日本酒の常識を覆す「Rice Wine」 14年「熟成酒」の水源を訪ねて

「氷温熟成14年、ヴィンテージ日本酒」。そんなコピーがつけられた「礼比(らいひ)」の2024年版が発売された。1本15万円(税別)と、驚くほど高価な日本酒。なぜ、こんな強気な価格がつけられているのだろうか。
発売直前の5月中旬、群馬県川場村にある永井酒造を訪ねた。礼比が生み出される場所だ。そこで目にしたのは、革新的な日本酒造りへの深い情熱と、自然と共生する酒蔵の姿だった。
創業138年の酒蔵の「水源」に足を運ぶ
東京から車で3時間。面積の83%が森林という川場村に着いて、まず案内されたのは、永井酒造が所有する山林だ。そこに日本酒造りに欠かせない仕込み水の水源がある。林道の脇を少し下ると、苔むした岩に囲まれた小川が現れた。

川の途中に平瀬があって、流れが緩やかになっている。138年前、永井酒造の創業者がここに水源を求めた理由がわかった気がした。
あたりを見渡すと、杉の木が整然と生えている。朝から小雨が降っていたせいか、木立の合間に霧がかかり、空気がひんやりとしていた。
「雨で少し濁っていますが、水に触れてみてください」
永井酒造6代目の永井則吉社長にうながされて、小川に右手を浸してみた。さらさらと手に触れる水は透明度が高く、私には全く濁って見えなかった。
森林に囲まれた小川の傍らで、ワイングラスに注がれた仕込み水を味わう。

ミネラルを感じるその味わいに、良質な日本酒の基礎となる水の力を実感した。森林の空気を胸いっぱいに吸い込みながら、14年前にここから流れ出た水が日本酒となり、異例の熟成期間を経て、あの「礼比」になったのだなと感慨にふけった。
14年の熟成期間を経て生まれた「Rice Wine」
山を下りて、永井酒造の旧酒蔵を改装したレトロな建物に入る。礼比が私を待っていた。永井酒造が熟成した日本酒だが、販売しているのは日本酒ブランド「SAKE HUNDRED」である。

目の前のテーブルに置かれた丸みを帯びたワイングラス。そこに注がれた液体は、これまで飲んできた日本酒の常識を覆すような香りを放っている。熟成酒は通常、経年によって琥珀色に変化していくものだが、礼比は違う。白ワインのような薄いレモン色だ。
熟成期間は14年。そのうちの3年は、フレンチオークの樽で眠っていた。そんな時間の長さを想起させる、奥深い味わいが口いっぱいに広がった。日本酒の概念を超えた酒ーー礼比を口にするのは2度目だが、そんな衝撃を再び感じた。
水と米、そして醸造という日本酒の原点を守りながらも、革新的な挑戦を続ける永井社長の探究心を、この一杯に見た気がした。その革新性や熟成という手法からすると、日本酒というよりも「Rice Wine」と呼ぶべきなのかもしれない。
「自信」と「時間」に裏付けられた15万円の価値
礼比には、500ml(1本)で15万円という日本酒としては破格の値段がつけられている。値付けしたのは、SAKE HUNDREDの生駒龍史社長だ。
礼比を味わいながら、永井社長と生駒社長の対談を聴く。価格の根拠について、生駒社長は「自信度」という言葉を口にした。

「自分に納得感があるかどうか。5万でも10万でも安い。15万の価値は十分にあるだろう、と。市場で売れるかどうかというバランスも考えて、この値段にしました」
永井社長はその金額を聞いて、「適正に評価してもらってありがとうと思った」という。
「この酒には、それだけの価値がある。経営が大変なときも、熟成酒の研究をずっと続けてきましたから」
研究と熟成の期間を足せば、礼比が生まれるまで30年近い歳月がかかっている。その「時間」の重みがその価格に込められているのだろう。

永井社長は高級ワインに衝撃を受けた体験から、新しい日本酒の可能性を信じて、試行錯誤を続けてきた。従来の安売り競争から脱却し、少量生産で最高品質の日本酒を目指す。その情熱を間近で感じることができた。
永井社長の話を聞きながら、礼比を味わっていると、500mlで15万円という価格の真意が見えてくるような気がしたのだった。
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