AIが資産運用!? 「チャートを読むのがきらいだから開発できた」
コンピューターが様々なデータを学習して未来に起きることを予測したり、学習したデータから役立つ情報を見つけ出したりする「人工知能(AI)」。スマートフォンに搭載されたり、声で操作するスマートスピーカーが話題になったりと、私たちの日常生活でも身近になってきました。
最近は、資産運用の世界でも活躍しています。KDDIと三菱UFJ銀行が共同出資して設立したインターネット銀行の「じぶん銀行」では、AIを活用して外国為替相場の変動を予測するサービスを提供しています。開発を担当した「じぶん銀行」の満尾芽依さんと鈴木絢子さんに、話を聞きました。
AIが外国為替相場の変動を予測
――まずは、AIを活用したサービスの「AI外貨予測」と「AI外貨自動積立」のそれぞれの概要について教えてください。
満尾:「AI外貨予測」は、過去の外国為替相場の変動をもとに、数時間後から数日後の為替変動をAIが分析・予測するというサービスです。AIが予測する通貨は、米ドル、ユーロ、豪ドル、ランド(南アフリカ)、NZドルの5通貨。各通貨の1時間以内、1営業日以内、5営業日以内の変動を予測して、天気予報のように「上がる」「下がる」「どちらともいえない」をアイコンで表示します。
鈴木:「AI外貨自動積立」は、AIがより安値で外貨を購入することができると判断した日に、予め指定された金額で外貨を購入できるサービスです。定期的に一定の金額を毎月積み立てることは、「ドル・コスト平均法」と言って、賢い投資方法なのですが、さらに有利なレートで積み立てられればいいですよね。「AI外貨自動積立」は、この“外貨の買いどき”を判断してくれます。対応通貨は、「AI外貨予測」と同じ5通貨で、積立金額は100円から設定できます。
――具体的にはどのように予測しているのでしょうか?
満尾:「AI外貨予測」では、機械学習と画像認識というAIのテクノロジーを使って、過去の為替相場チャートを読み込み、データを解析します。例えば、過去のチャートの動きと類似している相場の動きがあった場合に、どれくらいの変動が考えられるかを予想するといった形です。
鈴木:「AI外貨自動積立」はディープラーニング(深層学習)というAIのテクノロジーを使っています。「AI外貨予測」が行った予測のほか、株式相場や先物相場など為替相場以外の情報も学習して、より詳しく多面的に相場の動きを見ます。様々な要因があるなかで、月内でより安い買い時を探し出すという作業になるため、研究開発の難しさがありますね。
――なぜこのようなサービスを開発しようと思ったのでしょうか?
満尾:私は2016年6月の入社直後からこのサービスに携わっています。両サービスは「AlpacaJapan」という人工知能を開発するベンチャー企業の技術を応用しているのですが、入社直後に役員から「この技術を活用して新しいサービスを開発してほしい」という要望を受けまして、サービスを考え始めました。
それまでは、IT系企業や投資信託などの金融情報サービスを提供する会社で資産運用の世界に携わってきたのですが、毎月同じ日に外貨積立をして、その結果高値で外貨を買い続けるのはちょっと嫌だなと思っていました。そこで、AIがなるべく安く買えるタイミングを教えてくれればいいじゃないかと思ってサービスを構想しました。
――資産運用は顧客の資産を預かるという性質上、銀行にとってリスクは極限まで軽減しなければなりません。サービスを開発するにあたって「AIを信用していいの?」という疑問や反発が社内で上がらなかったのでしょうか?
満尾:それが、社内ではとても前向きだったんです。役員が先頭に立って旗を振ったというのも大きかったかもしれませんね。前向きな意見をくれたり、面白いねと言ってくれたり、社内の反応はポジティブでした。プロトタイプを作ってCEATEC(テクノロジー見本市)に出展した際や、社内で様々な運用テストを行った際に、ディーラーが人力で行う資産運用と遜色ない結果を得ることができたからだと思います。
使いやすいサービスを意識
――開発で工夫したところはどこでしょうか?
