「ホルモン料理」を中心に世界を広げる「味の求道者」(沖縄・東京二拠点日記 17)
10数年前から、東京と沖縄の間を往復する「二拠点生活」を送っている。那覇市内のマンションをもう一つの自宅として、沖縄の人々と交流しながら、フリーランスのノンフィクションライターとして取材し、原稿を書く。そんな生活を日記風に書きつづる連載コラム。12月に沖縄に来たときは、最初体調が悪かったが、だんだん調子が出てきた。
体調が悪い中で飲む「酒と水」
【12月15日】今回は、沖縄に来る数日前から体調が悪い。胃腸風邪が流行っているらしく、その典型的な症状が続いていた。一日中、下痢気味なので、いつものように那覇で飲み食いができない。
だが、腹は減る。栄町のイタリアン「アルコリスタ」へ出かけて、アラビアータのスパゲティを何口か食べて、赤ワインを一杯、口にした。
そのあと、拙著『沖縄アンダーグラウンド』へのサインを頼まれていた市場内の居酒屋「おとん」へ顔を出して、焼酎を一杯だけ飲んだ。ポカリスエットと水を半々にして飲み続けるのがよい、と店にいた医療関係者の人が教えてくれたので、24時間営業のスーパーマーケットに寄って、それらと消化によさそうなゆし豆腐などの食料を買いこんだ。
【12月16日】体調がまだ良くならないし、仕事をする気も起きないので、手塚治虫の『ブッダ』を読み始めた。部屋の棚には手塚作品が400冊ぐらい収納してある。ゆし豆腐を食べつつ、夕方まで読み続ける。
夕方、ラジオ沖縄に出向いて「麻子邸へようこそ」の2回分を収録した。ラジオ沖縄は1960年に沖縄で3番目に開局したラジオ局で、建物も歴史を感じさせる。『沖縄アンダーグラウンド』について語った。
MCの富永麻子さんは泡盛ルポライターという肩書で、古酒(クースー)の女王ともいわれている人だ。この番組には何度も出してもらっているが、いつもお土産に泡盛の「残波 プレミアム ブルーボトル」をいただく。スポンサーからの御礼なので、ありがたくいただく。
富永さんとおしゃべりしていたら、空腹を覚えたので栄町へ。ちょっと体調が良くなっている。「下町ライオン」という、最近センベロを前面に打ち出している居酒屋で、カメラマンの深谷慎平君と建築家の普久原朝充(ときみつ)君と合流。ビール3杯とマトン餃子を食べる。あれ? 飲み食いしても、お腹が痛くならないぞ。
うれしくなって、栄町のおでん屋「ベベベ」に初めて顔を出してみた。ここは、モツ焼き居酒屋「アラコヤ」の店主で、栄町の若手飲食店軍団の兄貴分である松川英樹さんが新しく手がけた店だ。ベベベに行くと、松川さんがいた。
いわゆる沖縄のおでんではない、関西風の薄味の出汁で煮込んだおでん。大根や卵、厚揚げ、がんもどき等のほか、牛スジ、ハチノス、牛タン(べべべというメニュー名になっている)のおでんといった、アラコヤらしいメニュー構成で、何を食べても美味い。「おでんという、すごい”道”に入っちゃいました」と松川さんは笑っていた。
牛タンの上に、フレッシュな西洋ワサビを擦ってふりかけてある。この組み合わせには唸ってしまった。こんな味や食感は初めてだ。この店の奥では「松葉ベルベット」という煮込み専門の「別の店」をやるそうだ。つまり、入り口が同じで、2軒の店が1つの箱の中に入っているつくりになる。
松川さんが手がけた1店目のアラコヤ、2店目のトミヤランドリー、そして、3店目のベベベ。ホルモン料理の要素を入れながら、新たな味を追求していく、松川さんの料理人としての求道ぶりに圧倒される。
沖縄でブレイク中の護得久栄昇さん
【12月17日】昼にRBC琉球放送の番組「MUSIC SHOWER Plus+」に、芸能プロダクション・FECオフィス社長の山城智二さんと一緒に出演。イベントの告知と本の宣伝をさせてもらう。
番組後、ロビーで山城さんと話していたら、FECオフィス所属で、いま沖縄で大ブレイク中の「護得久栄昇」(ごえくえいしょう)さんが隣のスタジオから出てきた。ぼくは前から大ファンなので、おわーっとびっくりして声をあげたら、もちろん初対面なのに「わかるよねえ?」とお決まりの護得久ギャグで声をかけてくれた。大感激! ギャグ、いただきました! 護得久先生といろいろしゃべった。
ネタばらしになるので詳しく書けないが、護得久先生の相方とのコントで、護得久先生が風邪気味で病院で医者の診察を受けるというのがある。オチが実在する沖縄民謡界の大物の話で、おもしろすぎる。それを伝えたら、「いろいろ苦労してます」。
護得久栄昇のおもしろみは、沖縄の人か、かなりコアな沖縄ファンにしかわからないかもしれないが、これで大笑いできたら、かなり沖縄の笑いのセンスの高さを共有していることになると思う。
ガレッジセールのゴリさんが率いる沖縄吉本新喜劇もレベルが高い。今の沖縄のお笑いの中核を成す芸人は、1991年4月から1993年9月まで琉球放送で放送されていた、「笑築過激団」がコントを繰り広げる『お笑いポーポー』という伝説的なお笑い番組を観て育っている。沖縄はもともとお笑い大国なのである。
放送後、カメラマンの深谷慎平君と合流して辺野古へ。遠目であっても土砂投入の現場を見たかったからだが、この日は作業をしておらず、ゲート前で反対運動をしている人たちのテントにも人影は見当たらなかった。
金網越しに、埋め立てがおこなわれているキャンプシュワブのほうに深谷君がカメラの望遠レンズを向けると、民間の警備員と思われる2人がこちらを双眼鏡でじっと見ていた。しばらくすると交代時間なのか、その場を離れてしまった。
那覇へ帰る途中に宜野座村の仲間商店に寄り、名物のチーイリチャーを買う。豚肉と野菜を豚の血で炒めた沖縄のソウルフードの代表だ。
沖縄のあちこちでチーイリチャーを食べたが(詳しくは仲村清司さんと普久原朝充君との共著『肉の王国〜沖縄で愉しむ肉グルメ』を参照してほしい)、仲間商店のチーイリチャーがいちばん美味いと個人的には思っている。パックに入って売っているので、明日の朝飯にしようと購入した。税別386円。
じつはこの日、高速道路のサービスエリアの食堂でもチーイリチャーを食べていた。深谷君とぼくは、どんだけチーイリチャーが好きなんだ。
ついでに金武の金武観音寺に寄り、お参りをして、おみくじを引く。中吉。この境内には何度も来ているが、寺の地下には霊気漂う鍾乳洞があるのでよけいにそう感じるのか、妙に落ち着くのだ。
宜野座村から高速に乗ろうと海沿いの一般道を走っていたら、宜野座の「道の駅」に新しい建物ができていたので入ってみた。すると、2階が広いカフェになっている。「ギノザ・ファーム・ラボ」。部屋が海に向かって開け放たれていて、デッキがあり、そこでコーヒーも飲める。すばらしい眺望。なんだか穴場を見つけてしまったようで楽しい。
夜は、社会学者の打越正行さんに会った。栄町にオープンしたばかりのネパール料理店「タンドールバル カルダモン」で待ち合わせた。週刊『AERA』に社会学者の岸政彦さんのことを書くので、打越さんからコメントをいただく。そのまま「ルフュージュ」に流れ、オーナーの大城忍さんとあれやこれや話した。