迷作文学がズラリ! ひとりの切り絵画家が生みだす「笑えるブックカバー」が超人気

本を開くと、掲載されている図版は、なんと「ブックカバー」ばかり。しかも、どれもこれも「名作文学のパロディ」なのです。『長靴をかいだ猫』『母をたずねて三千人』『ジョニーは銭湯へ行った』などなど“迷著”がズラリ80点。そんな奇妙なブックカバーを集めた新刊『きりえや偽本(にせぼん)大全 名作文学パロディの世界』(現代書館)が今「めっちゃ笑える」「文学好きにはたまらない」と話題となっています。

話題の新刊『きりえや偽本(にせぼん)大全 名作文学パロディの世界』(現代書館)
@kirieya(Ryo Takagi)

高野聖(こうやひじり)が『ゴーヤいじり』に。大いなる遺産が『おーい成井さん』に。世界の名作文学がちょっとおかしなブックカバーに変身

著者は切り絵画家の高木亮さん(50)。13年もの長きにわたり切り抜いてきたおもしろブックカバーが遂に一冊にまとまり、発売後たちまち重版がかかる人気となったのです。

笑えるブックカバーを集めた『きりえや偽本(にせぼん)大全 名作文学パロディの世界』の著者、切り絵画家の高木亮さん

ブックカバーは書籍の保護のために用いられ、さして注目されることなく捨てられる場合が多いもの。そんなブックカバーにひとりでこつこつ「笑い」の要素を採り入れ、コレクターズアイテムに昇華させた高木さん。「なぜ切り絵で名作文学パロディを?」。話題の著者に、お話をうかがいました。

100巻越え! 名作文学パロディのブックカバーが話題に

「実はこれまで何度も書籍化の話をいただきました。けれどもそのたびに『“ブックカバーだけの本”というコンセプトが(編集者の)上司に理解してもらえず』『社長の許可がおりなくて』と出版の企画が頓挫しまして。今回の編集者さんは度胸が据わっていて、はじめて社長をねじ伏せてくれたんです」

そう語るのは新刊『きりえや偽本(にせぼん)大全 名作文学パロディの世界』の著者、川崎に住む切り絵画家、高木亮さん。「きりえや」の屋号で活躍。キャリアは25年になります。

高木さんがこれまで制作した、思わず「ぷっ」と噴きだしてしまう切り絵ブックカバーの数は200点以上。「偽本(にせぼん)」と呼ぶ名作文学編は遂に第一期100巻(?)を達成し、第二期へ突入。さらに名作映画編も100タイトルを超えました。もちろん、すべてクスクス笑えるパロディ作品です。

ビルマの竪琴ならぬ『ヒルマの賭事』。偽本(にせぼん)ブックカバーを巻けば架空の書物ができあがり

人気2トップは『長靴をかいだ猫』と『人間ひっかく』

高木さんは単著『ねこ切り絵』『12か月のねこ切り絵』(誠文堂新光社)などファンタジックな切り絵で知られる画家。ゆえに、ギャグを押し出した作風の違いに戸惑うファンが少なくなかった様子。

「はじめは『本当に同一人物ですか?』と訊かれるケースが多かったですね」

情緒ある切り絵に定評があり、笑いを巻き起こすブックカバーに戸惑うファンもいたのだそう @kirieya(Ryo Takagi)

それでも猫を切らせたら右に出る者なし。よく売れるブックカバーは、やはり猫にまつわる作品なのだそう。

「ブックカバーの人気2トップは『長靴をかいだ猫』『人間ひっかく』。断トツですね。『もっと猫の作品を増やそう』と思っているんですけれど、下心があるとアイデアが浮かばない(苦笑)」

もっともよく売れるブックカバーは『長靴をかいだ猫』 @kirieya(Ryo Takagi)
人気2トップのもうひとつ『人間ひっかく』 @kirieya(Ryo Takagi)

