「万年筆、面白そうじゃん」と思った人に薦めたい1本(ひとりと文具 6)

(イラスト・古本有美)
(イラスト・古本有美)

「いま万年筆が大人気」なんて記事が、WEBのあちこちで見受けられる。
とはいえ万年筆というのはあくまでも趣味の筆記具であって、まず“万年筆が使えないと困る”というシチュエーションが日常に存在しない。普通に文字を書くだけならボールペンのほうが圧倒的にコスパが良いし、面倒なメンテナンスの手間もいらない。万年筆は使い勝手の良くない筆記具なのだ。

じゃあなんでそんなデメリットの多い万年筆が人気になるのか、といったら、そりゃもう単純に、書くのが楽しいからだろう。ひとりの時間にゆったりと手紙を書いてみたり、日記をつけてみたり……。万年筆には、そういった手書き作業をやってみたくなる、不思議な魅力があるのだ。

例えば、ニブ(ペン先)をそっと紙に乗せて、そのまま横にスーッと引いてみるとする。すると、単なるまっすぐ一文字の線に驚くほど抑揚がついているのに気が付くはずだ。シャープな先端から膨らむように伸びて、最後にまたなめらかに細く消えていくような。それが万年筆の書く“線”である。

これが文字になるとさらに変化はダイナミックになり、いわゆる書道のトメ、ハネ、ハライ的な動きが含まれて、とても美しい。普段から字が下手な人なら、「あれっ、自分ってこんなかっこいい字が書けたっけ?」と驚くかもしれない。線がきれいだなー、とか、字がいつもよりきれいに書けたな-、とか、そういったエモーショナルな部分にこそ、わざわざ万年筆を選ぶ理由がある。

ここまで長々と読んでいただいて、その上で「万年筆、使ったことないけど面白そうじゃん」と思ってもらえたならば、ようやく最初のステップ。初めての万年筆に何を選ぶか、である。

“最初の1本”に最良の1本を選ぶ

まず問題なのは、価格だろう。
最近は1000円ほどで充分に書き味を楽しめるローコスト万年筆が各メーカーから発売されているので、そこから始めるのも悪くはない。「やっぱり万年筆は駄目だったな」と見限るにしても、痛手が少なく済むし。

ただ、それらはやっぱり価格なりのファニーな見た目だったりして、落ち着いた大人に似合う、とは言い難い。せっかく万年筆を買ったんだから、使ってるところを周囲の人に見せびらかし「へぇー、なんかかっこいいね」ぐらい言われたいじゃないか。

2019年の日本文具大賞グランプリにも選ばれた「プロシオン」(プラチナ万年筆)

そこで、ちょっと値段は上がってしまうが、ここは我慢してグッと5000円と消費税分を出してもらえないだろうか。するとこのプラチナ万年筆のおすすめ万年筆「プロシオン」を選ぶことができるのだ。

手にどしっと乗る金属軸に深みのあるマットな塗装を施してあり、まずはルックスだけでも「いいもの買ったな」という気分にさせてくれる。これなら見せびらかすのも全然アリだろう。

ボディの深みある塗装は、ビジネスシーンの使用にも恥ずかしくないクオリティ。

おすすめできるのは、見た目だけではない。「プロシオン」には、ビギナーにありがたい優秀なポイントがいくつかあるのだ。なかでも最も特徴的なのが、ニブ中央に備えたインク吸入口である。

円で囲まれた部分が、プロシオン(左)と一般的な万年筆(右)の吸入口。

万年筆は、軸内部にインクカートリッジか、インク瓶からインクを吸入して蓄えるコンバーター(別売)を装着して書くのが基本。カートリッジはメーカーの専用品でインク色のバリエーションも少ないが、コンバーターなら何千色とある多彩なインクを自由に選ぶことができる。なので、買ってしばらくはカートリッジを使うかもしれないが、最終的にはコンバーターでインクを吸うのに移行する人がほとんどだ。

ニブ先端が浸っているだけで、充分にインクが吸入できるのはありがたい。

一般的な万年筆の吸入口は、軸とニブの境目にある。ここまでインク瓶にドブンと漬けてインクを吸うのだが、この時にだいたい、軸先端(首軸)までインクで汚れてしまうのだ。これをきれいに拭うのは面倒だし、慣れていないと手まで汚してしまうこともままある。

ところが吸入口がニブ中央にあれば、そんな心配はない。ちょんとニブを浸すだけでしっかり吸うことができるので、首軸も汚れない。さらには中身が少なくなった瓶からでも吸えるので、インクを使い切りやすいのだ。

これはかなり革新的な機構で、個人的には、できればすべての万年筆がこうなって欲しい! と思えるほどの便利さである。

直線的な五角形絞りのニブ。鉄ペンでもかなりタッチが柔らかい。

ちょっと値は張るが書き味はさらに1ランク上

「プロシオン」のニブ自体も、価格に比してかなり良い性能だ。
万年筆のニブは、金を含んだ合金製で柔らかい「金ペン」と、ステンレス製の硬い「鉄ペン」に分かれており、だいたいは金ペンのほうが書き味の上で評価が高い(当たり前だが、価格も高い)。「プロシオン」は低価格帯万年筆なので、もちろんニブも安価な鉄ペン。だが、形状を曲線ではなく直線的な五角形絞りで作ることで、ステンレスなのに金ペンに近い柔らかさを持たせているのだ。

実際に書いてみた感覚としても、あきらかに5000円台のものより1ランク以上高い書き味だと思う。ぶっちゃけ、お買い得。ちなみにペン先の太さは細字と中字があるが、初心者は汎用性の高い(ボールペンでいうと0.5㎜径に近い)細字にしておくのが無難だ。

意味もなくただ字を書いているだけでなんとなく楽しい、というのが万年筆の面白さ。

また、キャップには、プラチナ万年筆独自のスリップシール機構が搭載されている。これはキャップ内部を二重構造にして密閉性をアップさせることで、インクの乾燥を防ぐというもの。なにせ万年筆は放置しておくと、わりとすぐにインクが乾いて筆記不能(ドライアップ)になってしまう。こまめに使ってインクを流せばこれは防げるのだが、万年筆に慣れないうちはどうしても使用間隔が空きがちになるため、ドライアップ→洗浄作業が必要→面倒くさい→使わなくなる、というコースが定番なのである。

ところがスリップシール機構内蔵キャップは、なんと1年はインクが乾かないという優れた性能を持つため、多少のブランクも問題なし。これも万年筆ビギナーには嬉しい機能なのだ。

もちろん、まったく初めてのジャンルにいきなり5000円+αを投資するというのは、ちょっと度胸が必要だろう。でも、“最初の1本”に良いモノを選んでおけば、後に続く奥深い楽しさ(ハマると怖い「沼」とも言うが)への道がグッと近くなるのも間違いない。なにより、今年1年頑張った自分へのご褒美としてなら、まぁ許容範囲の額じゃないだろうか。

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