さらば「寂しがり飲んべえの巣」 下北沢の闇市跡に1軒だけ残った「飲み屋」が消えた

2017年12月30日、三好野の別れを惜しむ常連客=吉野太一郎撮影

2018年12月22日、午前5時。

古着店や個人経営の飲食店、小劇場が密集する「若者文化の発信地」東京・下北沢。

小田急・京王電鉄の下北沢駅に、新たに「東口」がオープン。始発電車に合わせて、地元商店会が赤絨毯を敷き、樽酒をふるまいました。歌手の生演奏やお笑いのライブもあり、普段なら閑散とした時間帯に、朝まで飲んでいた地元の人々も加わって、にぎわいを見せました。(取材・吉野太一郎)

(この記事は、2018年12月31日に旧DANROで公開されました。記事内の情報は当時のものです。新しいDANROへの移行についてはこちらをご覧ください)

下北沢駅東口の開業を祝う地元商店会のメンバーら=2018年12月22日午前5時04分、吉野太一郎撮影

「開かずの踏切」解消と混雑緩和のため、約30年かけて進められた小田急の地下化・複々線化事業。2013年にホームが地下化され、改築された下北沢駅の表玄関となるのが「東口」です。

その10日ほど前、東口に建設中の駅前広場予定地で、最後まで残っていた飲み屋の建物が、ひっそりと撤去されました。

新たにオープンした下北沢駅東口。駅前広場は工事が続く=2018年12月25日、吉野太一郎撮影

カウンター6席の「心のよりどころ」

多くの人が「心のよりどころだった」という、その飲み屋の名前は「三好野」。カウンター6席だけの小さな店で、メニューは1杯500円のドリンク類のみ。

その奥に1人で座って、テレビを見ながら黙々とタバコをふかす店主は、「みっちゃん」と呼ばれ、慕われていました。

「みっちゃん」こと仁尾貢さん(左)=2017年12月30日、吉野太一郎撮影

「みっちゃん」こと仁尾貢さん(61)が三好野の店主になったのは1994年のことです。

大学進学で1976年に熊本県から上京し、下北沢の下宿で一人暮らしを始めました。ロックバンドでプロデビューを目指し、ライブハウスに通いながら、バンド仲間とよく飲んだのが市場のおでん屋だったと言います。

やがて、12年勤めたコンピューター関係の会社を退職したみっちゃんは、「やっちゃ場」と呼ばれる築地市場の青果部門で働くようになりました。早朝の仕事を終え、昼間に下北沢の寿司店で飲みながら「何かやらなきゃ、と思ってるんだ」とつぶやいたところ、「それなら」と店を任されました。それが「三好野」でした。

「みっちゃん」こと仁尾貢さん(左)=2017年12月30日、吉野太一郎撮影

「北から南まで、寂しがり屋の地方出身者が集まって、喧嘩したり、恋愛したり。『酔っ払いの巣』だったよ。朝まで飲んでる奴、毎日飲んでる奴、だいたい顔ぶれは一緒。会いたいときに、喋れる相手が誰かは必ずいる場所だったね」

「金も払わず油を売る奴とか、彼氏ができたとたんに来なくなる女の子とか、ボディコン姿で床に寝っ転がってる『エンドレス・シスターズ』とかさ…」。みっちゃんは店の常連客を一人一人、思い出しながら挙げていきます。

再開発の波に揺れた下北沢

飲食店や食品店が並んでいた下北沢駅前食品市場=2017年4月10日、吉野太一郎撮影

かつてこの場所は、戦後の「闇市」がルーツの「下北沢駅前食品市場」と呼ばれる商業地域でした。戦前から広場を囲む商店が並んでいた所に戦後、露店が集まり、屋根のある店がびっしり立ち並びました。集まった店が電気や水道などの共同設備を設置し、権利関係は複雑だったといいます。


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