乳がん手術! 我々はひとりだけど、ひとりぼっちじゃない!(未婚ひとりと一匹 19)
こんにちは! もうすぐ乳がんの手術だと緊張していたひとり暮らしの人間のコヤナギユウと、進行性とおぼしき乳がんが見つかって先に緊急手術を終えた拾い猫のくるみです。
……情報量が多すぎる!
「さよなら、パイパイ」として、手術室へ向かうところから始まったこの連載ですが、今回で一区切り。時間はあの日に巻き戻ります。
走って逃げようと思えるくらい元気
入院当日は健康そのものといっていいほど元気です。天気は梅雨前の好天ですがすがしく、ビールでも飲みたいところでしたがグッと我慢。留守番する猫の面倒を見るために母が上京し、母ひとりでは心細いとのことで兄も召還。入院するわたしと3人でお医者さんの話を聞いて、入院するベッドを案内してもらいます。
翌日の手術を控え、最後の検査。血液を採ったり、がんの転移が多いとされるリンパ節の場所を調べる注射を打ったり。あとはたくさんの同意書にどんどんサインしていきます。次々に医者が現れてなにかと忙しいです。手術は14時から、およそ4時間くらいと決まりました。
一息ついてTwitterを見ていると、明日はテレビで実写版「美女と野獣」を放送するとのこと。見てみたいと思っていました。映画が始まるころには手術は終わっているはずです。わたしは明日、この映画をテレビで見られるのだろうか、どんな気持ちで見ているのだろうか。手術が迫ってきた実感はわいてきましたが、想像はできません。
21時から絶食が始まりました。まずは「朝6時までに飲みきるように」と、りんごジュース(鉄分入り)1杯、アルジネードウォーター(栄養ドリンク)125ミリリットル、OS-1(経口補水液)500ミリリットルを渡されちびちびと飲みます。そして、朝の8時にも同じものをもらって2時間ほどで飲みきり、手術までは絶水です。全然喉なんか渇かないはずだけど、水を飲んではいけないくらい手術が近い、という緊張感で喉が渇きます。
パジャマから病衣に着替え、全身麻酔時の血行不良を防ぐ圧着タイツを履き、珍妙なT字帯パンツを履いて出陣。自分の足で普通に歩いて、いざ手術室!
手術室の前にはパソコンを前にした看護師さんが控え、わたしの名前と手術内容を確認し、入室します。まるで人気のレストランで予約確認するエントランスみたいです。
部屋に通されて、手術室の中央に鎮座したわたし専用のステージを目の前につい「うわあああ〜」と変な声を出してしまいました。医師達はハキハキとしつつも、こちらの緊張を汲んで、ペースを見ながら説明してくれます。手術台に座り、足の位置を合わせてからベッドの上半身を起こし、胸の高さを見ます。今回は左乳がんを摘出後、すぐにシリコンを入れてしまう「一次再建」なため、一発勝負なのです。手術で乳首の位置が大きく変わってしまわないように、油性ペンでいろいろな印を書いてくれます。油性ペンはふつうのマッキーです。一通り印を書いてもらったら、また寝そべるのですが、絶対に腰を浮かせないように、そのまま、変な感じでも座り直さないでと念を押されて横になります。どうやら、手術中にも起こして位置を確かめるため、同じ条件を保つ必要があるようです。確かに生理的に腰を浮かせたい、でも乳首のためです、理性で耐えるのだ。
マーキングされ、手術台に寝そべり、麻酔用の点滴が刺されました。いよいよです。わたしはとにかく不思議な気持ちでした。だって、今すぐ逃げろといわれたら、腕を振り払って上体を起こし、全速力で走って逃げられるくらい元気です。でもそんなことはしません。わたしは偉いのです。
シュコーっとささやかな音をたてたマスクが、軽く口にあてがわれます。「少しずつ麻酔を入れはじめましたからね〜。眠くなりますよ〜」と声を掛けられ、意識がぽわんとしていくのを感じます。すぐに視界の外側が水に入ったように歪みました。ちょうど、仰向けになって、穏やかなプールに、沈んでいくように…。とぷんっ、とでも音が鳴ったような気がしました。
全身麻酔から、すがすがしいほどの目覚め
「コヤナギさーん、終わりましたよ〜!」
ハッと目を覚ますと揺さぶられていました。3秒くらいうたた寝していた感覚です。
