「最愛の旦那と心からつながれない」 35歳妻の絶望的な孤独

最愛の夫。でも体の相性だけは最悪。子どもが欲しいと願っているのに行為が苦痛でたまらない…。

女装する小説家・仙田学が「女性の自由と孤独」をテーマにさまざまな女性に取材するこの連載。今回は、夫との性生活に悩むユミの話を聞く。

「我慢して演技してた」

35歳のユミが結婚したのは4年前。2、3年の交際期間を含めると、夫とは6、7年の付き合いになる。優しくて楽しい夫のことは大好きだが、体の相性だけは絶望的に悪かった。

「最初のうちは気にならなかったけどね。気分は盛り上がってるから、我慢して演技してた。でもすぐに、嫌になっちゃった。もともと回数も少なくて、何カ月かに1回とかだったけどね。特にもやもやするようになったのは、子どもを作らなきゃって思い始めてから。子どもは欲しいけど、子作りのためだけにするのも嫌だしね。35歳って年齢を考えると、焦りとか罪悪感もあるし」

誰に対する罪悪感なのだろう?

「両親に対する罪悪感だね。まだ孫の顔を見せてあげられてなくて、申し訳ないと思う」

ユミのこうした葛藤を夫は知っているのだろうか?

「旦那さんにはこういう話をしたことはあるんだけど、性の話になると真面目に話せないんだよね。向こうも『すいません』みたいな感じで、ふざけて謝っておしまい、みたいな」

氷が溶けて薄い色になったカフェオレをユミはようやく手に取った。ストローでかき混ぜてから口に含むと、かすかに眉をしかめる。

ユミのほうから真剣に話せば、夫も応じるかもしれない、と私は思った。

確かに性生活における要求や不満を、パートナーにストレートに伝えるには勇気がいる場合もあるだろう。でもそこまで悩んでいるのなら、勇気を出してみてもいいのでは。ユミは向きあう前に諦めてしまっている。そんな印象を受けたのだ。

「なんでだろう。素直になれないんだよね。いつも投げやりな感じで言っちゃう。ちゃんと話してもどうせダメなんだろうなって」

性生活でのすれ違い

もしも夫に素直な思いをぶつけられるなら、ユミはどんなことが言いたいのだろう。ユミ夫婦の性生活について、さらに具体的に聞いてみることにする。

「旦那は女の体を大切にしないんだよね。激しくすれば女は喜ぶって思ってんじゃないかな。私が『痛い』って言うと、『なんで痛いの?』って。逆に『なんで優しくしてくれないの?』って聞いたこともあるんだけど、『なんでって言われても…』って。きっといままでの人ともそうしてきたんだろうね」

夫のほうは今のやり方に満足しているのだろうか?

「それがいつも無反応なんだよ。無表情だし、言葉もないし。見つめ合ったこともないんだよ。っていうかこっちも痛さと違和感で目が開けてらんないんだけどね」

強引なやり方をユミに強いながら、自身は無反応。その夫の様子に、私はそれこそ違和感を覚えた。妻が楽んでいるかどうかを気遣っていないという以前に、まず夫自身が楽しんでいるようには思えない。あるいは何らかの過去の経験から、楽しんではいけない、楽しむべきではないという思い込みがあるのかもしれない。

いずれにしても、ユミもその夫も、性的な面では相手と向きあえていないという印象を受けた。

「そういえば…旦那の過去の話はあんまり聞いたことないんだよね」、とユミはセミロングの髪の毛先を指に絡める。「私こそ、他の人と比べちゃってるのかな。だから言えないのかな。でも、そこは言わなくてもわかって欲しいかも」。ユミの口調はしだいに真剣さを増していくが、その口元から笑みが消えることはない。

「私はずっと女でいたいから。性のことって、私の中でとても重いものなのよ。そこが通じ合ってないと、どんなに仲良くても心が通じ合っていない気がする。他人、って感じ」

ユミの過去とその報い

でも浮気はしたくないとユミは言う。考えただけで、夫の家族や自分の家族のことが頭をよぎって苦しくなるのだと。ずっと女でいたいという、ユミの過去を私は知りたくなった。

「旦那の前に長く付き合ってた人がいてね。16歳から28歳くらいまで。どうしようもないダメ男だったけど、別れられなかった。仕事しない、ヒモみたいな人でね。その人の借金を返すために、援交始めたの。出会い系で募集して、1回2万円くらいだったかな。

いろんなひとがいて楽しかった。年上の既婚者が多かったよ。印象に残ってるのは…同い年くらいのアニオタの人。今までで一番気持ちよかった。すごく優しくて、丁寧でね。何人くらいとしたんだろう。50人までは数えてたけど、その後は数えてなくて。100人はいってないかな。ダメ男の借金を全部返してからも、しばらくは援交続けてた」

夫と会ったとき、この人なら大丈夫だとユミは思った。援交のこともダメ男のことも全て話したが、過去のことだからとあっさり受け入れてくれたのだ。

「優しい人なんだよ。でも気持ちよくないの。これまでさんざん、誰かの旦那さんとやってきたから、その罰が当たってるのかなって思うときもあるよ」

援交で出会ったどうでもいい男との行為が、一番気持ちよかったとユミは言う。一方で自分の全てを受け入れてくれる夫とは通じ合えない。それは自分のしてきたことの報いだとユミは考えている。

「子どもが欲しいからね、すごく焦りはある。まわりに妊婦さんとか、子どもがいる人が多いし。でも気持ちのこもってない行為によって生まれてくるなんて、子どもに申し訳ないから。たぶん今はそのときじゃないんだよ。旦那と、本当に気持ちいい行為ができるようになるまで、私たちのとこにくるのを待っててくれてるんだね」

話している間ずっと、ユミは笑顔を消さなかった。だがその表情には、天候がめまぐるしく変わる空のように、諦めの色と希望の色が何度も入れ替わり浮かんだ。

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仙田学 (せんだ・まなぶ)

女装小説家。2002年に小説「中国の拷問」で、「第19回早稲田文学新人賞」を受賞してデビュー。文芸誌を中心に小説やエッセイを執筆。著書に『盗まれた遺書』(河出書房新社)、『ツルツルちゃん』(オークラ出版)がある。全国で小説教室を開催中。「日刊SPA!」で女装エッセイ「女装小説家・仙田学の『女の子より僕のほうが可愛いもんっ!!』」を連載中。DANROでは、「女性の自由と孤独」をテーマに執筆。

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