「中国語で取材したい!」四十の手習いが始まった(僕の中国語独学記 1)
1996年。テレビでは、猿岩石がユーラシア大陸横断ヒッチハイクをしていた。高校生だった僕はそれをぼーっと見つめながら、自分には関係ないことだとチャンネルを変えた。
1998年。大学に進学すると、父親が上海に単身赴任になり、毎年、家族で上海に行くことになった。しかし僕は、日本人駐在員が多く住む古北地区から出ることなく、日本料理屋でカツ丼を食べ、父親の家でインターネットをして過ごした。つまり、まったく海外に興味のない人間だったのである。
その言い訳は、「日本もまだ全然知らないのに、海外まで手を伸ばすなんてもってのほかだ」という理屈だった。この頃の僕を殴ってやりたい。このとき、中国に興味を持って、もし留学していたら、僕の人生は変わっていたかもしれない、なんて、今、ふと思うときがある。
過ぎたことは仕方がないが、後悔は残る。人間、何をやったかでなく、何をしなかったかで後悔するのだ。
突然マグマのように湧き上がった「語学」への情熱
僕は20代後半になって、遅れたバックパッカーになった。海外を体験することの重要性は身を持って理解できたけれど、まだ、片言の英語で済ませていた。最低、訪れる国の現地語を少し覚えていくべきだったが、語学への興味は失せていた。受験のときの苦しかった思い出がよみがえってくるからだ。
そんなこんなで、僕は社会人になり、ライターとなって、書く仕事につくようになった。そうなると、なおさら日本語が重要になり、外国語は後回しになった。そしてーー。
その年、僕は40歳の誕生日を迎えた。慌ただしい年だった。単行本の作業で、繰り返し台湾に出かけていた。僕は台湾のカルチャーや若者の政治意識に関する本を出版しようとしていたのだ(色々な事情があり、まだ本は出せていない)。
台湾でいろいろな人に会い、話を聞くことを繰り返していくうちに、僕のなかである思いがふつふつとマグマのようにこみ上げてきたのだった。
僕も中国語で取材したい!
この間、僕は日本語を話せる台湾人の友人に通訳を任せていた。だが、その横にいながら、話し相手の言葉の意味がわからないというのは、とてもストレスを感じるものだということがわかったのである。
ひとり挟むだけで、細かいニュアンスも変化しているかもしれない。直接取材できれば、どんなにいいだろう。そう思って帰国したときには、もう中国語の勉強をすることを心に決めていた。英語もろくに話せないのに。
順番がおかしいのは、いつもの僕のあるあるである。これと決めたら突っ走ってしまうことも同様だ。いずれにせよ、僕は初めて自発的に「語学を勉強したい!」と思ったのである。
40歳にしてスタートした「中国語ライフ」
初めて台湾に行ったのは、2011年の冬。東日本大震災の年であった。これは完全にプライベートの旅行だった(いずれ取材につながっていくのだが)。
僕が泊まったゲストハウスには、サンタの格好をしてフリーハグを駅前でやっている日本人の女子2名がいた。彼女らは、片言の中国語を話せるようだったが、さして僕は興味を持たなかった。
というか、それまで日本語以外の言語というものに真剣に興味を持ったことがなかった。言葉を理解することはその国の文化や人の思考を理解すること、と頭ではわかっていても、なかなか手をつけるまでにはいかなかったのである。
僕が話せる中国語といえば、「你好」「再見」「謝謝」くらいであった。ちなみにこれまで台湾には15回ほど、中国には、8回ほど行っている。しかしまったく話せない。
そんな僕が、なぜか唐突に、語学に目覚めたのである。40の手習い、40にして惑わず、とにもかくにも、僕の中国語ライフが始まろうとしていた。
まず相談したのが、中国人の友人Nちゃんだった。
ご存知のかたもいるだろうけど、中国では簡体字という少し略された漢字、台湾では繁体字という画数多めの漢字が使われている。また、同じ北京語でも、中国と台湾では、文法や発音などが多少違う。
僕が勉強したかったのは、台湾で使われている中国語だった。しかし、紀伊國屋書店新宿店に行っても、台湾中国語のテキストはほとんど売っておらず、大陸中国語のテキストばかりなのである。
だが、最初からそんな細かいことで悩んでいる場合ではない。まずは大陸中国語のテキストで基本を覚えて、台湾人の友達に軌道修正してもらえばいいじゃないかと割り切った。
Nちゃんにはどのテキストがいいのか、選ぶ際に付いてきてもらい、2冊選んでもらった。これで完璧ではないか。あとは、僕のモチベーション次第である。
Nちゃんに「謝謝!」と言うと、「4声が違う!」と一喝された。4声というのは、中国語の発音でカギとなる4種類の声調のことだ。この4声がのちのち、僕を吐くまで苦しめることになる。
なんでこんな激ムズな中国語を学ぶなんて言ってしまったんだよ。取材したい?甘えたこといってんじゃないよ、何年かかるんだよ。そんな声が耳元へ飛び込んでくる幻聴をしばしば聴きながら、この物語は始まる。