「コミュニケーションに依存するのは危険だ」炎上弁護士・唐澤貴洋が語る「孤独論」

弁護士の唐澤貴洋さん(撮影・齋藤大輔)

「炎上弁護士」の異名を持つ唐澤貴洋さん(41)。ネットで誹謗中傷を受けていた依頼人のために掲示板の書き込みの削除請求をしたことがきっかけで、激しい誹謗中傷にさらされる身となりました。それだけでなく、個人情報の流出や殺害予告、なりすましによる爆破予告といった攻撃を受け、命の危険まで感じるようになります。

そんな唐澤さんは、ネット炎上を引き起こしている加害者は「孤独な人」だと指摘します。一方で「孤独と向き合うことは重要で、子どもにコミュニケーションの危険性を教えるべき」とも語ります。いったい、どういうことなのでしょうか。じっくり話を聞きました。

(この記事は、2019年5月19日に旧DANROで公開されました。記事内の情報は当時のものです。新しいDANROへの移行についてはこちらをご覧ください)

「友達ゼロ人」だった孤独な青春時代

――唐澤さんは私立の中高一貫校に進んだものの、「このままでいいのか?」と疑問を感じて、高校1年の秋に学校を中退したということですが、高校を辞めると友人が誰もいなくなったそうですね。

唐澤:友達ゼロ人です。そうなると、自分と向き合うしかありません。向き合うというか、大人になるにばどうしたらいいか、そんなことばかり考えていました。

――「早く大人になりたい」と考えていたんですか?

唐澤:自分の頭で考えて行動したいと思っていました。小学校は私立に入って、中高もエスカレーター式で大学まで行けるところに入った。でも、それは親が敷いてくれたレールで、自分で決めたわけでない。自分の考え方というのはあるのかと、本を読んだり、映画を見たりしながら考えていました。

弁護士になって半年で独立。ひとりで法律事務所を経営している

――そのとき、こういう人になりたいというロールモデルはあったんでしょうか?

唐澤:ジャーナリストになってみたいと思っていました。自分でものを考えて、取材して発表するのは面白そうだな、と。

――学校に行っていないから人とのつながりはなかったと思いますが、本や映画を通じて、社会への窓は一応開かれていたということですかね。

唐澤:社会から離れているんだけど、社会に興味があるみたいな感じですね。話す相手が誰もいないときに、どうしたらいいんだろうと模索して、ちょっとずつ知識が入ってくる。孤独な時間をどう過ごすか、ということです。大人になると、日常に追われて自分と向き合う時間が減ってしまう。自分と向き合える時間がたっぷりあったのは財産だったなと思います。

――孤独な時間も意味があったといえるのは、どういう点でしょう?

唐澤:自分で何かを選択せざるを得ない、能動的な時間の使い方でしょうか。流されて生きないというか。私は弁護士になって半年で独立したんですけど、それほど苦ではなくて、淡々とできた。それは孤独だったときに、自分の価値基準の中で行動するということをしていたからかなと思います。

孤独な人が「ネット空間」に取り込まれている

――唐澤さんが何かを決断するとき、重要なポイントは?

唐澤:自分が楽しいかどうかですね。あまり功利主義的には動かない。なんでそんなことをするんだろうと他人が思ったとしても、自分にとって勉強になる、自分が楽しめると思えば、行動するようにしています。

唐澤さんがこれまでの歩みをつづった著書『炎上弁護士』(日本実業出版社)

――著書の「炎上弁護士」の中では、ネットで自分を誹謗中傷した加害者の人にも会うということが書かれていました。それも楽しいからということでしょうか?

唐澤:別に会わなくてもいいんですが、会ってみたいと思うんですね。自分について悪いことを書いた人がいるとき、いったいどんな人間なのかと知ることが第一歩かな、と。会ってみると、いかにも犯罪をしそうな極悪人ではない。どちらかというと、ちょっと普通から外れた孤独な人というか、物悲しそうな目をしていたりする。これは何なのか。単純な法律問題ではないんじゃないか、と。

――加害者は「孤独な人」に見えたんですね。

唐澤:自分の中でひとつの仮説としてあるのは、ものすごく孤独な人がネット空間に取り込まれているのではないかということです。ネット空間では、掲示板やSNSなどでコミュニケーションにすぐ入っていける。コミュニケーション空間にいると、人は孤独が癒された気になる。その空間の中で、人によっては殺害予告をしたりして満足感を覚えている。ネット空間に居場所を見つけて、孤独を解消した気になっているんです。

