「眠れなくなるほどキモい」寄生虫の魅力を発信し続ける孤高のライター

【註】この記事には寄生虫のイラストや画像が掲載されています。人によってはグロテスクに感じる場合がありますので、ご注意ください。

2021年は「寄生虫」という言葉がニュースに踊った一年でした。

たとえば夏に世間を騒がせた「エキノコックス」。キツネやイヌのふんなどから人間に感染し、致死の危険性がある寄生虫「エキノコックス」が「愛知県の知多半島に定着した」という報道は人々を不安にさせました。

キツネやイヌのふんなどから人間に感染する「エキノコックス」 イラスト・猫将軍 @NekoshowguN

また、抗寄生虫薬「イベルメクチン」が「新型コロナウイルスに効くのではないか」と、こちらも大いに話題となりました。

身の毛もよだつ寄生虫。「活きたイカをさばいたら、アニサキスがとぐろを巻いていた」なんて経験があなたにもあるのでは。

そんなキモい寄生虫の世界に迫った本が注目されています。タイトルは『眠れなくなるほどキモい生き物』(集英社インターナショナル)。

『眠れなくなるほどキモい生き物』(文・大谷智通 絵・猫将軍 集英社インターナショナル)

「あなたは最後までページをめくれますか?」と読者に覚悟をうながすこの書籍は、文字通り眼をそむけたくなるグロテスクな寄生虫たちの生態が、「猫将軍」さんによる美麗なイラストとともにゾクゾクと紹介されています。

カエルの後ろ足に形成異常を起こさせ、天敵である鳥に捕食されやすくする「リベイロイア」。

「リベイロイア」によって脚を変形させられたカエル @NekoshowguN

人間の皮下を通って足先に移動し、皮ふを突き破って出てくる「メジナ虫」。

人間の皮ふを突き破って出てくる「メジナ虫」 @NekoshowguN

ゴキブリの脳に毒液を注射して麻痺させ、死に場所となるハチの巣穴へ、自らの脚で歩いて向かわせる「エメラルドゴキブリバチ」。

ゴキブリを解体処理場まで自らの脚で歩いて向かわせる「エメラルドゴキブリバチ」 @NekoshowguN

などなど、「眠れなくなるほど」おぞましい寄生虫の残酷かつ鮮やかな手口が明かされているのです。ときには、これでもかと詳細に。ときには「ゴキブリには翅(はね)があるが、楽しい森にはもう帰れない――」といったふうに詩的に。

寄生虫学を“娯楽として”伝えるライター

「寄生虫の魅力は、ポジティブにしろ、ネガティブにしろ、人の感情を動かすところだと思います」

そう語るのは著者であるサイエンスライター、大谷智通(おおたに ともみち)さん(39)。

『眠れなくなるほどキモい生き物』著者、大谷智通さん

大谷さんは『眠れなくなるほどキモい生き物』のほか、『増補版 寄生蟲図鑑 ふしぎな世界の住人たち』(講談社)、『寄生蟲図鑑 ふしぎな世界の住人たち』(飛鳥新社 )、『えげつないいきもの図鑑 恐ろしくもおもしろい寄生生物60』(ナツメ社)と、寄生虫を紹介する書籍をたて続けにリリースしてきた人気ライターです。

2021年に巻き起こった「エキノコックス騒動」でも引っ張りだこ。知識を持たない読者でも理解しやすい解説記事で健筆をふるいました。

大谷智通さんは寄生虫や寄生生物に関する書籍を続々とリリースする人気「寄生虫ライター」

「私の仕事は寄生虫学を広く一般に“娯楽として”伝えること。寄生虫は『おそろしい』『気持ちが悪い』とされがちです。でもそれを変えたい。『眠れなくなるほどキモい生き物』は“恐怖”や“嫌悪”の感情を入り口として、読み終えるころには、“興味”や“愛着”に昇華してもらうことを目標として書きました。それができるのが、サイエンスライターである自分の付加価値だと思っています」

大谷さんが書く寄生虫学の本には、「キモい」など学術論文にはほとんど出てこないであろう表現が随所に見られます。「娯楽」として、手に汗する感覚でドキドキしながら読めるのです。

「科学者の論文には『キモい』なんて言葉は絶対に書かれていません。『ゾンビ』といったエンタメ寄りの比喩も通常、学術論文だと好ましくありません。でも、『世代を超えて広く読者に読んでもらうためには、そういった言葉選びも必要だろう』と思います。サイエンスとして許されるギリギリの表現を考えながら書いています」

「私の仕事は寄生虫学を“娯楽として”伝えること」と語る

東大出身者が「寄生虫ライター」に

エンタテインメントな言いまわしを駆使しながら、寄生虫にまつわる記事を一般読者向けにこれほど多く書くライターは、大谷さんをおいて他にいません。そのため、日本唯一の「寄生虫ライター」と呼ばれる場合も。

