「らき☆すた」放送から10年以上たっても「聖地」鷲宮がファンに愛されるワケ

久喜市商工会のゆるキャラ「かがみん」。「らき☆すた」のキャラがゆるキャラ化した

アニメの聖地巡礼の原点「らき☆すた」

アニメやマンガ、ゲームなどの物語の舞台を旅する「聖地巡礼」。「版元」と呼ばれる、アニメ作品の権利を持つ出版社やアニメ制作会社と、地域の商店街や商工会が初めて公的に結びついた例は、2007年4月から9月にかけて放送された「らき☆すた」です。

「らき☆すた」は女子高生のまったりとした日常を描いた物語で、埼玉県久喜市をはじめ、埼玉県内の各地が舞台になっています。特に、主人公4人のうちの双子の姉妹、柊かがみと柊つかさの家の舞台となった鷲宮(わしのみや)神社には連日大勢のファンが訪れるようになりました。この様子はNHKや民放の夕方のニュースでも取り上げられるほどでした。

「らき☆すた」は深夜アニメとして放送されたのですが、異例の露出だったと言えるでしょう。こうした報道のほか、黎明(れいめい)期だった「ニコニコ動画」をはじめ、ネット上でも話題となったことから、一世を風靡(ふうび)した人気作品となりました。

大勢のファンが鷲宮神社に訪れているのを受けて、地元商店街からも「何かできないか」という意見が出るようになります。商店街で和菓子店を営む、島田吉則さん(52)はこう振り返ります。

「4月の放送直後からファンが訪れるようになったのを覚えています。中でも7月7日にはすごい数の人が集まっていて、『今日は何があるの?』と聞いたら、『柊姉妹の誕生日だ』と言うんです。慌てて商店街や商工会としても何かしなければいけないと思い、笹を急遽手配した思い出があります」

「島田菓子舗」を営む島田吉則さん。創業80年の老舗和菓子屋だ

「おもてなし」のため商工会が角川に打診

2007年9月にアニメの放送は終了しますが、その後も鷲宮神社に訪れるファンは減らず、鷲宮商工会(当時)は公式に何かできないかと、版元である角川書店に連絡を取るようになりました。

そして同年12月、地元の鷲宮町商工会と版元の角川書店が、共同でイベントを開催しました。出演声優による神社への公式参拝が行われたほか、ポストカードやストラップなど鷲宮限定のグッズが販売されました。全国から約3500人が訪れたということです。今でこそ地域とアニメの版元が協働してイベントを開くことは当たり前になりましたが、当時は画期的な取り組みでした。

イベント直後の2008年の正月、鷲宮神社の参拝者数は急増しました。アニメの放送が始まる前、2007年の正月三が日の参拝者数は13万人でしたが、2008年は30万人と2.3倍になりました。2008年9月には、地域の秋祭り「土師(はじ)祭」で、「らき☆すた」の神輿(みこし)が登場。作品に登場するキャラクターが描かれた神輿で、全国から集まったファンによって担がれ、10年経った今でも続いています。

土師祭で担がれる「らき☆すた神輿」

「聖地」にアニメグッズを置いていくファン

なぜ、こうも長期間「らき☆すた」効果は続いているのでしょうか。島田さんはこう話します。

「とにかくリピーターが多いのが特徴です。年に何度もお店に来てくれるファンの方が何人もいます。『らき☆すた』以外の好きな作品のグッズをお店に下さるので、新しく戸棚まで作ったほどです」

そう言って、店の奥にある戸棚を開けると、ガンダムやエヴァといった有名作品のグッズをはじめ、「ガールズ&パンツァー」(茨城県大洗町)、「あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。」(埼玉県秩父市)、「とある科学の超電磁砲」(東京都立川市)など他の地域が舞台になっているグッズも所狭しと置かれていました。

「島田菓子舗」に置かれていったアニメグッズの数々

なぜ、鷲宮を何度も訪れるファンは、こうしたアニメのグッズを置き土産にしていくのでしょうか。「聖地」におけるファンの行動に詳しい、奈良県立大学の岡本健准教授(35)はこう解説します。

「ファンにとって大切なものをこのように店先などの公共空間に置いていく行動は、鷲宮以外の『聖地』でも見られます。そしてそれは単にグッズを置いていくのではなく、再訪する際の道標のような役割を果たしています」

さらに岡本准教授は、地域住民がファンに「居場所」を提供していることが重要だと指摘します。

「こうした部室とも言えるような、第2の『居場所』を提供できているからこそ、ファンがいつまでも訪れ続ける構図があります。そして『居場所』と化しているからこそ、自分の好きな他の作品のグッズも登場するというわけです」

「らき☆すた」の街から「オタク」の街へ

このようにファンと地元の交流が重なっていくことで、鷲宮は「らき☆すた」にとどまらず、様々なオタク向けのイベントを実施していきます。

これまで商工会主催という形で、オタク向けの婚活イベント「オタ婚活」、さつま芋の苗を植える農業体験型イベント「俺の植えた芋がこんなに美味いわけがない。」、コスプレイヤー向けの運動会「萌☆輪ぴっく」などが開かれました。鷲宮は「らき☆すた」の街から「オタク」の街へと変わりつつあるのです。

「らき☆すた」のイベントで賑わった鷲宮神社(2007年12月2日撮影)

「10年前には高校生や大学生だったファンの方から、今では『結婚した』とか『子供ができた』といった報告も受けるようになりました。それでも皆さん来てくださいます。時が経つのは本当に早いものです」(前出の和菓子店経営・島田吉則さん)

「らき☆すた」の放送から10年以上が経った今もなお、ファンと地域住民の交流が続き、地域のイベントを盛り上げられる鷲宮。この持続性こそが、「聖地巡礼」の持つ強みと言えるのではないでしょうか。

鷲宮神社に掛けられているイラストの描かれた絵馬

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河嶌太郎 (かわしま・たろう)

1984年生まれ。千葉県市川市出身。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。アニメコンテンツなどを用いた地域振興事例の研究に携わる。近年は「週刊朝日」「AERA dot.」「Yahoo!ニュース個人」など雑誌・ウェブで執筆。ふるさと納税、アニメ、ゲーム、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。DANROでは、アニメ・マンガ・ゲームの「聖地巡礼」について執筆する。

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