緊急事態の東京「夜の街には秩序があった」写真集で支援したフォトグラファー

吉祥寺ハーモニカ横町/写真集『Night Order』より

2020年春、新型コロナウイルスの感染拡大を防ぐための「緊急事態宣言」が発令された。我々は約2カ月間、今まで経験したことのない閉塞感の中で生活することを強いられた。

「ネガティブな情報が溢れ、重苦しい空気が支配する世の中を、写真を通じて少しでも良くしたい」

フォトグラファーの小田駿一はクラウドファンディングの企画を思いつき、「Night Order Project」と名付けた。

それは、緊急事態宣言下の東京を撮影した写真集を制作しつつ、苦境に立つ飲食店を支援しようという試みだ。多くの人たちの暖かい支援のおかげで、289人から約250万円を集めることができた。

小田はどんな思いで、このプロジェクトに取り組んだのだろうか。

営業を自粛している飲食店が「秩序高く、かっこよく見えた」

緊急事態宣言が発令されると、多くの企業でリモートワークが導入され、学校は休校となった。飲食店などの業種では、時短営業が要請された。

メディアの世界も取材対象者に直接会うことは叶わず、オンライン取材へ移行した。人物写真の撮影をメインにしているフォトグラファーの小田の仕事もなくなっていった。

小田はそれまで、Forbes JAPANやWWD JAPAN、Numberなどの媒体で著名人や企業経営者の肖像写真を撮影してきた。アパレルなど広告写真の分野でも活躍している。それらの仕事が一気になくなった。

空白の期間をどのように過ごせばいいのか。

小田は、一足早くロックダウンがはじまったニューヨークで、ニューヨーク・タイムズなどで活躍する報道写真家が街の様子を撮影・配信していることに共感し、自分もフォトグラファーとして「緊急事態下の東京」を記録に残したいと考えた。

新宿ゴールデン街/写真集『Night Order』より

緊急事態宣言が発令された初めての週末、小田はできる限りの感染予防をしたうえで、朝から都内各所を撮影するため、車を走らせた。世田谷区の砧公園や中央区の日本橋に行ってみると、人が出ている。一定の自粛効果はあったものの、全面的な外出自粛には至らず、予想通りの光景が広がっていた。

一通り都内を周り、夜になった。「最後にもう1箇所」と、よく飲み歩いている新宿ゴールデン街に足を向けた。新宿区歌舞伎町の一画にある、狭小な飲食店が数多く軒を連ねる区域で、近年では外国人観光客も多数訪れるようになった観光スポットだ。

ゴールデン街の普段の賑わいを知っている小田は、昼間に見たのと同じように、ここでも人が飲み歩いている光景が広がっていると予想していた。

「何店舗かは営業していると予想していたんです。ゴールデン街は小さな店がほとんどで、経営的にも厳しい店が多いですから。でも、確認した限りでは、営業している店や飲み歩く人は確認できませんでした。予想と現実の差分に驚きました」

誰もいないゴールデン街。その姿をカメラに収めていきながら、小田は思った。

「感染予防のため、飲食店が協力しあって、営業を自粛しているのではないのかと考えました。経営的に厳しいなかで、自主的に店を閉めている姿が秩序高く、かっこよく見えたんです」

新宿ゴールデン街/写真集『Night Order』より

小田は、営業を自粛している「東京の夜の飲食店街」をテーマに、写真を撮影することに決めた。

だが、撮影を続けていくと葛藤が生まれた。

「営業自粛中の飲み屋街のディストピア的な光景をただ撮影して、写真集を制作したり、メディアで発表したりすることに意味があるのかな、と疑問に思ったんです」

ディストピア的な光景の写真を人々に見せることで、コロナのために精神的に厳しい状況がさらに辛いものになってしまうのではないか。そう危惧した。

一方で、小田は写真を撮りながら、「飲食店の人たちの秩序意識がこの光景を作り出している」と感じていた。

「だからこそ、少しでも飲食店の人たちの助けになるプロジェクトであれば、意味があるのではないかと考えたんです。行きつけのバーがなくなると、僕も困りますし(笑)。そこで、飲食店の人たちの秩序意識から『秩序ある夜』、つまり『Night Order』と名付けたプロジェクトを考えたのです」

