孤独とは「自由」なのか? クリスマス前に「ひとりを楽しむ」を考える

12月は「ひとり」を楽しみづらい季節だ
12月は「ひとり」を楽しみづらい季節だ

「ひとりを楽しむメディア」をモットーにするDANROが年末を迎える。クリスマスやらなんやらで街は華やいでいるが、この季節ほど当メディアの底力が問われる時期はない。

なぜなら12月は、1年で最もひとりでいることに孤独を感じやすくなる月だからだ。孤独な男たちを待ち構える水商売の女性たちは書き入れ時で大忙しだが、それでも冷たい北風に身震いするとき、街ゆくカップルが疎ましく見えることもあるだろう。

そんなとき私たちは、どうすれば安定して「ひとりを楽しむ」ことができるのか。それを考えるためには、まず「ひとり」と「孤独」との間にあるものを確認しておく必要がある。

ひとりを孤独に変える「不在」

例えばひとり飲み屋でうまい酒を呑んでいるとき、目の前の酒や肴に集中しながら感じるのは、限りない「自由」だ。ひとりめしを扱った名作コミック『孤独のグルメ』でも、主人公の井之頭五郎はこんな名言を吐いている。

「モノを食べる時はね、誰にも邪魔されず、自由で、なんというか救われてなきゃあダメなんだ。独りで静かで豊かで……」

そんな満ち足りた食事の最中に、ふと「これ、あの人にも食べさせたいな」「ああ、ここにあの人がいてくれたらな」などと思い出してしまったら、どうなるか。

たちまちその人の「不在」が意識され、どんどん膨らんでいく。目の前の食事がおいしければおいしいほど、大きな寂しさが襲ってくる。そうなると酒や肴の味もどこかへ飛んでいってしまい、哀しみに囚われて「自由」を感じる余裕などなくなってしまうのだ。

「不在」がひとりを孤独にさせる
「不在」がひとりを孤独にさせる

人通りのない道をひとり歩いても平気な人が、すれ違うカップルを見ていらだつのも、不在を意識させられるからだ。そこにいない人への強い愛着や、別れの喪失感などが重なると、不在はより強調される。

井之頭五郎がひとりめしを楽しめるのは、そのような「不在」や「喪失」を意識せずにすんでいるからである。それは確かに快適ではあるが、愛する人を持たないおかげだとしたら、果たして単純に幸福といえるのだろうか?

「狭き道をゆけ」と煽る椎名林檎

孤独と自由について、椎名林檎は「獣ゆく細道」で歌っている。エレファントカシマシの宮本浩次をフィーチャーしたこの曲のMVは、YouTubeでの公開から2か月あまりで視聴回数は800万を超え、「高く評価」も10万に達しようとしている。

この共演がどういう経緯で実現したかはわからないが、40歳を迎えた椎名が、50歳を過ぎた宮本を老け込むにはまだ早いと叱咤激励しながら、自らを奮い立たせているように感じた。そして宮本と同年代の筆者は、

「丸腰の命をいま野放しに突走らうぜ」
「誰も通れぬ程狭き道をゆけ」

と懸命に歌う彼の姿に背筋が伸びる思いがした。仕事なんて人生なんて、こんなものだと適当に決めつけて、これまでの慣れの範囲でタラタラ歩いている場合じゃない、と気を引き締めることができたのである。

ただ、

「孤独とは言ひ換へりやあ自由/黙つて遠くへ行かう」

のくだりは、やはり気になった。

前述したように「孤独」とは喪失に囚われた状態であり、そこから解き放たれない限り「自由」になれないのであって、孤独と自由とは言い換えではつながらないと思うからである。

喪失感や執着を断ち切り「不在」を振り払って、孤独を脱しないことには、「ひとり」を自由とは感じられない。もちろん、歌詞としては完璧なので、代案などないのだが。

「喉元過ぎれば」感じ方も変わると思うしかない

まとわりつく喪失感や執着を、いかにして振り切るか。それこそが「ひとりを楽しむ」ための最大の課題だ。その方法のひとつが「誰も通れぬ程狭き道をゆけ」というのが、「獣ゆく細道」のメッセージといえるだろう。自分の進むべき道に集中すれば、雑念はおのずと消える。

孤独に対するもうひとつの向き合い方について、椎名は「人生は夢だらけ」という歌で示しているように思えてならない。「あの人に愛して貰えない今日を」と孤独感を示しながら、彼女はこう続ける。

「実感したいです/喉元過ぎればほら酸いも甘いもどっちもおいしいと」

渦中にあれば辛いことでも、後になってみればあってよかった、あれも必要な時間だったと思えることがある。苦しみも離れてみれば、楽しいように見えることもある。そのすべてを味わっていこう、それが自分の人生を生き抜くということだ。彼女はそう歌っている。

今年もあとわずか。孤独をこじらせてネガティブな感情を募らせるくらいなら、いっそ街の賑わいに背を向けて、新しい年にはどんな「狭き道」をゆこうかと考え始めた方がいいのかもしれない。そして来年の今ごろは、自分なりの1年を生き切った後に、やっぱり人生は「酸いも甘いもどっちもおいしい」と実感できていることを祈りたい。

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