絶好調期にまさかの厄災に襲われる。新型コロナウイルスのパンデミックである。コロナは飲食業を直撃。早川さんが営む「鮨川」も例外ではなかった。この未曾有の危機にどう立ち向かったのか。

「どう乗り越えてやろうかとワクワクしていた」。そう口にする早川さんに、起死回生の一手が生まれた経緯を聞いた。

過去最高益から一転、仕事がゼロに

──早川さんの仕事は飲食業、しかも「3密」が避けられない業態なので、新型コロナウイルスの影響は大きかったと思います。具体的にはどのような影響がありましたか?

1月末にコロナがニュースで取り上げられ始めたとき、これはヤバいと思って、すぐ政策金融公庫に300万円の融資を申し込みました。

出張鮨の予約のキャンセルが出始めたのは、2月中旬からですね。まず企業主催の50~100人の大規模イベントが次々にキャンセルされました。

2月末から10~20人くらいの中規模イベントがなくなり、3月に入ると僕自身が飲食店で定期的に開催していた「鮨会」も軒並みキャンセルに。3月中旬くらいからは、仕事が一切なくなりました。

1月は過去最高の利益だったんですよ。結果的には2月も、キャンセルが出たとはいえ過去最高でした。僕の指名予約は常にいっぱいで、(弟子の)池田や加藤の指名もけっこう入ってきていました。

仕事が増えると効率もよくなるので、利益も出やすくなります。そんな絶好調のときに、コロナでガクンと落とされたわけです。

「この危機をどう乗り越えてやろうか」

──まさに天国から地獄。ものすごい大打撃ですよね。精神的にも落ち込みましたか?

確かにヤバいとは思いましたが、ものすごく落ち込んだり、悲壮感のようなものはなかったですね。

もともと感情の起伏があまりないんですよ。何が起こっても精神的なショックはあまり受けないし、引きずらない。嫌なことがあっても、ウジウジ考えていつまでも落ち込むのは、時間の無駄でもったいないじゃないですか。

だから一刻も早く、それをリカバーするための次の手を考えたほうがよっぽどいい。そういう考え方なんです。むしろ「この危機をどう乗り越えてやろうか」とワクワクしていました。

──いわゆるピンチのときほど燃えるタイプなんですね。

そうですね(笑)。もしやるだけやってダメだったら、会社を畳んでまたひとりでやればいいや、と思っていました。実際、池田と加藤にも「たぶんダメそうだから1回解雇するつもりだけど、コロナが落ち着いたらまた雇う」と伝えていました。 

──知り合いの小料理屋の女将は「自分の店でお客さんが感染することがものすごく恐かった」と言っていました。そういう恐怖感はなかったですか?

全然なかったですね。こちらが感染防止対策をきっちりやっていれば大丈夫だろうと思っていたので。もちろん世相に合わせて準備・対策はしますが、気にしすぎてもしょうがないでしょう。

起死回生の打開策「UVER鮨川」

──鮨イベントが全滅になったうえに、4月以降は緊急事態宣言が発令されてより厳しい状況になりましたよね。どう対応したのですか?

3月末に赤羽の酒店で「角打ち鮨会」をやる予定だったんですが、店側から当日キャンセルを食らったんです。もちろん仕込みは終わっていました。

店側から仕込みの原価はいただいたのですが、このままではせっかく買った魚は無駄になるし、池田と加藤もシフトに入れてあるから人件費を考えると赤字になる。どうしようかなと考えた結果、「鮨を握ってほしい人の元に届けるデリバリーをやろう」と思いついたんです。

ダメもとでFacebookにこう書きました。

「仕入れしたあとにイベントのキャンセルが決まりました。大量に魚が余ってますので、鮨の宅配“UVER鮨川”をやります。握りたてを、ご自宅で自粛中のあなたの元にお届け致します! 二人前4000円からお届けしますので、お気軽に! というか切実にご注文お願いします」

そしたらすぐに注文が殺到して、急遽、車を1台から3台に増やして、1日中鮨を配達しまくりました。そのおかげで、この日の売上はキープできたんです。

「これならコロナ禍を乗り切れるかもしれない」という手応えを感じました。さっそく「翌週から正式に鮨のデリバリーを開始する」とFacebookに書いたら、またしても注文がたくさん来ました。

──そこから状況が一変したんですね。

最初は、注文をFacebookのメッセンジャーで受け付けていたのですが、毎日大量に注文が入るので、それを1つずつExcelに転記して注文表を作り、Googleマップとにらめっこして効率的なルートを作成しました。

