マリリン・モンローが泊まったホテルで味わう「柿ピー」
社会部の先輩記者から、インタビューのコツを教わったことがある。会話のうちの7割を相手に譲り、自分の話は3割ほどにとどめろ、というのである。
これを「7対3の法則」と呼ぶ。とくに長時間にわたるインタビューの際は効果を発揮するそうである。もちろん科学的な根拠があるわけではない。あくまでも「経験則」なのだそうだが、私も30年にわたる記者人生の中で「7対3の法則」の有効性を実感することがある。
さて、今回は同じ「7対3」でも違う話をしたい。舞台は、あの帝国ホテル(東京都千代田区)。2階にあるバー「オールドインペリアルバー」である。ここでは、お通しに「柿ピー」が出てくる。ぴりっと辛い柿の種と、甘いピーナツ。その割合が、まるで量ったように「7(柿の種)対3(ピーナツ)」なのである。「辛さと甘さのバランスがちょうどよく、ビールや洋酒に合うのです」とバーテンダーは説明する。
柿ピーが出るようになったのは1952(昭和27)年ごろ。その前はピーナツだけのお通しだったが、高騰したため柿の種を交ぜるようになったそうだ。
日本の酒場でお通しに柿ピーを提供したのは帝国ホテルが初めてというが、湿気を防ぐためいまも特製の缶に入れている。うれしいことにお代わり自由。老いも若きも、ぽりぽりと口にしている。「ジャパニーズライススナック」という名前で外国人観光客にも人気がある。
モンローの肌に触れた日本人
閑話休題。帝国ホテルの話が出たので、別のエピソードを紹介しよう。1890(明治23)年に開業した帝国ホテル。海外からの著名人も多く泊まってきたが、何と言っても「伝説」としていまも語り草になっているのが、ハリウッド女優、マリリン・モンローだろう。
米大リーグの名選手だったジョー・ディマジオと結婚。1954(昭和29)年2月、新婚旅行で来日した。羽田から帝国ホテルまでの沿道は黒山の人だかり。200人の警察官が出動する厳戒態勢となった。
旅行先に日本を選んだのはディマジオである。それまで2度の来日で浴びた名声を妻モンローに聞かせたかったからだといわれている。「日本では、俺はいまもヒーローだ」と。(男の見えだね!)
ところが、熱い視線を浴びたのはディマジオではなくモンローだった。ホテルでは記者会見でこんなやりとりがあった。
「夜は何を着て寝るのか?」
「シャネルの5番よ」
「おしりを振る歩き方(モンローウオーク)はいつから?」
「生まれて6カ月ぐらい。以来、ずっと同じ歩き方よ」
ユーモアあふれる受け答え。足を高々と組んでみせ、記者たちを悩殺した。その横で不愉快な表情を浮かべていたのがディマジオというから、男って本当に嫉妬深い動物である。
そんな夫の様子を見ていたからか、長旅の疲れからか、モンローは帝国ホテルに滞在中、体調を崩す。だが、大の医者嫌い。ある男がホテルに呼ばれた。「指圧の心は母心」の名セリフで知られる指圧師の故・浪越徳治郎さんである。
ベッドの上で横になっていたモンローは息をのむほど美しかったという。「モンローの肌に触れた日本人は俺だけ。おれの指の方がディマジオより魅力的だった」と浪越さんは自慢していた。ディマジオの不満はさらに高まったのだろう。モンローとの結婚生活は9カ月しか続かなかった。