攻撃的な老猫を、わたしがもらい受けた理由(未婚ひとりと一匹 4)
猫のくるみの「生きにくさ」に敬意をはらい、健康に向き合った結果、乳がんを見つけたコヤナギユウです。
手術室に向かうところから始まったこの連載ですが、今回から時間が少し、巻き戻ります。
くるみと出会ったときのことを書かせてください。
くるみは12月の公園で、小さなスポーツバッグに詰められて放置されているところを拾われました。犬の散歩をしていた人が夜も、朝も置いてあるバッグを不審に思って開けたところ、入っていたのがくるみです。
「落とし物」として警察に届けたあと、保護猫ボランティアをしていた友人が預かり、ことの顛末をSNSでつぶやいたところ、猫の鋭い眼光にわたしが一目惚れした、という下りは連載2回目で書かせてもらったとおりです。
捨て猫を拾うというエピソードはよくあることです。
ただ、それがすっかり大きくなった老猫で、しかもまったく人間になついておらず、隙あらば噛もうとするほど「人間嫌い」なら、どうでしょう。
失いがたいくらい、その顔に惹かれてしまったものの、好いてもらえないかもしれないし、すぐに介護生活になるかもしれない。それでも一緒にいたいのか、気持ちだけでは判断できなかったわたしがやったことは、猫の終末介護についての本を買い集めることでした。
お見合いの時は怖かった
友人が捨て猫のことを、画像付きでSNSへ投稿する度に、すかさず一番最初に「いいね!」を押しました。Amazonのウィッシュリストで猫の必需品を公開していたときも、買い占めない程度に贈りました。とにかく気になって仕方がない。
そんなやりとりを見ていた友人に「飼えば良いのに」のズバリ問われ、無理とはいえなくて、そりゃ飼いたくて、ひとまず顔を見に行くことにしたのです。保護猫をもらい受ける前に会うことを「お見合い」といいます。
関節炎を患った老猫(メス)と聞いていたものの、同時に「かなり気の強いお嬢さん」とも聞いていました。ゲージで保護している間、トレイの掃除の時もエサを差し入れるときも、「軍手2枚重ね+フリースの靴下を手にかぶせてお世話をしています。普通に噛まれてます」とのこと。猫はよぼよぼなのか、元気なのか。
お見合いの頃、猫はゲージを卒業し、部屋を自由に歩けるほどには落ち着いていました。ほわほわの毛に包まれた顔は、耳がクシュッとしていることもあり、おむすびのようで、キリッとした目もとの瞳孔は黒々としています。
横顔はリュウグウノツカイを思わせる断崖絶壁。先住猫が使っている猫テントに収まっている姿は貫禄があり、とても捨て猫には見えません。というか、一般的にイメージする「猫」と見た目からしてだいぶ違います。
わたしという見慣れない来客を一瞥し、無視。わたしも、嫌われたくない思いから、同じように無視を決め込みます。友人と世間話をしていると、話し声が煩わしかったのか、お気に入りだという段ボールの簡易小屋へ移動しはじめました。
その足取りは衝撃で、わたしは覚悟を改める必要がありました。
毛が長めなせいもありますが、足が短く、ずんぐりとしたフォルムです。成猫なのに体重2キロという小柄なからだを、ゆっくりゆっくり上下にゆらしながら、びっこを引いて歩いています。
よく見ると、関節はこぶのように膨らんでおり、前後すべての足先は動いておらず、猫特有のしなやかさがありません。特に右前足と左後ろ足が痛そうです。
猫は段ボールにたどり着くと、身体を横たえる場所を一目確認し、ブリキのおもちゃのようなぎこちなさで、ギギギッといった具合に身体を倒しました。猫らしい香箱座りは出来そうもなく、後ろ足を横に揃えて投げ出して、前足はスフィンクスのように投げ出しています。
「少しは慣れてきたんだよ」といって、友人が猫の鼻先に指をかざします。猫は一瞬ビクッとしたものの、くんくんと指の臭いを嗅いで、ぐいっと前に顔を突き出し、首を伸ばしました。「こうなったら、首を撫でてもいいという合図」といって、猫の首を搔きます。
気持ちよさそうな表情を見せた瞬間、シャーっとうなって突然のかみつき攻撃を繰り出すも、友人は慣れた様子で手を引っ込めます。「もうダメだったの〜、ね〜」と猫なで声で話しかけます。その手練れ感、間違いなく猫達人です。
猫達人から「ちゅーる」という猫用のおやつを渡されました。液体おやつが細長い袋から少しずつ押し出せるので、警戒する猫とも距離を詰めることができる鉄板アイテムです。わたしはうつぶせになって、猫の鼻先へ差し出すと、ちゅーるの臭いに反応はしつつも、目はわたしをにらみつけます。
しかし食欲には勝てないようで、にらみつけながらもぺろぺろと食べ始めました。目はいかにも「近づいたら許さん」と訴えてきます。その眼光はやっぱり魅力的に見えました。
観察してみると、キリッとした目元の秘密は額の短い毛が密集し、骨格の関係で目の上でひさしのようになっているからのようです。だから、瞳の中に入る光が少ないため、瞳孔も黒々と開いています。
そんな仕組みを分析している間に、ちゅーるは次第に短くなり、猫の気が変わりました。それは一瞬です。関節が痛い猫は猫パンチを繰り出すより噛む方が楽なようで、わたしは間一髪で避けました。なおもシャーッと威嚇してきます。噂に違わぬ攻撃性よ……。
猫はあらかじめ聞いていたとおり、人間があまり好きではなさそうです。
でも、それでもいいと思いました。
猫の終末介護の本を何冊か読んで、最期の時をイメージします。猫はまったくなつかないかもしれません。それでもいいやと思いました。なぜそんな風に思ったのか、そのときは深く考えませんでした。
でも、あえて言葉にするならば、猫が生きるための暮らしを、わたしが保証してあげられるかやってみたい、と思ったのです。
晴れて猫が我が家にやって来たその日、わたしは猫が怖くて触れませんでした。