朝、仕入れに行って、昼は「鮨ベース」(早川さんの作業所兼事務所)でひたすら仕込みと握り。このときは僕1人でひたすら握りました。たっぷり空気が含まれているのに崩れない鮨を、1貫たりとも気を抜かず握り続けられるのは僕だけ。宅配となるとさらにスピードが求められるからです。

箱詰めが終わったら、3人で夜まで配達。早朝から深夜まで寝る暇もなく1日中働いていたので、むしろコロナ前より忙しかったです。

そのおかげで売り上げは通常時の8~9割をキープでき、なんとか一番ヤバかった4、5月を乗り切ることができました。ただ、車を1台追加する必要があったり、ガソリン代や鮨を詰める箱代などの経費がかさんだり、社員の人件費が大幅に増えたので、利益は通常の6~7割程度でした。

うちは「出張鮨」という事業形態なので、社員の給料は固定じゃなくて、時間給プラス歩合なんです。だから4月と5月は、池田と加藤は通常時よりもかなり稼ぎました(笑)。とにかく、鮨のデリバリーをやらなかったら、本当に潰れていたかもしれません。

イベントキャンセルで生まれた「UVER鮨川」。大ヒットして早川さんを救うことになった

──なるほど。当日キャンセルがきっかけで、起死回生の一手を思いついたと。6月以降は?

5月25日に緊急事態宣言が解除されたので、6月は宅配鮨の注文も減りました。でも、1月末に申し込んだ政策金融公庫の300万の融資が入ったので、6月は売り上げが落ち込んでも何とかなったんです。

7月からは個人の出張鮨の予約や飲食店での鮨イベントも、限定的ではありますが少しずつ復活。キャンセルも減りました。

8月も出張鮨の予約でほぼ埋まりました。それから「今年のお盆はコロナで帰省する人が少ない」と読んで、やめていたデリバリーを復活させたらけっこう注文が入ったので、売上も利益もコロナ前にほぼ戻りました。

──8月は第2波が来て感染者が増え、再び自粛を求められましたが、その影響はなかったんですか?

あんまりないですね。ただ、企業の20人以上の中~大規模イベントのオーダーはまだ戻っていないので、全体の売り上げは落ちたままです。そこをどう補填していくかが、これからの課題ですね。世の中の状況に合わせていくしかないと思っています。

コロナのおかげでよかったことも

──特に飲食業にとって、コロナは死活問題に直結する厄災ですよね。

確かにコロナのせいで、一時は仕事が全部なくなって会社を畳むことも考えました。でも、コロナのおかげでよかったこともあります。それは、めちゃめちゃ成長できたこと。

例えば急遽「デリバリー」という新しい試みをやれたこともそうですし、注文の受付方法も改善できました。最初はFacebookのメッセンジャーで注文を受けていたのですが、手間がかかりすぎるので、途中からGoogleフォームを自分で構築して効率化したんです。

あと、今回のコロナ騒動で、いろんな補助金や融資の申請の仕方を覚えたことも大きいです。

こういったことをすぐに実行できるように成長できたのは、コロナのおかげだと思っています。コロナで生き延びた人はみんな、同じように思っているんじゃないですかね。

──今後の展望や目標を教えてください。

短期的にはまず、コロナによって減少した売上の回復ですね。それから社員を7人くらいまで増やして、規模を大きくしたいです。出張鮨の需要が増えているので、それに対応していきたい。 

中長期的な目標としては、北海道支店や博多支店など全国に「鮨川」の支店を増やしたいですね。大都市ならば出張鮨の需要はあるので、十分可能だと思います。

あと、自分でも実店舗を構えたいと思っています。今後職人が増えたら、日替わりあるいは週替りで職人が握る「出張鮨のアンテナショップ」のような店が出せたらおもしろいな、と。

究極の目標は前にもお話しましたが、とにかく職人を量産して5000~1万円の「街の鮨屋」を増やすこと。今後もそれを実現するために、コロナに負けず、頑張っていきたいと思っています。

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山下久猛 (やました・ひさたけ)

1969年愛媛県生まれ。アラフィフ独身のフリーランスライター・編集者にしてDANROの愛読者でもある。某呑み会で編集長に直訴してDANROライターに。人物インタビューを得意としており、雑誌・Webの他、仕事紹介系書籍の執筆や、経営者本の構成も数多く手がけている。趣味は居酒屋巡りと写真撮影とスクーバダイビング。

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