「インディーは反骨心」を体現する若き異端児・阿部史典(プロレス月光物語 1)

デビュー前は「僧侶」だったという異色の経歴を持つプロレスラー・阿部史典(写真提供・本人)

2019年1月27日の夜、私は大阪・難波にいた。南海電鉄難波駅の南出口から250m歩くと、関西における「プロレスの聖地」エディオンアリーナ大阪(大阪府立体育会館)がある。この日はここで、「ZERO1大阪大会〜新春黄金シリーズ」というプロレス興業が行われ、激戦が展開された。

私は所用があり大会を観戦できなかったが、単行本『インディペンデント・ブルース』(彩図社)の取材のため、第2試合の6人タッグマッチに出場した阿部史典と会う約束を取り付けていた。

腕関節技「チキンウイングアームロック」を極める阿部

会場近くの交番前で待っていると、人懐っこい短髪の青年が現れた。阿部である。私たちは軽く挨拶を交わすと、近くのスペインバルに入った。

私は、プロレス界における小規模の団体、いわゆる「インディー」で活躍しているプロレスラーをテーマにしたノンフィクションを書こうとしていた。その最初の取材相手として選んだのが、阿部史典なのだ。

「プロレスリングBASARA」というインディー団体に所属しながら、他のさまざまな団体の試合に引っ張りだこになっている25歳の売れっ子レスラー。インディーの最前線を生きている阿部にぜひ、インディーで戦う理由を聞いてみたいと思ったのである。

異常なスピードで成長する25歳の若武者

日本のプロレス界において「インディー」とは、新日本プロレスに代表される「メジャー」の逆を意味し、小規模のプロレス団体を指す。

しかしインディーの語源であるインディペンデント(independent)の本来の意味は、「独立」「自立」「他に依存しない」である。私がインディーに注目するのも、他に影響されない独立独行性に魅力を感じているからだ。

今回取材する阿部史典は25歳。キャリア5年の若手レスラーである。所属するプロレスリングBASARAのほか、DOVEプロレス、666、HEATUP、大日本プロレス、プロレスリングZERO1といったさまざまなプロレス団体の試合に出場している。

鋭いキックや関節技、スープレックスと、格闘技寄りの“バチバチ”なスタイルをベースとしながら、観客を魅了するプロレスIQが高く、どんな相手でもきちんとプロレスができる技量を持つ若き天才である。

兄弟子である澤宗紀が得意にしていたお卍固め(アントニオ猪木の卍固めと同じ技なのだが、なぜか“お”をつけている)や伊良部パンチ(元プロ野球投手の伊良部秀樹さんばりのピッチングフォームからのストレートパンチ)を継承している。

阿部の十八番・伊良部パンチ

そんな阿部は変わった経歴の持ち主である。2015年5月に名古屋のローカル団体「スポルティーバエンターテイメント」でデビューしたときは、僧侶をしながらプロレスのリングに上がっていた。

夕方まで法事でお経を読んだり、火葬や拾骨に立ち合うという僧侶の仕事を務め、夜になると、道場に出向いて練習、あるいは試合に出場という毎日だった。

その後、プロレス一本に集中するために寺を辞め、東京に拠点を移した彼は、上がれるリングならどこにでも上がり、一時期は年間約180試合をこなすインディーの売れっ子レスラーとなる。

やがていくつかの団体から入団オファーが届く。悩んだ末に選んだ移籍先は、インディー団体の中でもとりわけ自由度が高い「プロレスリングBASARA」だった。

「僕はひとつのことだけではなく、いろいろなことがしたいんです。いろいろな団体のリングに上がって、いろいろな相手といろいろな雰囲気で試合をしたいから、BASARAを選びました。自由度が高いBASARAは自分に合っているなと思いました」

BASARAに入団した阿部はさらに成長スピードを加速していく。ZERO1では先輩・日高郁人とのコンビでNWAインターナショナルライトタッグ王者となり、BASARAではユニオンMAX王者になった。あらゆる団体で好試合を連発し、その類まれなる才能を開放しているのである。

足関節技「裏アキレス腱固め」を極める阿部

「毎日がトライアウトだと思っている」

阿部の魅力はどこにあるのか。私は、プロレスの試合における「緊張と緩和」を自身の感性で表現できるところだと考えている。

特に印象に残っているのが、2018年11月9日に東京・新木場で行われた「ALL DOIN」なる大会だ。「どインディー版」のオールスター戦で、全国から多くのインディー団体や学生プロレスの選手たちが集結した。その第1試合、6人タッグマッチでのこと。

インディーの中でも、その度合いが強い「どインディー」にもなると、素人といえるほどレベルの低い選手も存在している。だが阿部は、そんな素人レスラーたちを見事にコントロールして、きちんと“プロレス”に仕立てた。

時には厳しく攻め、時には彼らの土俵に乗って受け止めるという攻防で会場を沸かせたのである。「緊張と緩和」をうまく使いこなし、リングで見事に表現できるプロレスIQの高い阿部ならではの芸当である。

「あれをまとめられるのは、どさ回りした経験があったからですね。変にバカにしてもいけないし、ただ強く攻撃するだけではイジメに見えてしまって、お客さんが引いてしまう。いろいろなところでお世話になって、いろいろな人と試合したおかげです」

そんな阿部にこんな質問をしてみた。

「デビューしてとんとん拍子に出世していますが、阿部選手が考えるプロレスの未来予想図を教えてください」

すると、こんな答えが返ってきた。

「こうやってありがたいことに試合がたくさんある生活がいつまで続くかわかりませんし、長くやるつもりはあまりないです。今、最前線でやっている自負はあるので、いろんなものを吸収して自分なりの“バチバチ”を作り上げて体現したい。現状には安心していませんし、毎日がトライアウトだと思っています」

“バチバチ”とは、かつて存在したプロレス団体「格闘探偵団バトラーツ」のファイトスタイルである。彼らの試合には「殴る」「蹴る」「関節技を極め合う」という攻防にまるで火花が散るような激しさがあり、このように形容された。

バトラーツという団体が今はもうないからこそ、彼は自分なりの“バチバチ”の答え探しという冒険をしているのかもしれない。

そして、いつまでもオファーが次々と届くとは思っていないと達観しているからこそ、「毎日がトライアウト」という心境が生まれるのではないだろうか。

阿部史典(左)と「アストロノーズ」というタッグチームを組んでいる大日本プロレスの野村卓矢。二人でBJWタッグ王座を獲得した。

スペインバルでの取材は70分に及んだ。阿部は取材後、「もう少しふざけて言うべきだった。真面目に語りすぎた」と言っていたが、これも彼らしい。真面目とおふざけをうまくシフトチェンジできるのが、本来の彼の特性なのである。

「インディーは反骨心」。そう語る阿部史典は、自分らしく自由に生きるためにプロレス界を駆け巡っている。

その活躍の領域は「インディーとメジャー」という枠を越えている。異常なまでの成長スピードと貪欲さを併せ持つ彼の成り上がりは、これからがクライマックスである。

メジャーが光り輝く太陽ならば、闇夜に輝く月がインディー。漆黒の夜を照らす月のように渋く輝くインディーなレスラーたちの人生を追い求める旅がこの日から始まった。

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ジャスト日本 (じゃすと・にほん)

プロレス考察家。アメブロで「ジャスト日本のプロレス考察日誌」を運営。2017年と2018年に電子書籍「俺達が愛するプロレスラー劇場」(ごきげんビジネス出版)刊行。2019年より大阪なんば紅鶴にて一人語りイベント「プロレストーキン グブルース」を定期開催。2020年、単行本「インディペンデント・ブルース」(彩図社)発売。

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