ヨーロッパに伝わる民話『長靴をはいた猫』かと思いきや、クサいからできればやめてほしい『長靴をかいだ猫』。太宰治の名作『人間失格』かと思いきや、猫のいたずらを描いた『人間ひっかく』と、高木さんの手にかかればウイットに富んだ小説に変身。

おもしろいのは、猫にまつわるパロディだけではありません。ドストエフスキー作『罪と罰』……ではなく、かわいいバクが牢獄に閉じ込められている『罪と獏』。先輩からファンタグレープを買ってくるようにパシらされる『ぱしれメロス』。19連勝したムエタイ選手が八百長を強要される『タイ人20連勝』などなど、声を出して笑ってしまうパロディの連続射撃。電車のなかで読むとヤバいです。

『罪と獏』『ぱしれメロス』『タイ人20連勝』などなど、電車の中で読むとヤバいパロディブックカバーが多数収録されている @kirieya(Ryo Takagi)

「自分でも会心の出来だと思っているのが『最低2万はいる』ですね。頭に浮かんだ瞬間に『なにがいるんや!』って自然にツッコミが出てきて。『アーム状』も気に入っています。『アーム状のなんなんだよ』と。よく強盗事件のニュースで『犯人はバール状のもので……』って言うじゃないですか。それを聞くたびに『なんだよ、バール“状”って』とツッコんでいて。そこからの発想です。アーム状だと、さらになんだかわからない」

「会心の作品」という『最低2万はいる』。海底に2万匹……いったい何がいるんだ @kirieya(Ryo Takagi)
お気に入りの『アーム状』。アーム状のなんなのだろう @kirieya(Ryo Takagi)

『海底二万哩(マイル)』も『ああ無情』も、わずかに言いまわしを変えるだけでボケにしてしまう「偽本」のファニーな世界。いい偽本が生まれる基準は、このように「自分で自分に自然にツッコめるか」。

「とにかく、まず“タイトル”。いい書名がひらめいた瞬間に、もうひとりの自分が『なんやそれ!』と素直なツッコミをできたら、合格。そのツッコミの言葉が帯の文に反映されます。そして『このタイトルだったら、こういう話だろう』とさらにストーリーを考え、最後に切り絵にするんです」

入浴中にアイデアが浮かび、裸のままメモした日も

新作のブックカバーが待たれる日々。アイデアはいつ、どのようにして生み出されるのでしょう。

「夜にお風呂に入ったり、眠る前にボヤッとしたりしているときに頭に浮かぶ場合が多いです。浮かぶというより、『降ってくる』感じかな」

降ってきたアイデアは宝物。忘れてしまってはたいへんです。

「忘れないように、家じゅうにメモ用紙があるんです。湯舟につかっているときにアイデアが降ってきて、腰にタオルを巻いたまま浴室から飛び出してメモをしに行った日もあります。けれどもそういう場合はたいてい、次に日にメモを見返したら『なんじゃこれ?』みたいな。そのときはおもしろいと思ったんですが」

まるでアルキメデスが浮力の原理を発見するかのように生みだされる偽本の数々。しかしすべてが王冠のように輝くわけではないようです。

入浴中にアイデアがひらめき、腰にタオルを巻いただけの状態でメモをした日もあったのだそう

「存在しない本」が明治大学でブレイク

高木さんが名作文学のパロディブックカバー「偽本」をつくりはじめたのは2007年。東京のブックカフェで開催された切り絵の個展がきっかけでした。「せっかく書店に飾るのだから」と、ブックカバーを100点制作。そのなかに偽本を2種類おり交ぜておいたのだそう。そしてこの2点がドカン! と化学反応を起こしたのです。

「お客さんが偽本の展示を見て大笑いしてくれたんです。さらに、その2点は突出してよく売れました。『こちらの意図が、こんなにもちゃんと伝わるのか』と驚きましたね。強い手ごたえを感じたんです」

偽本ブックカバーを本に巻くと、存在しない別の本が誕生する。ブックカバーの購入者が自分で手を動かすことで、さらに笑いが深まる。ブックカフェの片隅で、新たな笑いが芽吹いた瞬間でした。