変わらない天井ですが、周りの人々の慌ただしさがさっきとは異なり、時間の経過を感じます。状況の整理が追いつかず、返事を口ごもっている間に、見事な手さばきで手術台からベッドに移されています。シーツの具合がうまくいかなかったみたいで「腰上げられますか?」と声かけられ、反射的に身体は動きました。ベッドには滑車が付いており、病室に運ばれます。次第に意識がはっきりしてきました。手術が終わったのです。わたしが3秒くらい気を失っている間、4時間みなさんががんばってくれたのです。
全身麻酔をやったのは初めてで、中には「麻酔酔い」する人もいると聞いていましたが、わたしは大丈夫でした。むしろ、こんなにスッキリ起きられたことないってほど、「快眠感」があります。おめめがぱっちりです。休んだ方がいいと思うのに。
気持ちはそのくらい軽やかですが、身体はやはり、術後です。重く、そして暑い。左胸がどうなっているか、直接確認する勇気も体力もまだありません。術後のわたしの様子を見に来た母と兄と少し話し、そのまま眠りました。
手術から3時間後の19時、夕飯がでました。猫は全身麻酔のあと0時まで絶食絶水だったのに、人間にはアジフライが出てきました。電動ベッドの力を借りて上体を起こします。手術をした左胸はたいして痛みませんが、転移を調べたリンパ節のある脇の下と、体液を出す管(ドレーン)がくっついてるあたりは響きます。
最初の一口は気をつけるようにいわれ、恐る恐るお吸い物を飲んで、アジフライをかじり、半分は食べられました。食後はテレビに手を伸ばし、念願の実写版「美女と野獣」を聞きながら達成感に目をつむりました。
家で待っていたのは満身創痍の戦友
退院の条件はドレーンの液体が1日50mlを下回ること。部分摘出なら3日で退院する人もいるそうですが、わたしは10日入院していました。
自宅に帰ると、わたしの5日前に右乳房の全摘手術を受け病衣をまとい、珍妙なシルエットになっている猫のくるみが待っていました。もうホント、もはや戦友です。猫ががんばったから、わたしもがんばれたよ。
乳がんの摘出手術は終えましたが、わたしは依然「がん患者」ではあります。乳がんは転移しやすく、たとえ腫瘍になっていなくても小さいがんが血液に乗って、体中にあると思った方がいいそうです。でも、それは痛くもかゆくもありません。ホルモンに影響を受ける「乳がんの小さいやつ」が小さいままでいてくれるように、10年間ホルモン剤を飲み続け、定期健診をしていきます。でも、それだけです。
自分ががんになってみて、身の回りの「キャンサートラベラー」な人がたくさんいるのに気がつきました。がんや持病を乗りこなして生きている人は本当にたくさんいるのです。
「ひとりを楽しむ」には、なにをもっても自分頼り、自分が健康でいること大原則です。だけど、「一巻の終わり」はなかなか訪れません。事業を失敗したって、がん宣告されたって、終わったかと思っても、2巻がすぐに始まります。その2巻をどのように受け止めるかは自分次第です。困難さや事柄自体は変えようがないですが、受け止め方なら、少しは自分の意思が反映できます。思ったようにやり過ごせなくても、どうしたいのか望む力が希望になります。
術後はいつ仕事復帰できるやらと心配していましたが、3カ月後の9月にはカナダへ取材に行き、10月には奄美大島で趣味の素潜りまでできました。12月はポルトガル取材、そしてこの3月には流氷の上でアザラシの赤ちゃん取材まで行ってくることができました。手術からまだ1年経っていません。
仕事も、生活も、がんも、続いていきます。わたしも、くるみも、「未婚のひとり」ではありますが、「ひとりぼっち」ではないのです。
この連載の最初に「次の旅は『キャンサートラベラー』です」と書きました。旅の魅力は楽しい半分、不便半分だと思います。慣れない場所、不自由な言語、初めての風習、すべてがストレスの元です。でも、それが旅の醍醐味、「楽しさ」ですよね。そういえるような人生とニャン生を、ひとりと一匹で続けていきたいと思っています。
短い間でしたが、ご愛読いただきありがとうございました!また必ず、どこかでお会いしましょう! 続きも書きたいですし!