「ときどき『マイナーなジャンルをやっていますね』と言われます。けれども、自分ではマイナーだとは思ってはいないんですよね。地球上に存在する約870万種の生物の大半は寄生生物ですから。どんな生き物にも複数種類の寄生虫が宿っています。『寄生虫に寄生している寄生虫』もいるくらい。なので、圧倒的にメジャーなことを書いているつもりです。とはいえ、ライターの世界ではあまり手がつけられていない分野ではありますね」

大谷さんは東京大学の農学部卒。さらに東大の大学院を修了した才子。あえて不安定で孤独なフリーランスライターの道を選んでいるのが「もったいない」と感じてしまうのが正直なところ。

「就職活動をした経験がないんです。たまたま『うちに来ない?』と誘ってくれた飛鳥新社という出版社で4年ほど出版について学んだ後、物書きとしてやっていこうと思い、いまに至ります。好きなことを仕事としてやっていけているのは、ありがたいですね。すべてが自分のジャッジで、当然すべてが自分の責任ですが、この働き方は性に合っているようで、ストレスもほとんどありません」

寄生虫の魅力を発信し続ける大谷さん。けれどもご自身は企業や行政、学校などの組織に「寄生」する生き方を選びませんでした。

寄生虫を追って4000匹以上のマダイを調査

「寄生虫学を“娯楽として”伝える」を信条とする大谷さん。その姿勢には、確かな知識と、寄生虫をひたむきに研究してきた経験が裏打ちされています。実は大谷さん、寄生虫「タイノエ」の研究者でもあるのです。

「タイノエ」とは、マダイの口のなかにつがいで寄生する、わらじのようなかたちをした生き物。宿主であるマダイの体液を吸って成長します。

「つがいで寄り添う姿が愛らしい」と、日本では夫婦和合の縁起物として知名度が高いながらも、生態や宿主への害がよくわかっていない寄生虫。

2021年7月に大谷さんが発表したタイノエに関する論文は、4000匹以上の天然マダイを調査し、生活史や寄生による宿主への影響の一端を明らかにしたものです。「ひじょうに重要な、学術的価値がある」とSNSなどでも話題になりました。

「サンプリングで得られたタイノエのうち、もっとも大きなものは『目黒寄生虫館』に寄贈しました。メスで体長が5センチを超えているんです。オスで3センチ超え。そんなに大きな寄生虫がペアでマダイの口の中に寄生しているなんて、驚きですよね」

公益財団法人「目黒寄生虫館」へ行けば、大谷さんが採集した、標本としては世界最大級となるタイノエを鑑賞できます。

大谷さんが採集した、標本としては世界最大級となるタイノエ 協力:公益財団法人目黒寄生虫館

体内にサナダムシを飼っていた寄生虫博士

大谷さんは兵庫県出身。「寄生虫」に興味をもったのは中学時代。20215月にお亡くなりになった、「寄生虫博士」として知られる東京医科歯科大名誉教授・藤田紘一郎(こういちろう)さんの著書がきっかけでした。

「中学生のころに、藤田先生のベストセラー『笑うカイチュウ 寄生虫博士奮闘記』(1994年)と『空飛ぶ寄生虫』(1996年/ともに講談社)を読んで強く影響を受けました。『寄生虫の生態や形態はこんなに特殊なのか』と驚き、ワクワクしながら読んだんです。なにより藤田先生の『自分の体内でサナダムシを飼う』エピソードが強烈でした」

大谷さんが少年時代に影響を受けた「寄生集博士」こと藤田紘一郎氏の著書の数々

「サナダムシ」とは、「条虫」と呼ばれる寄生虫の総称。藤田さんは四代にわたって体内で長大な「日本海裂頭条虫」(ニホンカイレットウジョウチュウ)を飼っていたといいます。

1日で20センチも成長し、1日に200万個の卵を産むといわれているサナダムシに藤田さんは「キヨミちゃん」と名づけ、お腹の中で可愛がっていました。そんな驚きのエピソードとともに、一般に馴染みのない寄生虫学をおもしろおかしく解説する藤田先生の筆致に大谷少年は感銘をうけたそうです。

「7年ほど前に藤田先生の著書のお手伝いをする機会があり、キヨミちゃんの死体を実際に見せていただきました。先生はキヨミちゃんを愛しておられ、『身体にいるときは体調がよかった』とおっしゃっていましたが、本当かどうかはわかりません。サービス精神が旺盛な先生でした」

キヨミちゃんの「ご遺体」を大事に保存していた藤田さん。「キヨミちゃんが身体にいると体調がよくなる」というのは藤田さんなりの寄生虫への愛情表現なのでしょう。大谷少年は、藤田さんの本により寄生虫に関心を持つようになったのです。

