社会のルールは「絶対」ですか? 路上生活を知る者たちの「生命のダンス」

映画「ダンシングホームレス」のワンシーン(C)Tokyo Video Center

息苦しい閉塞感が日本列島を覆っています。新型コロナウイルスがもたらした混乱は社会の隅々におよび、私たちの間にギスギスした空気が漂っています。感染拡大防止のかけ声とともに広がる「同調圧力」。まるで戦時中のようだという声すら聞かれます。

そんな過剰な集団主義に反発するかのように、個人ひとりひとりの「自由な表現」にこそ価値があるのだと訴えかける映画があります。路上生活経験者による異色のダンス集団の姿を追ったドキュメンタリー「ダンシングホームレス」です。

(この記事は、2020年3月6日に旧DANROで公開されました。記事内の情報は当時のものです。なお、新しいDANROへの移行についてはこちらをご覧ください)

「個人の自由な踊りを何よりも重視している」というこのダンス集団には、強制的なルールがありません。自由主義を徹底することで、路上生活経験者の肉体に潜む「原始的なパワー」を引き出そうとしているのです。

クライマックスの13分に及ぶダンスシーンは、まさに圧巻。「生命のダンス」と呼ぶにふさわしい自由奔放な舞が披露されます。

代表作「日々荒野」を演じるダンス集団「新人Hソケリッサ!」(C)Tokyo Video Center

路上生活の経験者に宿る「原始的なパワー」

「路上生活を経験した身体から出てくる魅力がある」

映画の中でそう語るのは、ダンス集団「新人Hソケリッサ!」を主宰するダンサー・振付師のアオキ裕キさんです。「日々生きることに向き合わざるを得ない状況」を体験してきた路上生活経験者の肉体には、原始的なパワーが宿っているのだというのです。

アオキさんはかつて、有名タレントのバックダンサーやミュージックビデオの振付師として活躍していました。しかしアメリカで同時多発テロに遭遇し、それまでの自分は「表面的なことにとらわれていた」と気付きます。

「人間の内面の奥深さを表現しなければいけない。そのためには、どうすればいいのか」

そう自問自答していたとき、東京の新宿駅前で、ある光景に出くわします。路上ミュージシャンがにぎやかに演奏している横で、ホームレスの男性が尻を出して、平然と眠っていたのです。

その姿に衝撃を受け、「原始人に通じるような人間としての強さ」を感じたアオキさんは、路上生活者を集めたダンス集団を作ろうと決意します。2005年のことでした。

屋外で踊る「新人Hソケリッサ!」のメンバーたち(C)Tokyo Video Center

それぞれの個人が「踊りたいように踊ればいい」

映画「ダンシングホームレス」には、さまざまな人生を背負った路上生活の経験者が登場します。家庭内暴力や病気、借金といった困難から逃れるため、社会のレールから外れてしまった人たちです。なかには、いまも自らの意志で、路上での暮らしを続けている人がいます。

「路上は痛いし、寒い。でも、自分が自分であるためには、この生活しかない」

そう口にするのは、元自衛隊員の西篤近さん(40歳)。借金をきっかけに親との縁を切ってしまった西さんは、新宿の路上で暮らしながら、なんとか日々をしのいでいます。

ダンス集団「新人Hソケリッサ!」のメンバーのほとんどはダンスの未経験者ですが、西さんは例外的に、ダンススクールに通っていた経験があります。ところが、そのときのダンススクールは「ガチガチに固められた世界で、すごく嫌だった」と振り返ります。

それに比べ、アオキさんが主宰するソケリッサは、それぞれの個人が「踊りたいように踊ればいい」という自由な空間です。西さんは「僕がやりたいのはこれなんだ、と思った」と、ダンスを再開した理由を説明しました。

「ダンススクールは窮屈だった」という西篤近さん(C)Tokyo Video Center

一方、「逃げるのが私の人生。仕事からも結婚からも逃げてきた」と話すのは、小磯松美さん(70歳)です。「ホームレスでいることは、自分で情けないと思いながら甘んじているところがある」と弱々しく語ります。