高木さんは手ごたえを確かめるべく、翌2008年に「偽本」に特化したブックカバー展を開催。会場は笑いが絶えず、「めっちゃおもしろい」と口コミやSNSでジワジワとひろまってゆきました。

そのうえ「うちでも偽本ブックカバー展を開かないか」と打診が相次ぐ好展開に。とりわけ大きな転機となったのが、2014年に催された明治大学での作品展。

「図書館の入り口そばにあるギャラリーで、学生がたくさん訪れる、かなりいい場所でした。大学の図書館という真面目な場所でバカバカしい展示をやるギャップがおもしろく、反響はかなり大きかったんです。その後の私の方向性をさだめる決定打となったイベントでしたね」

大学の図書館という書典の聖地で、偽本ブックカバーはいっそう異彩を放ちました。その後、ブックカバー展は新作を増やしつつ、場所を替えながら10回以上催行。今年2021年8月には「ジュンク堂書店」池袋本店にて、遂にフロア丸ごとで展開する過去最大規模のイベントが実現したのです。

2021年8月に「ジュンク堂書店」池袋本店にて開催された大規模な偽本ブックカバー展
壁に掲げられた偽本ブックカバーは購入可能。さらにパロディにされた側のオリジナル本も買える。見事な主客転倒

それにしても書店が「存在しない本」のイベントを大々的にやるとは。その現象自体が不条理文学と呼んで大げさではありません。

プロの切り絵画家に。きっかけは辻仁成

世界の名作文学をパロディ切り絵にする高木さん。実は切り絵を職業にするいきさつそのものが、文学に大いに関係がありました。

高木さんが影響を受けた美術家は、切り絵による白と黒の世界で多くの人を魅了した絵本作家、東君平。「くんぺい童話」などで知られる東氏のシャープながら愛らしいタッチに十代の頃から親しみを覚えていた高木さん。「いつか自分も切り絵で表現がしてみたい」と、漠然とした想いをいだいていました。

そんな高木さんに突如、切り絵に挑む機会が訪れたのです。それは香川県から上京し、武蔵大学へ通っていた学生時代。

「大学の自治会室が学生のたまり場になっていて、僕はそこに入り浸っていました。ある日、先輩から『自治会通信を定期的に発行しないと運営の予算がおりない。お前もなんかしろ。絵は描けるか? なんでもいいから冊子に表紙を描け』と命令されましてね。それで初めて東君平さんを真似て切り絵をやってみたんです」

初めて紙を切ってみた高木さん。「自分でも驚くほど楽しかった」、そう振り返ります。

「ハマりました。切り絵は絵画のような遠近法が使えないなど制約がたくさんあるんです。けれども制約がある方が自分には楽しかった。自分の性格に合っていたのでしょうね。切り絵にハマッたまま、現在に至る。そんな感じです」

美術を学んだ経験がない高木さん。自治会通信の表紙を皮切りに、完全なる独学で切り絵をスタートさせます。さらに大学時代、「プロの切り絵画家」になるチャンスが巡ってきたのです。

それは、ある人気小説家からのひと声。

「プロになったきっかけは、実は辻仁成さんなんです」

芥川賞作家の辻仁成氏と切り絵、いったいどういう関係が?

「大学の学園祭に、辻仁成さんがポエトリー・リーディングのイベントに来られると決まったんです。実は辻さんは東君平さんの親戚なんですよ。それで『ぜひとも辻さんに自分の作品を観ていただきたい』と思い、教室を借りて個展を開くことにしたんです。さらに厚かましく、辻さんに案内状まで送りまして」

無名の学生が、面識などない人気作家に送った一通の案内状。このおそれ知らずな勇気が高木さんの人生をケタはずれに変える起爆剤になろうとは。

「なんと、辻さんが実際に私の切り絵を観に来てくれたんです。さらにしばらく経って辻さんから、担当者を介し、『雑誌で新しい連載をするので挿絵をやりませんか』と声をかけてくださったんです」