フォトグラファー・小田駿一

会社員を辞めて、フォトグラファーの道へ

小田が発案した緊急事態宣言下のプロジェクト「Night Order」は、東京の夜の街を撮影した「写真集」の制作と飲食店を支援するための「クラウドファンディング」という2つの要素をもつ。

写真集には、報道写真と抽象写真の2種類のアプローチで撮影した東京の街が収められる。そして、クラウドファンディングで支援してくれた人には、その金額に応じて、写真集や写真ステッカーのほか、プロジェクトに賛同する飲食店で利用できるチケットがリターンとして送られる仕組みだ。

このプロジェクトを世に広めるため、小田は、旧知の編集者やアートディレクターの協力を仰いだ。小田の仕事に対する真摯な姿勢を知っている彼らは、その要請にすぐ応じてくれた。

小田の経歴はユニークだ。

早稲田大学を卒業後、一般企業に就職したが、一念発起して写真の道へ。英国・ロンドンへ渡り、独学で撮影技術を学んだ。フォトグラファーとしては変わり種だが、会社員としての経験が生きている。

「会社員のとき、先輩から『どんなに地位が高い人でも、相手を区別したり、差別したりする人はイケてない』と口酸っぱく言われていた。だから、誰が相手でも、区別や差別は絶対にしない」

対人関係については、こんなことも教えられた。

「Give and Give and Give。Takeなんて考えるな」

その言葉は、苦境にあえぐ飲食店を支援する「Night Order」プロジェクトにつながっている。

新宿西口思い出横丁/写真集『Night Order』より

小田が仕掛けたクラウドファンディング。不安がないわけではなかった。

「そもそも写真集は、プロの僕でさえ、たくさん買わない。それを一般の人が買って支援してくれるのかという疑問がありました。しかも、現物が完成していない状態でお金を出してくれるのか、と」

しかし、その不安も杞憂に終わった。289人から約250万円が集まったのだ。

立石 呑んべぇ横丁/写真集『Night Order』より

クラウドファンディングが終了すると、今度は写真集の一般販売へと動いた。

「写真集を制作するだけで、満足してしまってはいけない。それを広めていくことが重要なのではないかと思っています」

そう語る小田は、残った200冊の写真集を販売するため、書店を地道に回って営業した。アート系の書籍を取り扱う書店をメインに、店舗販売してもらえるようになった。

だが、店舗に並べてもらうのがゴールではない。実際に購入してもらうためには、さらなる工夫が必要だ。

「緊急事態下の東京の夜の街を記録した作品なので、5年後、10年後も見てもらえるよう、風化しないような写真集にするための工夫を凝らしました。アートディレクターの塩内浩二氏には『タイムレス』かつ『オリジナル』にしてほしいと伝え、表紙を職人さんが手で破り、一点一点オリジナルなものしましたし、プリントにもこだわりました」

実は、小田がこのプロジェクトのために撮影した写真は、「Night Order」のウェブサイト見ることができる。

「ウェブで見てもらえるだけでも嬉しいですが、写真集はリアルです。こだわった装丁や印刷も、紙の質感なども楽しめます。ウェブで興味を持っていただけたら、ぜひ手にとってほしいと思います」

コロナ禍でオンラインのコミュニケーションが促進されたが、オンラインだけでは伝わらないものがあるのだ。

「日本に住む人たちがみな遭遇した緊急事態宣言という事象だからこそ、共感や感情移入をしやすい写真集ではないかと思います。この写真集で写真の楽しみ方を知ってもらえたら嬉しいですね」

BARトースト/写真集『Night Order』より
写真集『Night Order』

写真集『Night Order』は、下記の店舗で販売している。

銀座 蔦屋書店、代官山 蔦屋書店、小宮山書店、青山ブックセンター、二手舎(東京、京都)、文喫、shashasha、BOOK AND SONS、C7C gallery and shop、百年、タコシェ、BOOK OF DAYS

また、「Night Order」のウェブサイトでも注文できる。

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本多カツヒロ (ほんだ・かつひろ)

1977年神奈川県生まれ。フリーランスライター。エンタメから硬めの話題まで幅広く執筆。趣味は、テレビでのサッカー観戦、映画鑑賞、音楽鑑賞、音楽制作、ラジオを聞くことなどひとりで自宅でできること。

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