昭和レトロな「公園の茶屋」で令和30年に思いを馳せる

「公園の茶屋」で昭和にタイムスリップ(イラスト・古本有美)
「公園の茶屋」で昭和にタイムスリップ(イラスト・古本有美)

なぜかわかりませんが、どことなくさびれた物に心ひかれることがあります。たとえば、まだ営業を続けているのかどうか、にわかに判断つきかねるスナックを道端で見かけると、つい立ち止まりしばしその風貌を眺めてしまいます。

似た印象をもたらすものとして、私がひそかに愛してやまないのが公園の売店です。売店といっても物を売るだけではなく、店内に席があってちょっとした飲食ができるお店のことです。比較的大きな公園にあることが多く、こうした峠の茶屋のような売店を見ると、中に入りたい欲求がこみ上げてきます。

「公園の茶屋」は昭和にタイムスリップできる場所

たいていはかなり年季が入った店構えで、ご年配の店主が切り盛りしていることが多く、さほど広くはない店内にアルミのテーブルとパイプ椅子があって、アルミの灰皿がよく置いてあります(分煙という概念は、まだないようです)。壁には手書きのメニュー札が貼ってあって、そば、うどん、みそ田楽やおでん、あるいはお団子やあんみつなどが書いてあります。お店によってはお酒も置いています。

公園を何気なく歩いていてこういった茶店を見つけるとうれしくなり、どんなメニューがあるのか、中はどうなっているのかが気になってつい覗いてしまいます。なぜこんなにひかれるのか自分でもよく分かりませんが、前時代的な、“昭和レトロ”なところに愛着を感じるのかもしれません。

(ところで、いま“昭和レトロ”なんて言葉を使いましたが、昭和生まれとしてはこの言葉にはいまひとつ馴染めない感覚があります。でも、平成に変わったのはもう30年以上も前のことになるので、昭和はもう十分レトロと呼びうるのだろうなとは思います)

大きな公園には、幼い子供を連れた若い夫婦や若いカップルも多く、未来の可能性に満ちあふれた印象を与えます。その中に、どこかで時計の針を止めてしまったかのようなお店が残っている、このギャップがどうやら私にはたまらないようです。そして店内に一歩入ると、数十年前にタイムスリップしたような気分になれる、いわばタイムマシーンのような存在なのです。時空を超えて、昭和の「いつかどこか」にそっと身を委ねられる場所だと言えるでしょう。

ふと思い立って公園の茶屋へ飛び込む

先日、用事があって出かけた帰り、お昼をどこで食べようかと考えた時にすぐ近くの公園に茶屋があることを思い出しました。公園を通る度にいつかは入りたいとひそかに願っていたのですが、なかなかタイミングが合わずやむなく素通りしていたお店でした。

今日こそはとばかりに駆けつけたものの、いざお店を前にすると中の様子も見えないし、やや躊躇します。だがここであきらめたら一生後悔すると思い切って飛び込むと、ほぼ予想通りの店内風景が広がっていました。

それほど広くない店内には、テーブルが5つ、それぞれに4つずつパイプ椅子がついており、テーブルの上にはアルミの灰皿が置いてありました。4人のご老人たちがテーブル2つを占め、宴もたけなわという感じで大いに盛り上がっていました。ほかには1人客の初老の男性と、うっかり入ってしまった感じの若いカップル。唯一空いているのは盛り上がっている4人衆の奥のテーブルだったので、そこに座ると新聞が置いてあり、よく見ると競艇新聞でした。私が座ると前にいた男性がその新聞をさっと自分の席に移動させました。

これは楽しそうな場に来たぞと期待をふくらませ、さばの水煮とビールを頼むと、さばの缶詰と缶ビールが来ました。ビールで一息つき、前にいる4人衆に耳を傾けると(傾けるというよりは大声なのでいやでも聞こえてくるのですが)、なにやら公営ギャンブルの話で盛り上がっているらしく、競艇やら競馬の思い出話やレース予想で意見を戦わせているようでした。男性3人に女性1人、年の頃は70~80歳というところでしょうか。この年齢になっても飲み仲間がいるなんて素敵だなあと思いながら、次に熱燗を頼むと熱々のカップ酒が出てきました。

昭和の茶屋で令和30年を想う

カップの日本酒をちびちびやりながら、ふと窓の外に目をやると池のほとりでセーラー服を着た女性2人がパラパラのようなダンスを踊っていて、その様子を男がスマホのようなもので撮影しているのが見えました。セーラー服といっても東急ハンズで売っているような余興用のもののようだし、女性も女子高生には見えず、20代前半くらいの感じです。よもや怪しい撮影では?と初めは訝(いぶか)りましたが、どうやら何かのイベントの演し物のようです。友人の結婚式のサプライズムービーといったところかもしれません。

そのうち老人の1人が窓外の踊りに気づき、一同にわかに色めき立って、これは写真を撮っとこう!と携帯(もちろんガラケー)でこっそり撮影したりと大盛り上がり。私のいるところからは、やんややんやと盛り上がる70代くらいの方々と、それには気がつかず無邪気に踊っている20代くらいの人たちが同時に眺められ、おもしろい光景だなと思ってお酒を飲んでいました。

私はいま40過ぎなのですが、ふと自分はちょうど彼らの中間に位置する年代なのだなと思うと、まるで過去の自分と未来の自分を見ているような気持ちになってきました。

窓の外の若者は大学生くらいの頃の自分で、目の前にいる老人が未来の自分の姿。自分はギャンブルはやりませんが、30年後にはこうして茶屋に集まって酒を飲んでいるかもしれない。そう考えると、この茶屋は過去へのタイムスリップどころか、未来へといざなうタイムマシーンだったのかもしれません。と言うのは大げさですが、昭和レトロな茶屋にて図らずも令和30年について思いを馳せることになったのでした。

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松本宰 (まつもと・おさむ)

編集者。住まいのマッチングサイト「SUVACO(スバコ)」とリノベーション専門サイト「リノベりす」の編集長。住宅に限らず、己が心地良い居場所を探し求めてさまよう日々。好きなものはお酒と生肉とラーメン。

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