映画『君の名は。』でも使われたモリサワの「フォント」 多くの時間と労力を費やして作られていた

株式会社モリサワの長武史さん

パソコン、スマートフォン、テレビ、街なかの看板や案内表示などで見るさまざまな文字。その形は「フォント」という書体デザインによって表現されています。私たちは日常的にさまざまなフォントに触れていますが、そもそもどのように制作され、世の中で活用されているのでしょうか。フォント制作大手・株式会社モリサワの長武史(ちょう・たけし)さんにお話を聞きました。

パソコンやスマートフォンで簡単に使えるフォント、実はすべて手書きだった

中世ヨーロッパでヨハネス・グーテンベルクが活版印刷技術を実用化してからこれまで、人類は様々な活字を残しながら文化を作り、歴史を紡ぎ、現代社会ではパソコンやスマートフォンで活用されるデジタルフォントへと進化してきました。

書体デザインの数だけフォントは存在し、その種類が世界中でどれだけあるのかについては諸説あり、はっきりしていません。1924年に邦文写真植字機を初めて実用化したモリサワだけでも、現在提供しているフォントの数は1000種類を超えるといいます。

―― 私たちが日常的に使っているフォントは、どのようなプロセスで制作されるのでしょうか?

長:まずはフォントのコンセプトやデザインの方向性を企画することから始めます。フォントは企画から製品化するまで、長いもので3年から5年という長期間を必要とします。そのため、直近のトレンドに流されすぎず、時代のニーズに即して文字の美しさや読みやすさを追求したデザインのコンセプトを、試作を繰り返しながらじっくり考えていきます。

そして、コンセプトが固まると具体的に文字のデザインをすることになるのですが、実はモリサワでは、フォントのデザインはすべて手書きで行われています。

手書きで制作されたフォントの原図

―― え、手書きなんですか!?

長:そうなんです。最初はチーフデザイナーひとりが企画したコンセプトに基づいて500字の原図を手書きでデザインします。そして、その500字を基本デザインとして、デザインチームが、多い書体では1万字以上を手書きでデザインしています。でき上がった原図はひとつずつスキャンしてデジタル化して、微調整しながら完成させていくのです。デザインしたあとのチェック作業は年単位で行う場合もあります。線の太さや形のバランス、熟語など文字を並べて日本語にしたときのバランスなども細かくチェックしていきます。

ひとつひとつの文字を手書きでデザインしていく(写真提供・モリサワ)

―― 途方もなく手間と時間を掛ける作業ですが、1つのフォントでどれくらいの文字数をデザインするのでしょうか?

長:フォントによって制作する文字数(文字セット)は異なりますが、プロが本文用に使うフォントはAdobe-Japan1-3(約9000文字)という文字セット以上のものが多く、最も多い文字セットでは約2万3000文字が収録されています。例えば、Microsoft Officeに最適化したユニバーサルデザインフォント「BIZ UDフォント」の場合は、ひとつの書体あたり1万3000字を用意しています。製品化してからニーズに合わせて文字セットを拡張する場合もありますね。

デザインした文字をひとつひとつ細かくチェックし、修正を加えていく

ちなみに、過去にはモリサワの明朝体フォント「黎(れい)ミン グラデーションファミリー」が、世界で最も文字数の多い書体ファミリーとしてギネス世界記録に認定されています。このフォントは、 縦画、横画の太さを段階的に変化させた全34書体のファミリーから構成されていて、総文字数は78万3972字にのぼります(ギネス認定されたのは重複などを除いた74万8811字)。このフォントは企画から製品化まで15年もかかりました。

実は、こんなところにもフォントが使われていた!

このように、私たちがパソコンやスマートフォンで日常的に見ているフォント、例えばこのDANROの記事で使われているフォントひとつをとっても、多くの時間と労力を費やして生み出されていることがわかりました。では、フォントは世の中でどのように活用されているのか、利用シーンについて聞きました。

―― 世の中で使われるフォントには、時代によってトレンドなどがあるのでしょうか?

