なぜ「黒澤」ではなく「黒沢」なのか? ラブライブ「黒澤ルビィ問題」にみる新聞独自の表記ルール

静岡県沼津市にある「黒澤ルビィ」のマンホール
静岡県沼津市にある「黒澤ルビィ」のマンホール

静岡県沼津市を舞台にしたアニメ「ラブライブ!サンシャイン!!」。劇場版の公開に合わせて、静岡新聞は1月10日付けの紙面で、作品の主人公の一人、黒澤ルビィを演じる声優・降幡愛さんのインタビュー記事を掲載しました。

記事が公開されると、作品人気もあいまって、ツイッター上で話題となりましたが、すぐに誤字の指摘が相次ぎました。キャラクター名の表記が「黒澤」ではなく「黒沢」になっていたためです。

なぜ、本来の名前と異なる漢字表記をしたのでしょうか。単なる誤字だったのでしょうか。静岡新聞・文化生活部のツイッターは次のように説明しています。

ラブライバーの方から「黒沢ルビィは『澤』ではないのか」という内容のご指摘をいただきました。その通りなのですが、新聞表記では「澤」は「沢」に統一しています。ご了承ください。

静岡新聞のツイート

どういう場合だと漢字が替わり、替わらないのか

なぜ、「澤」が「沢」になってしまったのでしょうか。静岡新聞も加盟している共同通信社が発行する新聞用字用語集「記者ハンドブック 第13版」を見ると、「常用漢字」に関して次のように定めています。

1 「常用漢字表」内の漢字は原則として新字体を使い、旧字体の使用は避ける。

これが「黒澤」ではなく「黒沢」が用いられた根拠と言えます。ちなみに、筆者の名字は「河嶌(かわしま)」で、そのうちの「嶌」は「島」の異体字です。このような異体字について、記者ハンドブックはこう書いています。

2 「常用漢字表」内の漢字の異体字についても、表に掲げられた字体のものを使うことを原則とする。

これに従えば、私の名前の表記は「河島」ということになります。しかし、私の名前がかつて新聞に載ったことがありますが、そのときはいずれも「河嶌」のままでした。

異体字の場合は、常用漢字表に載っている字体を使うことが「原則」とされているので、逆に言えば「例外」が認められる可能性があるわけです。「嶌」という表記は例外として認められたのかもしれません。

さらに、記者ハンドブックにはこんな記述もあります。

5 ただし、特に本人、家族などの強い希望があった場合、前記各項の申し合わせについては各社の運用に任せる。

つまり、新聞表記ルールよりも本人の要望が優先される場合があるということです。このため、もし今回、ルビィ本人が「正しい名前は、黒『澤』ルビィです!」と強く主張していたら、おそらくそのまま紙面に載っていたことでしょう。

この新聞表記ルールは、「新聞用語懇談会の人名用漢字の字体に関する申し合わせ(2005・1・24)」という、日本新聞協会の取り決めです。静岡新聞をはじめとする共同通信加盟社(その多くは地方新聞)に限らず、朝日新聞や読売新聞といった全国紙も、“原則”として従うことになっています。

記者ハンドブック 第13版 新聞用字用語集(一般社団法人共同通信社)

漢字だけじゃなかった! 新聞独自の表記ルール

実は、こうした新聞独自の表記ルールは漢字に限りません。先ほどの「記者ハンドブック」では、「外来語・片仮名用語用例集」のページを設け、カタカナ表記のルールも統一しています。

これによると、時計の「ウォッチ」は「ウオッチ」に、波を表す「ウェーブ」は「ウエーブ」に、「ハイウェイ」は「ハイウエー」とされています。つまり、「アップルウォッチ」は「アップルウオッチ」に、「ビッグウェーブさん」は「ビッグウエーブさん」に、「ハイウェイパトロール」は「ハイウエーパトロール」になってしまうわけです。

また、パソコン周りでも、「コンピュータ」は「コンピューター」に、「ディスプレイ」は「ディスプレー」に、「ソフトウェア」は「ソフトウエア」としています。

しかし、各社がこのルールにそのまま従っているかといえば、そうでもありません。例えば「アップルウォッチ」の場合、固有名詞として「アップルウォッチ」に統一していたり、同じ新聞社内でも記事によって表記が揺れていたりと差があるようです。

この表記ルールにそっくりそのまま従ってしまうと、全体的に「昭和感」の強い響きになってしまうのが悩みどころです。

ウェブメディアの場合は技術的な制約も

最後に、DANROをはじめとするウェブメディアの場合はどうでしょうか。インターネットの場合、「機種依存文字」という問題があります。これはパソコンやスマートフォンなど、見る環境によって文字が正しく表示されない可能性がある文字や記号のことを指します。

具体的には、よく人名に使われる漢字として、たとえば「吉」や「崎」の異体字があります。前者は「吉」の「士」の部分が「土」になっているため「つち吉」、後者は「崎」の「大」の部分が「立」になっているため「たつ崎」と呼ばれたりします。

こうした漢字は、紙媒体であればそのまま写植することができますが、ウェブサイトの場合、パソコンやスマホの機種によっては表示されず空白になってしまったり、文字化けを起こしたりしてしまいます。

こうした問題は、SNSなどでも起きる問題なので、自分の名前が正しく表示されないことに悩んでいる人は、実は多いのかもしれません。

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河嶌太郎 (かわしま・たろう)

1984年生まれ。千葉県市川市出身。早稲田大学大学院政治学研究科修士課程修了。アニメコンテンツなどを用いた地域振興事例の研究に携わる。近年は「週刊朝日」「AERA dot.」「Yahoo!ニュース個人」など雑誌・ウェブで執筆。ふるさと納税、アニメ、ゲーム、IT、鉄道など幅広いテーマを扱う。DANROでは、アニメ・マンガ・ゲームの「聖地巡礼」について執筆する。

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