「自分がやりたいことを見つけられなかったのが一番の後悔」という小磯さんですが、いまは「持っている身を使って、何かできたらいいんじゃないかな」と考えています。人前でダンスを踊ることで、社会とつながる実感を持とうとしているようでした。

「新人Hソケリッサ!」を主宰するアオキ裕キさんとメンバーたち(C)Tokyo Video Center

「社会のルールがいいですか?」

これまで過酷な人生を生きてきた路上生活の経験者たち。アオキさんはそんな彼らの「個性」をできるだけ引き出そうと努めます。踊りたいように踊る。踊りたいときに踊る。それがソケリッサのモットーです。

「強制はしない。やりたくないときに踊っても仕方ない。強制して踊らせると、それは自分が求める踊りではなくなってしまう」

自由主義が徹底しているのです。ときには、ダンスのレッスンがあるにもかかわらず、メンバーが無断で休んでしまうこともあります。でも、アオキさんは意に介しません。映画の印象的なシーンの一つです。

そのとき、カメラを構える三浦渉監督が「それは社会のルールとちょっと違う気がするんですけど……」と、アオキさんに話しかけます。

それに対して、アオキさんはこう問い返すのです。

「社会のルールがいいですか?」

「社会のルールがいいですか?」と問いかけるアオキ裕キさん(C)Tokyo Video Center

「ひとり」は自分を見つめる「すごくいい時間」

映画「ダンシングホームレス」に登場するホームレスの経験者たちはみな、路上で「ひとり」だけの時間を過ごしてきました。そこには何か意味があるのか。アオキさんに質問しました。

「人間には、ひとりと集団の両方が必要です。集団にずっといると息苦しいですが、ひとりで居続けるのもしんどいでしょう」

アオキさんはそう語りつつ、「ひとりの時間」の重要性について持論を口にしました。

「人が成長するためには、ひとりの時間が必要です。自分を見つめて、何かにじっくり触れる、すごくいい時間です。(映画の中で演じられる)僕の『日々荒野』という作品も、ひとりでいるときに構想ができていって、みんなでいるときに吐き出していきました。その繰り返しです」

インタビューに答えるアオキ裕キさん(撮影・亀松太郎)

アオキさんが主宰するソケリッサでも「大事にしているのは、集団ではなく個人」と断言します。

「個人がたまたま集まってやるだけなんです。ひとりひとりに与えている振付の言葉も違いますし、個人をしっかり引き出すことをすごく大事にしています。集団であっても、いかに個人が引き立つかが重要なんです」

そんな個人の「自由な表現」に徹底的にこだわった「新人Hソケリッサ!」の踊りは、我々がふだん慣れ親しんでいる「統制のとれた集団ダンス」とはまったく異質のものです。

クライマックスのダンスシーン(C)Tokyo Video Center

映画のクライマックスでは、ソケリッサのメンバーたちがそれぞれ思い思いの踊りを表現していて圧巻です。路上生活を経験した「原始的な身体」が生み出す、生々しい「生命のダンス」がそこにはあります。

「この人たちのスイッチが入ったときの集中力はすごいなと感じました。それまで楽しく話していたのに、急にシーンとなって踊りの世界に入っていく。その集中力は、路上生活をしていたからなのかもしれません」(三浦渉監督)

インタビューに答える「ダンシングホームレス」の三浦渉監督(撮影・亀松太郎)

映画「ダンシングホームレス」は2020年3月7日、東京・渋谷のシアター・イメージフォーラムで劇場公開。その後、全国で順次、上映。

映画「ダンシングホームレス」予告編

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亀松太郎 (かめまつ・たろう)

DANROの初代&3代目編集長。大学卒業後、朝日新聞記者になるも、組織になじめず3年で退社。小さなIT企業や法律事務所を経て、ネットメディアへ。ニコニコ動画や弁護士ドットコムでニュースの編集長を務めた後、20年ぶりに古巣に戻り、2018年〜2019年にDANRO編集長を務めた。そして、2020年10月、朝日新聞社からDANROを買い取り、再び編集長に。最近の趣味は100均ショップでDIYグッズをチェックすること。

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