女ひとり、33歳ソムリエールが大阪・北新地でワインバーを開くまで

北新地でバーを開いた明日香さん

JR大阪駅から徒歩5分の場所にある高級歓楽街「北新地」。かつてはタクシーが列をなして乗り入れ、財界人や著名人の社交場として栄えました。しかし「座るだけで5万円」と言われる高級クラブが繁栄した時代も、今は昔。最近はひとりでも気軽に飲めるバーなどが増えています。

変わりゆく北新地に、30歳で店を構えたソムリエールがいます。「ワインサロン ヴェレゾン」のオーナーであり、シェフでもある名本明日香さん(33歳)です。「初めはひとりでやるつもりじゃなかった」と言う彼女が店を開いた経緯を聞きました。

調理師からソムリエの道へ

ヴェレゾンの店内

明日香さんは道後温泉がある愛媛県松山市の出身。高校卒業後、料理上手な母親の影響で大阪の調理専門学校へ進みました。

「休日はクラスメイトと食べ歩きをして勉強しました。今みたいにSNSがなかったから、食通の人が書いたブログを読んで、高級店にもランチで行きました」

そのまま大阪のフレンチレストランに就職しましたが、少人数で多忙を極め、体を壊して数か月で退職。派遣社員として、外資系ホテルの厨房スタッフになります。そこでは1日の勤務時間がきっちり定められ、残業代も出ました。従業員同士の仲が良く、5年ほど働きますが、ホテル側が派遣会社との契約を終了することになり、やむなく退職しました。

25歳だった明日香さんは「飲食以外の趣味が欲しい」と、スノーボードにハマります。そこから半年を長野県の白馬村で過ごし、残り半年は大阪のワインダイニングで働く生活を始めました。

「白馬では、スノボをしながら現地のダイニングバーの店長も任されていました。スノボはかなり上達しましたよ」

白馬時代の明日香さん

ソムリエ取得を目指したのもその頃です。

「大阪の店で毎月、ワインと料理の組み合わせを考える勉強会があり、もっと詳しくなりたいと思いました。ソムリエスクールに通い、土日は図書館で勉強しました。世界中のワインが出題対象なので、とにかく暗記が大変でしたね」

2014年、明日香さんは試験に一発合格します。28歳で、ぶどうの形をしたソムリエ認定バッジを手に入れました。

今は亡きオーナーとの出会い

勉強のため、色々なワインバーに行くようになった明日香さん。ある日「北新地に女性オーナーのワインバーがある」と聞き、行ってみると、客席にいた着物姿の女性に声をかけられました。

「その人がバーのオーナーでした。20代の女の子が来てるのが珍しかったのか、挨拶に来てくださって。当時、彼女は40代前半で、ほかにラウンジも経営していらっしゃいました」

オーナーと知り合って1年ほど経った頃、明日香さんは「今度ワインバーをもう1つ作るから、店長をやらないか」と相談されます。

「ぜひやりたいです」と返事をし、話を進めようとしていた矢先、電話でこう言われました。「今、ちょっと検査入院してるの。大したことはないんだけどね」。しかし、オーナーにステージ4の胃がんが見つかり、数か月後に亡くなってしまったのです。

「衝撃でした。雇われ店長だからと気楽に受けた話ではあったけど、こうなったら自分でやるしかないと思いました。オーナーの知り合いの方たちも応援してくれましたし」

明日香さんは共同オーナーになってくれる友人を見つけ、2人で不動産屋をまわり物件も決めました。しかし友人が突然、東京に行ってしまいます。

「ひとりになってしまって、正直すごく不安でした。でも、ここまで来たらもう戻れないし、まわりにもやりますって言っちゃってるし(笑)。めっちゃ頑張ったらなんとかなると、ひとりでやる覚悟を決めました」

紆余曲折を経て「ヴェレゾン」は2016年にオープン。

「最初の1か月はバタバタしていたので、知り合いに手伝ってもらって乗り切りました。お客さんが少ない時期も、亡くなったオーナーの関係者が飲みに来てくれて助けられました」