満尾:もともとこのサービスは「タイミングの見極め」という投資のわかりにくい部分をAIにサポートしてもらおうという発想からスタートしているので、チャートや数字がびっしりの画面を使いたくないという思いがありました。なので、親しみやすいアイコンでわかりやすく伝える方法を工夫しました。数字を見せるのではなく、AIがコメントしているように見せるなど、サービスのデザインにはこだわりました。
――AIを擬人化して、親しみやすいファイナンシャルプランナーに見立てようと。
満尾:そうですね。できるだけ投資初心者の方にわかりやすいサービスを目指しました。「じぶん銀行」は対面で接客するリアル店舗を持っていないので、「アプリの中でAIを行員に見立てて、お客様にサービスを提供できればいいよね」という話は以前からありました。そうした考えから生まれたサービスとも言えます。
――「AI外貨予測」は予測を見せることが目的ですが、「AI外貨自動積立」は実際の積立まで行います。そこで苦労した部分は大きかったのではないでしょうか?
鈴木:おっしゃる通りで、そもそも外貨を人工知能が自動的に購入するというサービスが世界でも初めての試みだったので、リーガルチェックや金融当局への説明にも注力しました。加えて、どういうロジックで安値での購入を狙うかというAIのチューニングは、Alpaca社と何度も試行錯誤を重ねた部分ですね。
――よく金融当局はOKを出しましたよね。
鈴木:そうですね。ひとつひとつの質問に真摯に回答していった結果、理解してもらえたと考えています。お客様の指定日に外貨を購入するという従来の外貨積立に対して、「AIが指定日を決定するオプション」として位置づけたことで、お客様の資産運用に役立つ外貨積立商品としてご理解をいただくことができました。
政治的要因にも対応できるのか?
――為替相場は環境要因(経済情勢や政治の動きなど)による変動が非常に大きいと思います。突然通貨の価値が大きく変動することも考えられる。こうした不測の事態には対応できるのでしょうか?
満尾:「AI外貨予測」では、あくまでチャートの動きだけを学習して予測しているため、環境要因は加味していないのが現状です。ただ、「AI外貨予測アラート」という機能があり、急騰・急落の動きがあった場合にはスマートフォンのプッシュ通知でお知らせしますので、そういった部分でサポートできるのではないかと思います。
鈴木:「AI外貨自動積立」についても、現状では環境要因までは加味していません。ウェブ上のニュースなどから感情分析して予測に盛り込むという研究にトライしたことがありますが、トランプ大統領のツイッターまでは追いきれませんでした。ただ、リスクヘッジとして「上限レート」という設定ができるようにしています。これは、外貨の購入をすると決めた日の為替相場が、設定した上限レートを超えていた場合には購入しないという機能で、お客様に不利な円安レートでの購入を防ぐことができます。
資産運用がより手軽な時代に
――株式投資などのイメージが強いからなのかもしれませんが、資産運用って数百万円単位の余剰資産がないと始められないイメージがあります。
満尾・鈴木:いやいやいやいや、むしろ1万円でも多いくらいです(笑)
満尾:外貨積立は100円単位でできるので、数百円から始める方もいらっしゃいます。例えば、仮想通貨に投資してみた人も最初は数百円とか数千円から始めた人が多いと思います。じぶん銀行の外貨積立も100円から始めることができます。投資に対しては、「難しそう」「敷居が高そう」「大変そう」といったイメージが根強いですが、興味がある人の背中を企業がもっと押してあげる機会を作っていくことが大切ですね。
――誰もがスマートフォンを持つようになり、今後AIのようなテクノロジーも増えていけば、資産運用がもっと身近なものになるのではないかと思います。
満尾:AIをはじめとするテクノロジーは、間違いなく資産運用の在り方を変えていくはずです。しかし、そこで課題なのは、もともと銀行員は金融のプロなので初心者の心理が理解できていないということです。だから、チャートやデータを読むことが嫌いな私たちが、初心者の視点でサービスをより簡単にしていきたいと考えています。
世の中に目を向けると、フィンテック領域のベンチャー企業は、数回タップするだけで資産運用できる手軽なサービスや、資産を預けるだけでテクノロジーが運用してくれるようなサービスも登場しています。スマートスピーカーが普及すれば、手を動かさなくても音声だけで操作できるサービスも出てくるでしょう。操作が簡単になることで時間に余裕ができて、忙しい中でも資産運用ができるようになるのではないでしょうか。
一方で、それでもまだ資産運用に踏み込めない人がいるのも事実です。口座開設などの手間もありますからね。興味は持っているけれども踏み込めないという人はたくさんいると思います。そういう方が簡単に始められるようにしていくのが、これからのチャレンジですね。
鈴木:じぶん銀行のサービスに限らず、いまスマートフォン向けの金融サービスはどんどん便利で簡単になっています。まずはやってみて、「これってなんだろう?」という疑問を解決しながら勉強していってもらえるといいのではないでしょうか。若い人のなかでも資産運用が盛り上がっていけばいいですね。