辻氏が言う「挿絵」とは、『中央公論』で連載された、大家族へ婿入りした作家の騒動を描くユーモア小説『五女夏音』に添える切り絵。いきなり大手版元の媒体にスカウトされるとは。学生が果敢に「切りひらいた」からこそ得たビッグチャンス。高木さんの切り絵画家としての第一歩は、早くも文芸に紡がれていたのです。

「辻仁成さんから声がかからなかったらプロの切り絵画家になっていなかったかもしれない」と語る高木さん

ナイフの刃が足の裏に刺さり失神

高木さんが切り絵をする様子を実際に見せていただきました。紙は上質紙「特薄」A4サイズ。「細かい作業に向いている」と惚れ込むこの真っ黒な紙は、10年ほど前に出会い、ずっと取り寄せ続けているのだそう。

刃物はペンのかたちをした細工用「アートナイフ」。昨今「消しゴムはんこ」を彫るために需要がたかまっている利器です。30度に傾斜した小さな刃先をぽきぽき折りながら用います。

「切り絵でもっとも気をつけなければならないのが“折れた刃の処理”です。一度、誤って踏んでしまい、足の裏に刺さりまして。そして刺さった足の裏を見て失神した経験があるので」

し、失神……。ケガをせぬよう細心の注意を払いつつ、切り進めます。下敷きにしているマットは、どこかで見覚えがあるのですが。これはなんでしょう。

「実はビニール製のテーブルクロスなんです。専用のカッターマットは使いません。意外とテーブルクロスが一番やわらかく、切りやすい。なにより安い。ホームセンターへ行って、手ごろな大きさに切ってもらって。切り絵教室で生徒さんに教える場合もこのテーブルクロスを使います」

下敷きにしているマットは実はテーブルクロス

テーブルクロスにのせた特薄紙にナイフを挿し、刃先をすぅ~っと躍らせます。スマートに、スムースに、優美に。たちまち紙のなかから気高い顔立ちの黒猫が現れました。刃の流れにいっさいの迷いがなく、プロのワザに改めて目を見張るばかり。

「切り始めたら早いです。即興性を大事にしたくって。紙に軽くアタリを引いて、すぐ切っちゃう。それにもたもたしていると切り口がきれいにならないんです。僕が切り絵に惹かれた理由は『エッジがはっきりしているところ』なので」

水色の鉛筆でささっとアタリをとる
さくっとアートナイフを挿し、流れるように紙を切る
たちまち凛々しい黒猫が誕生した

愛らしいのに、ほわほわではない。おっしゃるとおり「エッジが効いて」爽快感がある。それはまさに高木さんが生みだす「笑い」の質そのもの。こうして作品を切りだし、スキャンをしてパソコンにとりこみ、文字をのせるなどデザインしてゆきます。最後はレーザープリンターで印刷。ブックカバーのできあがり。発想から完成まで、一つの作品ができあがるのに約1週間。おおよそ3作を同時進行しているのだとか。

ブックカフェの片隅で誕生した新しい笑い

新刊『きりえや偽本大全 名作文学パロディの世界』が話題となり、それにともない「今後のブックカバー展も続々と開催が決まった」という高木さん。作品づくりの原動力は?

「アートフェアなどに出店したときに、ブックカバーを見てお客さんが声を出して笑ってくれている姿を見るのが嬉しいんです。世の中の人が、自分がおもしろいと思うものを、同じようにおもしろいと感じてもらえている。その様子を見ると、ほっとします。安心するんです」

ひとりの切り絵画家がこつこつと生みだした「偽本」という笑い。13年の月日のなかで小さな笑いが発酵し、遂には大きくブレイク。新しい文化は街の片隅から生まれる。企業の手が入らない個人の力から生まれる。「小さなムーブメントこそ大切に育てなければならないんだな」と改めて気づかされます。

秋から冬にかけて、テレビは名だたるお笑いコンテストが目白押し。しかし笑いはそれだけではない。東京のブックカフェの一画で萌芽した、手づくりの笑いがあることも、ぜひ知ってほしい。そう感じました。

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