なぜイギリスの桜は日本よりも長く咲くのか? 在英ジャーナリストが解き明かした秘密

イギリスでノンフィクション・ライターとして活躍する阿部菜穂子さん(撮影:山内ミキ)
イギリスでノンフィクション・ライターとして活躍する阿部菜穂子さん(撮影:山内ミキ)

「ひとり」でいること。これは何も独身者ばかりの話ではない。

結婚して家庭を持ち、子供が生まれても、ひとりの時間はあるし、そんな時に自分と向き合うことでクリエイティブパワーが全開し、一つのテーマを追い続ける人もいる。

イギリスの「桜守」ともいうべき園芸家コリングウッド・イングラム(1880〜1981年)の軌跡を追うことで日本の桜の過去と現在を投射した著作『チェリー・イングラム 日本の桜を救ったイギリス人』(2016年、岩波書店)を上梓した在英ノンフィクション・ライターの阿部菜穂子さんは、まさにそんな人だ。

国際基督教大学卒業後、毎日新聞に入社した阿部さんは社会部、政治部、外信部に在籍し、政治部時代は中曽根首相番記者として関係者を「夜うち朝駆け」で取材。1990年にはワシントンで開かれた「世界女性ジャーナリスト会議」に日本代表として出席した。

ロンドンに家族とともに移住したのは2001年8月。夫は米国系報道機関に勤務するジャーナリスト、子供は男の子二人で上が7歳半、下が2歳になったばかり。新天地で、子育てをしながらフリーのジャーナリストとして活動を続けた。

当初は主として教育問題や家族政策について書いていたが、10年ほど前から周囲の花や草木に注目するようになったという。2014年には毎日新聞で「花の文化史」に関するコラムを連載。自分のブログに掲載したエッセイ『ルーシーとラッパズイセン』は2011年文春ベスト・エッセイの1つに選ばれた。先に紹介した『チェリー・イングラム 日本の桜を救ったイギリス人』では、日本エッセイスト・クラブ賞を受賞している。

阿部菜穂子さんの著書『チェリー・イングラム 桜を救ったイギリス人』(阿部さん提供)

ロンドン南部ウィンブルドン近辺に住む阿部さんの自宅にお邪魔し、桜との出会いやひとりの時間について聞いてみた。

なぜイギリスでは多様な桜が咲いているのか?

綺麗に刈り込まれた芝生のあちこちに花が植えられた家が、阿部さんのお宅だった。玄関のベルを押す。阿部さんがドアを開けると同時に、愛犬ココが嬉しそうにこちらに飛び込んできた。

ココの「愛情」を受け止めてから、応接間のソファーに腰を下ろす。阿部さんは穏やかで温かみのある声で話し出した。

イギリスでは「毎年春になると、3月初めから5月の半ばまでいろいろな品種の桜が咲いている」。日本で生まれ育った阿部さんは「桜と言えばソメイヨシノしか知らなかった」という。野生の桜は別として、植林された桜の中で約70%がソメイヨシノになる日本。確かに、入園式、入学式、卒業式に咲く桜といえば、5枚の花びらがほんのりとピンク色になるソメイヨシノが思い浮かぶ。

イギリスに住みだした阿部さんは、桜の開花期間がなぜか日本より長いような「不思議な光景」に気づいた。在英邦人らと「こっちの桜はしぶといわね。種類が違うのかしら」などと会話をしていたものの、真実は謎だった。

本格的に桜について調べ出したのは、数年前。花の文化史の連載を書く中で、コリングウッド・イングラムなる人物の存在を知った。

イングラムは祖父ハーバートが世界で初のイラスト入り新聞『イラストレーテッド・ロンドン・ニュース』の創設者で、富裕な家庭に生まれ育った。自然を愛したイングラムは当初は鳥の研究家、のちに桜の研究家となってゆく。

みな同じころに咲いて散る日本のソメイヨシノ

1902年、21歳で日本を初めて訪れたイングラムは、大の日本びいきとなった。「これほど美的センスに溢れた国はない」と漏らしたという。

帰国後、英南部ケント州の自宅にあった桜の大木に目をつけ、次第に桜園を構築してゆく。1926年、さらなる桜の種を求めて日本を再来したイングラムの目に映ったのは、関東大震災(1923年)後に建設された近代的なビルの光景だった。日本に幻滅したイングラムだったが、多くの種類の桜を英国に持ち帰り、日本の野生の桜を交配させて新種も作った。自宅の庭には一時、「120種以上の桜が200本あった」という。

イングラムがとても大切にしていたのは、「桜の多様性だった」と阿部さんは言う。

イギリスで桜の開花期間が長いように思えたのは、多種多様な桜が次々と咲いていたから。イングラムを通して、阿部さんは「イギリスの桜がしぶとい」理由を見つけた。

なぜ日本の桜は、一斉に散るの?

逆に、なぜソメイヨシノは日本中に広がり、「一斉に咲く・散る」その様子が日本の春の風物詩になったのだろう?