長:3年から5年という長い間隔でトレンドの変化はありますね。現在は、手書き感のあるフォントや昔の印刷活字、少しインクのにじみが感じられるような質感を再現したフォントなど、作り手の温かみが感じられるものが人気ですね。

また、世の中のトレンドリーダーが採用したフォントに人気が集まることもあります。例えば、AppleやMicrosoftといった世界的な企業が製品紹介で採用したフォントは人気になりますね。大ヒットしたアニメ映画『君の名は。』のタイトル文字には、実は「A1明朝」というモリサワの創業初期から愛され続けているオールドスタイルの明朝体フォントが採用されていて、映画のヒットを受けてフォントそのものの人気も高まりました。

『君の名は。』の題字にはモリサワのフォントが採用されている(撮影・河嶌太郎)

―― 映画のタイトルにも採用されているのですね! 映画のタイトルはオリジナルのフォントを作っているものだとばかり思っていました。

長:エンターテインメントでモリサワのフォントが採用される例も多いですね。例えば、人気アニメ『進撃の巨人』のタイトルもモリサワのフォントを加工して制作されていますし、Nintendo Switchのメニュー画面でもモリサワのフォントが使われています。また、スマートフォン向けアプリゲームやウェブサイトなどでも採用されています。

―― 本当にいろいろなところにフォントが活用されているのですね。

長:そうですね。手書き風に見えるけれども実はそれもフォントだった、という例はたくさんあります。ちなみに、駅の案内看板などにも採用されていて、JR東日本の案内看板はモリサワのフォントです。また珍しい書体では、「UD新ゴ コンデンス50」という横幅を全角の50%に狭くしたフォントがあって、それは食品などの商品パッケージの成分表示欄や商品パンフレットの注釈欄などに使われています。そのほか、縦の幅を狭くしたフォントは新聞などにも採用されています。

フォント選びを楽しんで“デキる男”を目指そう

―― Microsoftのワードやパワーポイントを使って、ビジネス文書やプレゼンテーションを作るビジネスパーソンは多いと思いますが、フォントを活用することでどのような効果があるでしょうか?

長:私たちは、「文字は目で感じる声である」と考えています。つまり、文書などに書かれた文字は、その意味だけでなく文字そのものからも相手に様々な印象を与え、文字の書体を変えるだけで受け手に与える印象が大きく変わるのです。

例えば、強調したいところにはどのようなフォントを選ぶといいのか。真摯な姿勢を示すにはどのようなフォントを選ぶのがいいのか。楽しい雰囲気を出すにはどのようなフォントがいいのかなど、少し考えてみるだけで文書作成が楽しくなるのではないでしょうか。もちろん、闇雲にたくさんの種類のフォントを使えばいいというものではありませんが、メリハリを大事にしながらちょっと工夫するだけで、文書の印象が大きく変わると思います。

ビジネスパーソンのなかには、文書作成の標準フォント(文書作成のときに最初に設定されているフォント)を使っている人があまりにも多いですよね。例えば、そのフォントをモリサワの「BIZ UDフォント」に変えるだけで印象がガラリと変身します。オフィスソフトの場合はフォントの切り替えが簡単にできるので、ちょっとフォントで遊んでみるつもりで様々なフォントを体験してほしいですね。

モリサワが提供している「BIZ UDフォント」のサンプル

長:私たちは、多くの方にフォントに興味を持っていただけるよう、もっともっとフォントを手軽に使えるものにしていきたいと考えています。例えば、ビジネスパーソンの皆さんが自分の文房具にこだわりを持つように、ビジネス文書などで使う自分だけのお気に入りフォントを選べるようになると、文書作成がもっと楽しくなると思います。

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井口裕右 (いぐち・ゆうすけ)

1978年埼玉県生まれ。ネット広告、ウェブサービスなどの事業会社を経て、オンラインメディアで約5年に渡りコンテンツ企画、記事制作などに携わる。2013年8月にフリーライターとして独立し、現在は様々なオンラインメディアに記事を寄稿している。得意分野はインターネット・モバイル領域全般。趣味は旅行と写真撮影。

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