「文京区」には僕らの知らない悠久の森がある(大都会の黙考スポット 8)

椿山荘の庭園
椿山荘の庭園

ふだん東京のネットベンチャーの慌ただしい現場に身を置いている筆者が、大都会の喧噪から離れ、ゆっくりと物思いにふけることができる「黙考スポット」を探索するこのコラム。今回は、文京区に向かってみた。

山手線の内側にあって、なぜだかそれほど仕事で訪れない場所ってのがいくつかある。

出版業界の人には首を傾げられてしまうかもしれないが、僕にとって、それは「文京区」だ。

所詮カネや数字の話ばかりしている僕ら都心のビジネスマンにとって、結界が張り巡らされた「聖域」のようで、仕事で訪れる機会が全く無い(僕だけだろうか?)

そんな聖域に導いてくれる商談の機会は、KPIだのROIだの言ってるような僕らには、待てど暮らせど一向に訪れない。自らGoogleカレンダーに「文京区・仕事」という勝手な予定を入れ込み、自らの意思で入域せねばならない。

午前中に六本木一丁目で会議があり、終わり次第、文京区を目指す。地下鉄南北線から飯田橋駅で有楽町線に乗り継げば、15分ほどでたどり着く。この地下鉄2線は、日中比較的空いていて、人混みの不快感なく移動できそうだ。

江戸川橋駅付近

有楽町線「江戸川橋」駅で降りる。上京して20年経つが、一度も降りたことのない駅だ。山手線の内側とは思えないほど、乗降客は少なかった。それでもスーツ姿のサラリーマンとポツリポツリとすれ違う。

せっかくなので、ランチもゆっくり食べてみたい。普段行かない場所での食べログ検索は、TOKYO街歩きの楽しみの一つだろう。B級グルメ専門家な僕は、低単価で3.5点超えな店の全制覇を目指している。若い頃のB級グルメひとりランチは「ラーメン」だったが、もうガッツリ炭水化物は避けたい。

ランチタイムを外した客数の少ないお店での「ひとりランチ」は、意外と黙考スポットになりうる。お店を探してやや南下するとすぐに聖域の文京区を離れ、新宿区の早稲田鶴巻町に入ってしまう。けれど、早稲田大学正門から伸びる早大通りは名前にもかかわらず学生がほとんどいないので、静かに歩くことができる。

脂肪を燃やす安いエスニックでランチを済ませて、再び、聖域「文京区」への入域を試みる。新宿区早稲田鶴巻町から文京区方面を見ると、何やら大きな「森」が見えた。港区増上寺で見たとき以来の、都心で出会うはずのない「大きな森」。

文京区に君臨する大きな「森」

何だあの森は? 高さもあるから、また何かの古墳かもしれない。山に向かうような気持ちで、聖域に導かれるように歩を進める。森の入口には神田川が流れていた。川を渡って小さな公園を横切って、いよいよ森に入ってみる。

だが、ここは森ではなかった。森の中に祠のような古いけれど格式のある建物がいくつか見える。庭園のように整えられた樹木や敷石。

椿山荘の庭園

「椿山荘」だった。

ん? ここはホテル?

ホテルの庭園ってこんなにも広いの? こんなに綺麗な庭園があったりするのか。

ごくたまにエグゼクティブなランチやお茶の予定が入るときに、都心のホテル内カフェに誘われたりするけれど、ビジネスマンやら観光客がガヤガヤしている。そこに癒やしはないので、一人で使いたいとは思わない。

しかし、聖域・文京区にあるホテル「椿山荘」は雰囲気が違っていた。

椿山荘の庭園

庭園を歩くと何人かとすれ違うが、品のいい御婦人ばかりだ。最近ひとり歩きで「黙考」することによって気づいたことがある。それは「すれ違う人」の重要性である。

やや険しい表情をしたスーツ姿のおじさん(自分もおじさんだけど)とすれ違うと、自分では気づかないものの、その姿がサブリミナル広告のように脳裏に焼き付いて、どうも心が休まらない。

これが、品の良いマダムや犬の散歩をする人、保育園児をつれた保母さんたちだとそうはならない。なんとなく安心感が醸造されて、落ち着いて黙考できるのである。

庭園をぐるりと散策した後、歴史を感じる優雅な建物に入ってみる。

建物の中は高貴な雰囲気が漂うが、はるばる訪れた、くたびれたリュック姿の僕に対しても、決して権威を感じさせない。今風にいうと、都会特有の「マウンティング」がない。

庭園ビューなカフェで、悠久なアイスコーヒーを

庭園効果で脳がリラックスしてきた気がする。ちょっとカフェで一休みしながら、ノートパソコンを出して仕事をすれば、普段より生産的なアウトプットができるかもしれない。

ホテルの廊下からも緑を一望できる

ホテル内にあるカフェに入ってみる。金額がいつものスタバより高いのはやむを得ない。客層がまばらで落ち着いているし、ソファの座り心地も良さそうだ。店員さんに案内された席に座ってみると、目の前が全面ガラス張りで、先ほど散策した庭園が一望できた。

「こんな緑を一望できるカフェが都内にあったのか……」

軽井沢あたりの高級な避暑地にあるオシャレカフェに来たような気分だ(行ったことはないけど)。目の前に広がる庭園を眺めながら、アイスコーヒーを飲み、黙考したままキーボードを叩く。

WiFiも使える。席によっては電源も使える(僕はたまたま電源の近くに座れた)。

これは半日ゆっくり、ここで仕事ができるのではないだろうか。スタバ2回転と考えれば、コスパも悪くない。なんと言っても、この庭園を臨む景色と脳のリラックス効果たるや。

庭園を臨む景色で脳のリラックス効果を

ちょっと思考がスタックし始めたら、トイレにふらりと向かう。フロア内の廊下を歩きながらも、ガラス越しに庭園を眺めることができる。廊下の途中にソファもある。コーヒーを飲まなくても、廊下のソファでまったりすることもできる。

席に戻って再び一人で物思いに耽る。氷の溶け出したアイスコーヒーは、いつもより苦味の効いた味がする。よく見ると、氷もただの氷じゃないぞ。

なんと、氷もコーヒーで出来ているではないか。コーヒーを凍らせた氷。いつまでも味の変わらないアイスコーヒー。こんな悠久を感じさせるアイスコーヒーは初めてだ、これぞ椿山荘クオリティ。

働き方改革なご時世。たまには丸一日、文京区で仕事をすると、生産性があがるかもしれない。

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