台湾は存在しない? 語学交換アプリで出会った青年の話(僕の中国語独学記 10)

あれから幾星霜・・・。僕はまた中国語の勉強を始めていた。

今度はある語学交換アプリであった。それは音声SNSで顔は見えないが、声で話すことができる。ルームを立てて、相手がルームに入ってくるまで待ち、入ってきた相手と言語交換することができる仕組みだ。

「台湾」の部屋に入ってきた中国人

僕が開いた部屋のタイトルは、「台湾の人と話したい」だった。なのに、入ってきたのは21歳の中国人だった。

広州在住。穏やかな声で、ゆっくり話す男子。大学生だった。雰囲気はやわらかくどこか安心感を与える印象を持った。

最初はなごやかに話が進んだ。日本語のレベルも高かった。

「中国語うまくなれるかなあ」

と僕がつぶやくと、

「你一定可以的」(wo yi ding ke yi de/あなたはきっとできる)

と中国語で答えて、丁寧に教えてくれた。

僕が物音をたてていると「タバコ吸ってる?」と、日本語でたずねてきた。気が利くというか、細かいところに気が付く。

それに対する中国語の答えも説明してくれた。

「我在抽菸」(wo zai chou yan/私は今たばこを吸っています)

日本のアニメにも詳しく、僕が「新海誠が好きだ」というと、「『君の名は。』や『天気の子』は中国でも人気なんです」と教えてくれた。

静かに崩れた対話のバランス

そんな、親切な彼が、30分ほど経ったころ、こう切り出した。

「申し訳ないんですけど、タイトルの変更を少しお願いしたいんです」

僕は困惑した。というか意味がわからなかった。どこを?と聞くと

「台湾は存在しません。台湾は中国だから台湾は存在しないんです。だから台湾を消してください」

は?

ご存知の通り、台湾と中国には複雑な歴史がある。僕は最大限譲歩し、

「チャイニーズタイペイだったらいいの?それとも中国の台湾だったらいいの?台湾省?」

と聞いてみた。すると

「ダメです。台湾は存在しない」

はえ? 彼のなかでは台湾自体がないことになっているのだ。中国の一部ではなくて、もう中国なのだ。

これは、今まで中国人が主張していた台湾論のなかでも初めてのケースだ。しかしながら、彼がなんといおうと台湾は存在している。文化も国民性も違う。

僕は慎重に落とし所を探したが、見つからなかった。それ以外はいいやつだったので、喧嘩にしたくはなかった。

「そろそろ寝ます、また今度、練習しましょう」

そういってアプリを閉じた。

彼が信じる世界と、僕が見てきた世界

中国の若者にこういう思想を持つ者がいたことに、驚きを隠せなかった。今まで、ウェブで出会った中国人たちはかなりリベラルな人たちが多かったからだ。中国のネット規制をかいくぐる人たちは総じてリベラルな思想を持つものが多い。習近平体制の影響もあるのだろう。

習近平体制になってからメディア規制や情報の締めつけが強くなった。政府の大本営発表だけを鵜呑みにして育った世代が今の若者なのだろう。彼らのなかには海外をみたこともなければ、他の情報にも触れたことがない人もいる。くだんの彼が、台湾はなかったと言ってしまうのも無理はないだろう。

いつか彼が海外に出る日が来るのだろうか。そのとき、彼はどんなことを思うのだろうか。そんなことを思いながら、僕は彼に託すメッセージを思いついた。

「你能唱出属于你的歌」(ni neng changchu shuyu ni de ge/君は君だけの歌を歌える)

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