老猫の病気「治してあげる」は人間のエゴ?(未婚ひとりと一匹 10)
結婚願望は希薄だったけど、まさか40過ぎても独身だとは思っていなかった一人暮らし女子(女「子」?)コヤナギユウです。こっちは、冬の公園で捨てられていた、アンタッチャブルな怒りっぽい老猫、くるみ。我が家に来て2カ月、名実共にうちの猫になって、その生活や性格には変化があったのでしょうか。
病気(乳がん)、貧困、老い。
できれば避けて通りたいし、どんなに前向きに考えたって歓迎できることではないけれど、渦中にいるならやり過ごすより仕方ない。
なんとかしたいけれど、なんともできないことを、なんとなく乗り越える、未婚のひとりと一匹のモーニングルーチンです。
朝日とともに登頂。猫をなでるより大事なことはなにもない
隅田川はけっしてきれいではないけれど、朝の光に反射する水面はその水の濁りを感じさせないほどきれいで、だからカーテンをつけていません。今日の水面はどうなっているのか、毎日楽しみに目が覚めます。
もしかしたら、猫も同じ気持ちみたいで、晩冬の猫はいつも窓際のクッションの上にいます。そこは猫の定位置で、寝ぼけている間に手を伸ばすと、“アンタッチャブル”な怒りっぽい猫も、そのときばかりは首回りを搔かせてくれます。だからわたしは目が覚めると一目散で猫にひざまずき、つかの間のスキンシップにいそしむのです。(参照:人間嫌いの飼い猫と、少しずつ距離を詰めていく)
関節が悪いので、いつもは10センチの段差にも四苦八苦してるのですが、時折ガッツを見せてベッドに飛び乗ります。当然ひとりではベッドから飛び降りられないので、怒られながらも抱えて降ろすのですが、わたしがいない間にも降りられるよう、ペット用の階段を設置していました。
春の気配を感じ始めたある日、変化は起こりました。
わたしがまだ寝ているというのに登ってきたのです。
目は覚めたものの、布団の中で暖をとってスマホをいじっていたのですが、すぐさま放りました。猫に手を伸ばすと、ギリギリ届かないところに猫が座ったので、わたしは身体をくの字に曲げて、猫に触ります。手が届いたら届いたで、すぅいと首を差し出す猫。どうやら触ってもいいようです。
不自然な姿勢で猫を搔きます。猫が少しでも人間に触られてもいいと感じているのなら、なるべく応えたい、と思いました。
人間の朝はけっして余裕があるものではありません。寝ぼけた頭で取り組む支度はどうしてもバタバタするし、日中は出稼ぎに出ており、出勤前に自分の仕事を終わらせなければいけません。時間はどんなに合ってもいつも足りません。
だけど、猫のことは、猫の気が済むまでそのペースに合わせてみようと思いました。人間がなんで生きてるのかというと、幸せになるためだと思うし、いまわたしの幸せは、この小さくて偏屈な生き物のご機嫌を担保すること。だから、猫をなでるより大事なことはなにもないのです。
しかし猫の切り替えは早いです。時間を気にするほどなでさせてくれるはずはなく、関節炎を感じさせない足取りでベッドを下山していきます。その背中にわたしは「もういくのかよぉ〜」とすがります。
体重はたったの2キログラム。ご飯を食べてもらう秘策とは
ベッドから抜け出ると、猫の食器を回収します。大きな歯石がついていて口の中が痛いらしく、カリカリはほとんど食べません。パウチを半分ほど耐熱タッパーに入れて10秒チンします。これは、くるみを保護していた猫達人に教わった、猫の食欲が増す方法。
油の臭いには敏感でも食が細いくるみ。立派な大人なのに体重が2キログラムしかないのです。もう少し体力を付けるためにも体重を増やして欲しいし、朝食には獣医さんでもらった、関節炎を緩和させるサプリ「ムーブマックスⅡ」の粉末を混ぜ込んでいるので、食べきって欲しいのです。
人肌に温まり、香り立った朝ごはんに、猫も思わず駆け寄ります。その姿を見てふと思ったのです。
なにか一芸仕込めるのでは。