――本の中では、高校1年の少年の行動がどんどんエスカレートしていって、唐澤さんの事務所の鍵穴にボンドを詰めたり、事務所のプレートに「死ね」と書いたりするようになっていく様子が紹介されていて、驚きました。

唐澤:ネットは脳と直結しているメディアだと思います。大人であれば、歯止めとなる基準があって行動していますが、子どもはまだ背負うものがなく、動物的にネットに触れ合うので、非常に危険だと感じます。

学校で「コミュニケーションの危険性」を教えるべき

――インターネットもいい意味での出会いや発見があって、別の場所にいくためのハブになるという点ではいいと思うんですけどね。

唐澤:それをうまく使いこなせる人はなかなかいないと思います。神奈川県座間市で9人の若い男女が殺害される事件がありましたが、ツイッターを介して犯人に取り込まれていきました。インターネット上のコミュニケーションを通じて初めて会った人が、会った日に殺されてしまうという事件で、すごく危機感を覚えました。ネット空間の中で、ものすごくコミュニケーションにたけた人間が出現し、それが悪魔的であれば、新しいカルト的なものが誕生しうる土壌が十分にあると思います。

インターネットの「炎上問題」と真正面から向き合ってきた

――そのような問題への対策はどうすればいいでしょうか?

唐澤:学校教育で、コミュニケーションの危険性を教えるべきだと思います。コミュニケーションがある種テクニカルに行われる世の中になっている、と。「インスタ映え」という言葉からしても、テクニカルなんですね。何かを伝えて賛同を得ることが、無邪気に推奨されてしまっている。そういう目の前にあるコミュニケーションが本物なのか、偽物なのか、それに取り込まれていいのかどうかを精査することを教えるべきだと思います。

――我々は、コミュニケーションに依存してしまっているのかもしれませんね。

唐澤:コミュニケーションが自己目的化してしまっているんですね。逆に言えば、孤独とうまく付き合えばいいと思います。ちょっとしたことでいいから、インターネットから離れて、何か行動するとか。スマホから目を離して、外の景色を見るだけでもいいんです。

――コミュニケーションへの依存と言えば、日本の学校では「友達がいて当たり前」というのがあります。「友達をたくさん作ろう」と推奨される。逆に、ひとりでいるときにどう考えたらいいか、ということは教えてくれません。

唐澤:結局、この国は「個々の人間を大事にしよう」という発想を持っている人が少ないんじゃないかと思います。個人主義が根付いていない。集団に同調することが是とされていて、個々の人間が違うことを好まない。集団的な区分けをして安心してしまう一方で、いい意味で孤独と向き合う時間を持つことができていない。そんなところがあるんじゃないかなという気がしています。

――唐澤さん自身は、学校で友達がいなかったこともあるということですが、苦ではなかったんですか?

唐澤:まあ、孤独は感じていました。でも、それで人生が終わりだという感じではなかった。このものすごい孤独はいつ解消されるのか、という思いはありましたけど。

今年5月には2冊目の著書『そのツイート炎上します!』(カンゼン)が出版された

――仮定の話ですが、唐澤さんが高校を中退したときに、もしインターネットが普及していたら、その世界に入っていったでしょうか?

唐澤:入っていたと思います。もしかしたらネット空間に取り込まれて、何かよくないことをしたかもしれない。本の中でも、誹謗中傷の加害者はかつての自分と近い状況だったのかもしれないと書きました。実際に加害者と会ったときに、ものすごい悪人だと感じなかったのは、そこなんですよね。でも私の場合はネットがなくて、自分と向き合うしかなかった。それが良かったのだと思います。

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亀松太郎 (かめまつ・たろう)

DANROの初代&3代目編集長。大学卒業後、朝日新聞記者になるも、組織になじめず3年で退社。小さなIT企業や法律事務所を経て、ネットメディアへ。ニコニコ動画や弁護士ドットコムでニュースの編集長を務めた後、20年ぶりに古巣に戻り、2018年〜2019年にDANRO編集長を務めた。そして、2020年10月、朝日新聞社からDANROを買い取り、再び編集長に。最近の趣味は100均ショップでDIYグッズをチェックすること。

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