店のコンセプトは「食事もちゃんとできるワインバー」。フレンチをベースに、パテやキッシュ、煮込み料理など、準備に時間はかかるものの素早く提供できるメニューを考えました。同業者から「ひとりでここまでの料理を出すバーは他にない」と言われる自慢のラインナップです。

パテ・ド・カンパーニュ(1200円)

例えば「パテ・ド・カンパーニュ」は、3日かけて仕込んだ後、1週間ほど寝かせてから提供しています。「時間をかけることで肉の旨味が濃厚になります。いったん作っておけば、後は注文が入った時に切って出すだけなので、お客様を待たせずにすみます」

ゲストがいない間に仕込み作業をする明日香さん

「ひとりだと気楽ですね。こうやってお客さんがいないときに準備したり、新しいメニューを考えたりできますし。始める前は不安でしたが、意外と楽だなって思います」

一番の人気メニューは、大量の牛すじと赤ワインを贅沢に使った「牛すじカレー」。約20食分のカレーに2リットルの赤ワインを投入し、3日かけて煮込んでいます。マイルドで濃厚な、赤ワインと一緒に楽しめる1品です。

牛すじカレー1/2サイズ (1000円)

「オープン当初は、こんなに料理の注文があるとは思っていませんでした。今は食事を目当てに来てくれる方が多く、狭い厨房をフル活用して作っています」

店の常連は近隣のビジネスマンや医師、弁護士などさまざまです。最近は店のインスタを見て訪れる20代の女性も増えました。

「北新地って、小さい村なんですよ。週2~3回、この界隈だけで食事したり飲んだりする人が多い。そういう人は、気に入った店に毎回来てくれます」

明日香さん自身も、店を始めてから知り合った近隣の店へよく顔を出しています。

「近くのお店はもちろん、場所に関わらずお世話になった店には顔を出すようにしています。ひとりでやっていても、色々なつながりに助けられてここまで来ましたから」

ソムリエは資格を取ってからが難しい

グラスワインは1200円~。

もちろんワインにもこだわっています。月に何度も試飲会やセミナーに通い、実際に飲んでおいしかったものを厳選して揃えています。

「あまりお酒が強くない人には、ワインカクテルをお出しします。ちなみにオレンジジュースは、故郷の愛媛が誇るポンジュースを使っているんですよ」

年末年始にはオーストラリアのワイナリーに行き、生産者との交流もしています。白馬に通っていた頃、スノボ仲間としてオーストラリア人と知り合ったのがきっかけです。

「ひとりでお店に閉じこもっていても、勉強にならないですから。外に出て、経験豊かなソムリエに色々教わったり、深夜に飲食店向けのワイン勉強会に行ったり。ソムリエの資格は、取ってからが難しいと思っています。日々勉強しないと、どんどん新しいものが出てくるので」

最後に、どんな人にお店に来てほしいかを聞きました。

「会社の人に連れて来られたお客さんから『今まであまり飲んだことがなかったけど、ワインってこんなに美味しいんですね』と言ってもらえることもあります。そんな風に楽しんでもらえたら、嬉しいですね」

この記事をシェアする

ヒトミ・クバーナ (ひとみ・くばーな)

メキシコ帰りの関西人ライター。夫はメキシコ人。大学で演劇を学んだ後、劇団活動をしながらバーテンダーなどのアルバイトを転々とする。27歳でキューバにスペイン語留学し、30歳でメキシコに移住。結婚を機に帰国後、フリーのライターとなる。趣味はひとり旅、ひとり飲み、ひとりお笑いライブなど。

このオーサーのオススメ記事

女ひとり、3度目の海外移住。婚約破棄からカナダに新恋人を見つけるまで

女ひとり、33歳ソムリエールが大阪・北新地でワインバーを開くまで

37歳で出会った「極道のオジサン」と未来なき恋愛 「ひとり」で生きてきた女性が、3年の月日を捧げた理由

「今日と明日で、好きな人が違う」同時に複数の相手を好きになる、35歳女性の恋愛観

ヒトミ・クバーナの別の記事を読む

「ひとり仕事」の記事

DANROクラブ

DANROのオーサーやファン、サポーターが集まる
オンラインのコミュニティです。

もっと見る