力道山のお墓がある寺で出会ったおじいさんの”妖精”(大都会の黙考スポット 6)
ふだん東京のネットベンチャーの慌ただしい現場に身を置いている筆者が、大都会の喧噪から離れ、ゆっくりと物思いにふけることができる「黙考スポット」を探索するこのコラム。今回は、大田区にある池上本門寺を紹介したいと思う。
乗るキッカケがない東急池上線
通勤や商談で毎日毎日、同じ電車に乗る。たまには普段使わない電車に乗りたくなるのは、僕だけではないはずだ。
そんな気分のときにふと乗りたくなったのが、五反田と蒲田を南北に繋ぐ「東急池上線」だ。東京に20年住んでいても、これまで乗ったことがない。おそらく、近隣住民以外は乗るキッカケがないのではないのだろうか。
地下鉄の都営浅草線で五反田駅に向かい、地上に上がって東急池上線への乗り換えを試みる。しかし、その駅が見当たらない。
「ん?デパートの中に駅があるのか?」
駅前にあるデパートの入り口に「東急池上線」の看板が見える。
昭和の私鉄を感じさせる設計だ。デパートに直結してそのままお買い物に、ということだろう。デパートの2階に上がると、小さな改札があった。「箱根登山鉄道」のような雰囲気を感じるのは、僕だけだろうか。
電車の車両は3両編成で地方のローカル線のようだ。僕の乗る車両には、乗客はまばらだった。学生風の男性やマクドナルドの袋をぶらさげた主婦がいた。
今回の目的地は「池上本門寺」だ。最寄りの池上駅に到着すると、駅近くのとんかつ屋(「食べログ」で星が3.5超え)で腹ごなしをして、寺に向かった。
山のような池上本門寺
池上本門寺は「山」であった。普段の都内散歩でみかける「寺」が、まるでヒヨコのようにかわいく思えてしまう。
寺の境内は山の上にある。山を登るための堂々とした「石段」が、運動不足の僕の前にそびえ立つ。普段、地下鉄でエスカレーターを使っている僕の足腰で、果たして登りきれるのだろうか。
この石段は、「此経難持坂」(しきょうなんじざか)と言われ、戦国武将の加藤清正が寄進したそうだ。「猛将」が乗り移ったのか、何とか100段ほどの石段を登りきることができた。
石段の上は、一段と澄んだ空気を感じる。視界が大きくひらけて、青空に包まれる。境内は信じられないほど広い。ここは東京じゃない。いや、でも東京なんだ。大田区なんだ。
そして目の前に姿を現したのは、荘厳な本堂と五重の塔だ。
「五重の塔」が京都以外にもあることを知らなかったため、歴史の教科書にでも入り込んでしまったような、心地良い「異世界感」に包まれた。
本堂でしっかりと手を合わせたのち、敷地の奥へと歩を進める。奥の墓地にはなにやら歴史上の有名人のお墓が多数あるらしい。
墓地の案内人との出会い
この池上本門寺、敷地の面積はなんと7万坪だ。あまりにも広く、右往左往していると、俳優の柳生博にどこか似ている老人が声をかけてきた。
「墓の案内してやろうか?」
柳生博似のおじいさんは白い筒状の杖を持ちながら、墓地の案内役になってくれた。
「こっちが紀伊徳川家の墓でな。徳川吉宗って知ってるじゃろ?」
「こっちが征夷大将軍●●さんの側室の墓でな、あっちが藩主▲▲の側室の墓だな」
歴史に疎い僕は、スマホで歴史上の人物を検索しながら、一生懸命おじいさんの話についていこうとした。江戸時代の将軍界隈の側室やらその子供やら、その子が将軍になったりならなかったり、いろいろと貴重な話を伺ったが、登場人物が多すぎて頭に入ってこなかった…。
進入禁止区域の墓地にも足を踏み入れる
「ここは入っちゃダメなんだけど、特別にいれてやろう」
おじいさんは金網についた南京錠を外し、一般人は立ち入ることができない区域の墓地も案内してくれた。
おじいさんの軽快な案内で15個ほどの墓を見ただろうか。分かったことは、側室という女性の墓が意外に多いのと、墓跡の上にあるこけしのような突起物が「紀伊」や「肥後」といった地方の称号になっているということだった。
「次がメインイベントじゃ」
音をたてながら砂利道を進み、広すぎる墓地のさらに奥へ。見えてきたのは力道山の墓だ。
ここからまたおじいさんの濃厚な解説が始まる。力道山という昭和の大スターにまつわるエピソード。政治家やフィクサーの名前が次々と飛び出したが、スマホでの人名検索がまた追いつかない。そもそも「フィクサー」なんて言葉は、平成になってから聞かないぞ。
「その政治家とフィクサーたちのお墓もこの近くにあるんだわ」
亡くなってからも続くオトコたちの結束力。平成の終わりに「昭和」の凄さを学ぶ。
江戸の徳川家やら昭和のフィクサーなど、知らない人名ばかりで「いやー、勉強になります」などと言いながら力道山の墓標を見てみると、三沢光晴、小橋建太、天龍源一郎、秋山準など馴染みのある名前が。
「おお!元全日本プロレスのレスラーだ!これは知ってる名前だぞ!」と昭和のプロレスファン小学生に戻る。
30分ほど案内してもらっただろうか。おじいさんは「じゃあ、これでおしまいかな」と立ち去ろうとした。
僕は一連の巧みな解説に感動していた。思わず、背を向けたおじいさんに、「お名前はなんというのですか?」と尋ねると、振り返ることもなく、「名乗るほどのものでもないよ」と、足早に立ち去ってしまった。
美しすぎる庭園のある「森の公園」
おじいさんと別れると、墓地の近くに広がる森のような公園へ向かった。森の公園を歩きながら、江戸や昭和に思いを馳せる。無心で歩いていると誰もいない日本庭園に辿り着く。それは人生で見た庭園の中で、最も美しいものに感じた。
「ここは一体どこなんだ…。東京ではないはずだ…。江戸なのか?」
ゆっくりと誰もいない、美しすぎる庭園を眺めながら黙考する。
「あのおじいさんは妖精だったのかもしれない」
あなたも都会のハザマにいけば、妖精に出会えるかもしれない。