阿部さんによると、江戸時代末期から明治時代初期に江戸・染井村で育成されたソメイヨシノ(染井吉野)は「成長が早い」桜だった。山桜の場合、成木になるのに最低10年はかかるが、ソメイヨシノは最短では5年で成木になる。販売する側からすれば「大量生産しやすい桜」だった。あっという間に大量生産の仕組みが構築され、「新生日本の象徴」として、「1000本、2000本単位で植えられていった」。

山桜は一本一本全部DNAが違い開花時期もずれるが、ソメイヨシノはクローンだ。「みんな同じときに咲いて、一斉に散ってゆく」。ソメイヨシノの大量植樹が「日本の桜の風景をガラッと変えてしまった」。

「さっと散る」ソメイヨシノは、軍国主義に染まってゆく近代日本の歴史と歩みを共にするようにもなった。

多様な桜の植樹に尽力したイングラムの道程をたどる中で、阿部さんは日本の歴史と桜が織りなす歴史のドラマを見つめることになった。

近代日本の歩みとともに日本全国に広がったソメイヨシノ

一方、イングラムの本がきっかけとなり、在英邦人有志らの企画によってロンドンで3000本以上の桜を購入してイギリス側にプレゼントするプロジェクトも進んでいる。まず、来年中にロンドンのリージェント・パークを含む王室所有の公園に桜を植林し、2020年春には記念セレモニーが予定されている。桜の旅はまだまだ続く。

頭の切り替えの妙案は?

阿部さんの自宅の庭には、一本の桜の木がある。筆者が阿部さん宅を訪れた今秋、季節柄、花は咲いていなかった。桜を眺めながら、ココを腕に抱えた阿部さんに少しお話をうかがってから、上階にある仕事場に入らせてもらった。

窓に向かった机の両側は本棚で囲まれている。日本語と英語の本がずらりと並ぶ。机の上には1台のノートパソコン。ここは阿部さんが執筆作品を生み出す、いわば「工場」だ。窓と机の間のスペースにココが入り込み、気持ちよさそうに横たわっている。

阿部さんは子供を産んだ時点で毎日新聞を退社し、フリーになった。新聞社時代は夜型だったが、フリーになってからは仕事を朝型に変えた。

長年、阿部さんにとって朝は最も忙しい時の1つだった。イギリスでは、子供の保育園・学校への送り迎えは親がすることになっているからだ。イギリスに住みだした頃、男の子二人はまだ小さかった。毎朝8時、阿部さんは二人を車に乗せて家を出た。一人を小学校で降ろして、もう一人は保育園に預ける。

自宅に戻り次第、すぐに仕事に取り掛かる。午後3時半、お迎えの時間がやってくるので、また家を出なければならない。

当時、午後3時頃が「しんどかった」という。「まだ仕事が終わっていないのに、もう行かなきゃ」。すっ飛んでいくしかなかったという。子供が帰ってきたら、もう仕事の時間は取れない。「人間って、その時になったら、しょうがない。そこで工夫するしかない」。

仕事部屋の阿部菜穂子さん(撮影:山内ミキ)

子供を送った後、すぐに仕事の頭にスイッチを入れることはできたのだろうか?
仕事場に置いた本、コンピューター、プリンターが仕事のムードづくりに役立った。
昼間は家事をしないことも原則とした。「汚れていても見ないようにする」。見ないで仕事場に行ってしまうのである。

一時は体調を崩したことがあり、その反省でヨガや瞑想を始めたのも功を奏したという。このころから植物に関心を持つようになり、これがイングラムと桜につながってゆく。

阿部さんはウィークデーの夜、ヨガのクラスに週に何回か通っているが、行かない日は自宅でヨガをやるのが日課だ。ただし、仕事部屋ではやらない。「寝室は寝室、仕事部屋は仕事部屋」と目的ごとに異なる場所でそれぞれのことに集中する。ヨガはまた別の部屋でやる。けじめをつけることで、仕事部屋に入った途端、すっと仕事に入っていけるのだそうだ。

現在までに、二人の子供のうち一人は成人して家を出た。将来、阿部さんにとって、もっとひとりの時間が増えそうだ。
「自宅で仕事しているなんて、いいですね、とよく人が言いますよね」と阿部さん。しかし、自宅でひとりで仕事をしていくには自分なりの「ディシプリン(自制心)」が必要だという。「自分で仕事のリズムを作っていかなければならない」。

会社員だったら、「仲間で他愛ない話や仕事の話をして、また元気になるということがある。一人で仕事をしている場合、それがない」。

自分で自分の予定を決め、それに沿って何事かを達成してゆく・・・。筆者はフリーランサーの一人として、阿部さんには相当の「決意」もあったのだろうと思った。次から次へとやらなければならないことがある時、「私は絶対にこれをやる」と決めて、生活の中で最優先していったに違いない。

要は、どんな家族構成かはあまり関係ない。一人で何事かをやるという行為に向き合えるかどうか、なのだ。

愛犬ココを腕に抱く、阿部菜穂子さん(撮影:山内ミキ)

阿部さんは今、新たな試みに挑戦中だ。イングラムの本を改めて英語版として書いた新刊の執筆を進めているのである。新しい材料を入れ、全面的に書き直したものが来年3月、ペンギン・ランダムハウス傘下のチャットー&ウインザス社から出版予定だ。そのあと、ドイツ語やスペイン語など4ヶ国語に翻訳されることになっている。

心地よさそうな仕事部屋で「すっと自分の時間に入ってゆく」阿部さんの姿を想像しながら、筆者は阿部さんの自宅を後にした。

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小林恭子 (こばやし・ぎんこ)

在英ジャーナリスト。米投資銀行、読売新聞英字新聞部勤務後、2002年、渡英。著書『英国公文書の世界史 一次資料の宝石箱』(中公新書ラクレ)、『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中公選書)、共訳『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)

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