中学時代に「寄生虫学」に関心をいだいた

中学時代に「タイノエ」に出会って興奮

同じ中学時代、大谷さんは実際に寄生虫に触れることになります。それが、のちに強く絆を結ぶ「タイノエ」です。

「実家は神戸の須磨にありました。海が近くにあり、中学時代から海釣りをはじめて、マダイの口のなかにダンゴムシのような寄生虫がいるのを見つけたのです。本で読んでタイノエの存在は知ってはいたのですが、実際に見ると興奮して、いつも気になるようになってきました。明石に『魚の棚商店街』という海鮮を多く扱う商店街があって、マダイの口のなかをわざわざ覗きに行く日もありました」

残念ながら商店街に並ぶマダイは、漁師や商店主の手によってタイノエが取り除かれており、「空き家」になっている場合が多かったのだそう。しかし、それがいっそうタイノエへの情熱を高める起爆剤になりました。

腱鞘炎になるほどマダイの頭を割り続ける

東京大学の農学部に進学した大谷さんは、魚介類の寄生虫病の研究をはじめます。研究テーマに選んだのは、中学時代から気になっていた寄生虫「タイノエ」でした。

「大学時代は朝から晩まで天然マダイの頭をさばいてタイノエのサンプリングをしていました。右手が腱鞘炎になるくらいたくさんのマダイの頭を割って。マダイって骨が硬いんで、一日に何十匹もさばいていると手がやられてしまうんです」

大学時代はひたすらタイノエの標本をつくった

マダイと格闘するうちに「料理人さながらに魚がさばけるようになった」という大谷さん。実習で定置網漁があるような水産の学科。夜の荒れた海に出て船酔いで気絶しかけた経験もあるのだそう。こうして大谷さんは、「寄生虫と魚介」にどっぷりつかる学生時代を送ったのです。

「研究室に入ってから、寄生虫が身近になり、日々の生活も変わりました。食事をする際も『食材に寄生虫がいるかどうか』を気にするようになりましたね。学生食堂の一番安いサンマ定食を食べるときでも、必ずはらわたのなかを確認するクセがついてしまって。赤い鉤頭虫(コウトウチュウ)を見つけて、『ああ、今回もいるな』というように」

いつしか友人に会うような感覚で寄生虫と接するようになった大谷さん。しかしながら、自らの身体も寄生虫に影響されるようになりました。

「アニサキスアレルギーには0から6まで7段階あるのですが、そのレベル3までいきました。もともとの体質もありますが、アニサキスにそうとう曝露(ばくろ)されていたのでしょう。なにせ魚介類ばかり毎日、食べていましたから。『サンプリングしたあと食べる、までが水産学なんだよ』と教えられてきましたので」

大谷さんはこう振り返りますが、幸い、アニサキスアレルギーは検査で陽性というだけで、いまのところ症状はないとのことです。

7段階あるアニサキスアレルギーのレベル3までいった

寄生虫に「愛情はないけれど愛着はある」

身を挺して寄生虫と向き合い、「寄生虫ライター」という孤高の道を進む大谷さん。寄生虫にそこまで向き合える理由はなんなのでしょう。「愛」でしょうか。

「愛ですか? う~ん。『愛情はないけれど愛着はある』という感じですね。長い付き合いですから」

クールな表現ですが、大谷さんが書く文章は、寄生虫たちのキモい点だけに焦点を合わせるのではなく、彼らのスナイパーとしての腕前や、戦闘能力の高さなどを評価しています。人間よりずっと昔から地球に宿り続ける彼らに対する畏敬(いけい)の念を感じずにはいられません。

テントウムシに幼虫の繭のボディガードをさせる「テントウハラボソコマユバエ」 @NekoshowguN

さて、今後は。

「自分に社会貢献ができるとすれば、人々の『理科教育への関心をたかめること』かと思います。学生のころは理科教育に興味があって、理科と水産の高等学校教諭専修免許状を取りました。いま教壇には立っていませんが、自分の書く本で理科教育ができたらと思っています。僕が書いた本を読んだ人が生物学を好きになってくれたら嬉しいですね」

先人である故・藤田紘一郎氏が寄生虫の世界の扉を一般向けに開けたように、「寄生虫ライター」と呼ばれる大谷さんもまた、これからも人々の知的好奇心をくすぐる生き物を紹介してくれることでしょう。

大谷智通・プロフィール

1982年、兵庫県神戸市生まれ。サイエンスライター、編集者、出版エージェント。東京大学農学部卒業後、同大学院農学生命科学研究科で水圏生物科学を専攻。農学修士。大学では魚病学研究室に所属し魚介類の感染症・寄生虫病の研究を行う。出版社勤務を経て独立し、現職。

協力:公益財団法人「目黒寄生虫館」

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