ご飯に意識が集中している猫は、寝起き同様に精神的防御力が低そうです。そんなとき、基本的に無口なくるみが鳴きました。小さな声で「なごぉん」と。
いける、これはいけるかもしれない。
わたしは猫の鳴き声風の口調で「ごぉはぁん」と言ってみました。聞いたことがあるのです。むかし、職場の先輩が飼っていた犬が、食事の時間に「ごぉはぁん」と喋ると。さっきのくるみの声を聞くと、近しい気がしたのです。
突然、いつもとは違う声色で鳴いた人間に、くるみは「えっ」という目をして顔を見ました。わたしは動揺をせず、もう一度「ごぉはぁん」と言ってみせました。するとくるみも「のぁごん」と応答したのです。
……分かってます! ただの偶然だって、はやくご飯あげなよって、分かってます! でもいつかは習慣化するかもしれないじゃないですか。「そうだよ〜、ごぉはぁん、だよ〜、たべなー」といって餌皿を置きました。
動物を治療するのも人間のエゴだ
食後の猫の行動は決まっています。ベッド下収納をすっかり「自分の部屋」と決め込み、そこに入ってゲップをし、少し眠ります。
そのあと、またリビングに戻ってきて日だまりを探して眠るのです。……と、ここまで見られるのは出稼ぎ仕事が休みの日だけですが。日中は日だまりか、自分の部屋か、テントの中か、どこかで眠って過ごしているので、次のくるみふれあいタイムは夕飯です。
何でもない一日です。まだまだくるみの機嫌を読み誤ってシャーッと怒られることがありますが、それも少しずつ慣れてきました。
「遺失物」からうちの猫になったくるみ。そうなったらやってあげないとなと思っていたことがあります。それは、口の中の大きな歯石除去。人間なら、歯医者さんであーんと口を開けてやり過ごせば、特別痛いってことはありませんが、猫に事情を理解してもらうことはムリです。そうなると、猫の歯石除去は全身麻酔になります。
獣医さんの見立てでは、歯石の大きさから歯槽膿漏を引き起こしていて、数本抜く歯も出てくるだろうとのこと。歯が悪いと食事が困難なほか、常に口の中に大きなばい菌を抱えているため、老猫にはリスクになります。
歯石の除去に入院の必要はありませんが、初めての全身麻酔のため、血液検査やレントゲン検査があります。
採血、レントゲン、全身麻酔、歯石除去、抜歯。
そのお値段……7万円。
……7万円!
正直悩みました。
子どものころから動物に囲まれていた友人の家では、動物は人的な治療をしない、という方針だったそうです。動物は動物だから、とても辛いけど、命のなるがままに見守る方針だったといいます。
猫達人に相談したところ「医療はできる範囲でいい、人間が身を崩したら意味がない」とのお言葉ももらいました。確かに、どっこも痛くもかゆくもないので忘れてしまいますが、わたしは乳がん。2カ月後には手術を予定しています。しかもおそらく左乳房全摘出。医療費がどうなるか分からないし、予後もどんな感じか想像がつかないため、仕事もどの程度やっていけるのか見当がつきません。
家計のバランスシートで考えたら「いまじゃない」のだと思います。
でも、くるみにいつまで未来があるのか、その未来のどの程度の割合、苦痛を味わうのか、考えてしまいます。
くるみの年は、おそらく7才くらいとのこと(拾い猫なので正確な年齢は分からず)。
猫の寿命は延びていて、20才を超える猫も少なくありません。でも、折れ耳のくるみはスコティッシュホールド種。劣性遺伝でつくられた種類であるスコは体が弱く、平均寿命は10年程度と聞きました。ならば、あと3年……。
結局はわたしが後悔しないかどうかなのだと思い至りました。
安くない。けれど、身を崩すほどではない、はず、きっと、たぶん、分からないけれど。これからのことは分からないけれど、くるみの歯槽膿漏を放置したら絶対に後悔することだけは分かる。
動物を飼うのは人間のエゴ。
その動物の治療をするのも人間のエゴ。
わたしが後悔しないために、次の獣医(爪切りのために毎月通っている)で歯石除去を申し込もう。
わたしのエゴに、付き合ってもらいますよ、くるみ。