「年収減っても、貧しい感覚はない」移住者が語る「地方」のリアル
「地方移住」と聞いて、どんなイメージが思い浮かびますか。都会の喧噪から解放されたスローライフ? それとも、地域に溶け込めず苦労する”バッドエンド”? 東京から特急で1時間10分。近くて遠い”田舎”である千葉県南東部のいすみ市に移住してシェアオフィスを営む三星千絵さん(36)に「地方移住のリアル」について話を聞きました。
直感で「ここに来たいな」と思った
太平洋を望むいすみ市は人口約3万9000人。人口減を食い止めようと、10年ほど前から市が積極的な移住者誘致に乗り出し、農家と交流できるツアーなどのイベントや、空き家物件を検索できる「空き家バンク」などを運営。雑誌『田舎暮らしの本』(宝島社)の「住みたい田舎」ランキング(2018年)で首都圏1位を獲得するなど注目を集めています。
三星さんは現在、里山の田園風景が広がる市西部で古民家を活用したシェアハウス「星空の家」や、移住者や地元の人の交流の場となっているシェアオフィスの「星空スペース」を運営しています。しかし、7年前に移住するまでは、東京・表参道のPR会社に勤めるごく普通のビジネスパーソンだったといいます。
「実家は千葉県西部の工業地帯で、周囲も会社勤めの人が多かったせいか、学生時代から東京に出たいと思っていました。表参道の会社では、自分の仕事で世の中が動いているという感覚があって充実していましたが、次第に疑問も沸いてきたんです。時間に追われて季節の移り変わりにも気づかないし、隣の席の同僚が疲弊していても、忙しくて助けることもできない。自分の仕事が誰のためになっているのか、イメージできませんでした」
そんな感覚が募ってきた28歳のころ、三星さんは、地方移住を検討し始めました。いくつかの地域を観光がてら訪れましたが、初めて現地の人に会って話を聞いたのがいすみ市でした。翌月には、会社に辞表を提出していました。
「実際に現地に来て、直感で『ここに来たいな』と思ったんです。周囲には驚かれました。『どうして? 疲れちゃったの?』とか言われて。地方は疲れた人が行くものと思われていたんですね。腹が立ちましたが、気にしても仕方ない。逆に『すごく面白いね』と言ってくれる友達もいました」
とはいえ、田舎で農業がやりたいわけではありません。具体的に何をして生きていくか、移住した時点ではまったく決まっていなかったといいます。ひとまず、戸建ての賃貸物件に住み、移住希望者向けのアドバイスやイベントを行うNPOで働き始めました。2011年のことです。
「家賃は都会の半分なので、貯金を使えば1年くらいは何かができる。1年挑戦してみて、ダメだったら帰ればいいとも思っていました。この時期はお金を稼ぐことよりも、現地の人たちとつながりをつくることに努力しました。未来への投資、というか。イベントがあれば顔を出して、人に話しかけているうちに、『人手が足りないから手伝いに来て』みたいに声がかかるようになっていきました」
自分の仕事が誰に届くのか、実感できる
チャンスが訪れたのは、移住から1年後。築140年の古民家が空き屋になり、借り手を探しているという話が回ってきたのです。三星さんは、ここで一歩踏み込む決断をしました。
「当時の肩書きはNPOのスタッフでしたが、それでは会社員と変わらない。そろそろ何かに挑戦して、自分の肩書きを持とうと思いました。古民家の広いスペースを利用できればと思い、シェアハウスを始めることにしました。『そういう場があったらいいな』という声を何人かから聞いていて、需要はあると思ったんです。若い移住者は地域とのつながりもなく、見知らぬ土地にいきなり一人で飛び込むのは大変です。シェアハウスなら情報交換ができて、自然に人と交流できますから」
幸い1年後、「星空の家」と名付けたシェアハウスには5人の入居者が集まり、部屋は満室になりました。2014年には、母屋に併設されていた納屋を1年がかりでリフォームして「星空の図書館」を開館。15年には結婚を機にシェアハウスから転居し、シェアオフィス兼カフェの「星空スペース」をオープンしました。
「シェアハウスは住むための施設なので、いつでも誰でもお迎えするということは難しいこともある。もっと地域に開いた空間もつくっていければと思ったんです。この時期は移住者たちがあちこちでカフェを始めていて、同じことをする必要はないな、と思いました。みんなが『あったらいいな』、と思っているものは何かと考えたら、人が集まって自由に使える場が公民館くらいしかなかった。地元の人にも移住者にも使いやすい場を提供できれば、と思って、シェアオフィスを始めました」
空き家を活用したシェアオフィスは移住者や地元の人たちが集う情報交換の場としてにぎわい、映画の上映会や、新規就農した農家と一緒に農業体験なども行われています。移住から7年。三星さんは、現在の生活に満足していると話します。
「収入は生活していける額面ではありますが、東京時代の半分くらい。でも、貧しいという感覚はまったくありません。あまりお金を使わないせいかな。畑から採れたての野菜を食べられますし、イルミネーションがなくても満天の星空がある。お金では買えないぜいたくをしている感覚はあります。
それに、ここでの仕事は誰に届くのかが実感できて、『自分ごと』として考えられるのがいいところです。仕事の大変さは変わりませんが、仕事を通して人同士がつながっていく。家賃などが安いので、お店をやりたい人などは初期投資を抑えて開業できるのも、地方の良さだと思います」
もちろん、良いことばかり、などということはありません。地方移住を試みるも、様々な事情で挫折し、撤退する人たちもいます。”サバイバル’”のコツは何なのでしょうか。
「理想を持って突っ走る人もいますが、どこかのタイミングで生活の糧を稼ぐ方法を考えないと続かないと思います。覚悟を決めて、自分のできることで収入が得られる仕事をやる。覚悟はすごく大事です。私もシェアハウスを始める時に覚悟を決めました。人とのコミュニケーションも大切です。都会で人付き合いに疲れたからと田舎に来ても、むしろ田舎のほうが人間関係が密で、余計に大変な面もあります。
もっとも、求められるのは特別なことではなくて、地域のルールを知って郷に入っては郷に従うとか、年配の人に気を遣うなどです。会社でも人間関係には気を遣うと思いますが、基本は同じです」
いすみ市では起業家の支援にも力を入れていて、三星さんのように新しいことに挑戦しようという人たちが次第に集まってきているそうです。取材に訪れた日も、周囲の人々からは飲食店用の空き店舗や新規オープンしたお店の情報がひっきりなしに飛び交い、人口減に苦しむ町とは思えない熱気を感じました。地方が今よりもっと面白くなる時代が、近づいてきているのかもしれません。