「当事者意識」が動かすアメリカ『真面目にマリファナ』佐久間さん・後編

ニューヨーク在住の文筆家・佐久間裕美子さん(撮影・齋藤大輔)
ニューヨーク在住の文筆家・佐久間裕美子さん(撮影・齋藤大輔)

真面目にマリファナの話をしよう』(文藝春秋)が、各メディアでとりあげられるなど話題の佐久間裕美子さん。通信社勤務を経て、フリーランスライターとして独立、20年以上にわたり、ニューヨークと日本を行き来しながら執筆活動を続けてきました。そんな佐久間さんにアメリカと日本における社会システムやメディアの差、そしてニューヨークで生きることについて話を聞きました。

【インタビュー前編】留学してフリーランスに『真面目にマリファナ』本の著者に聞く

日本は政治に対する無力感が強い

――最新刊『真面目にマリファナの話をしよう』には、ルールを無条件に受け入れるのではなく、真実を探り、法律を変えてきた 人々の姿を描いています。日本にはない現象だと感じましたが、その差についてはどう思われますか?

佐久間:アメリカは、そもそも宗主国への反抗としてできた国なので、お上が絶対ではなく、法律は市民のために存在するものだという発想が根付いているんだと思いますね。

――トランプ政権に対するアメリカ国民の反応は?

佐久間:トランプ大統領が選出されたのは、二大政党制の歪みに運命のいたずらが重なったからだと思っています。一方で、第2次世界大戦以降、アメリカが積極的に受け入れてきた移民に対して、この数10年間、製造業が衰退し、雇用が不安定になったことによる鬱屈が非都市部で溜まっていました。トランプ大統領はそれを上手に利用したのではないでしょうか。

――なるほど。

佐久間: トランプ政権は、積極的な規制緩和を進め、減税も含めて企業寄りの政策を推し進めています。保守主義のベビーブーマーたちと、環境問題を憂い、ダイバーシティやフェミニズム志向の強いミレニアル世代以下の若い層との間で、世代間衝突が起きています。若い世代の当事者意識がムーブメントを推し進めていますが、政権が変わると生活に与える影響が大きいために、当事者意識が強い面があると思います。

一方、日本は、政治に対する無力感が強いですね。若い人たちはベビーブーマーなどに比べて数で負けてしまっている。収入水準の下落、消費税や生活コスト、社会福祉コストの上昇も、ジワジワと起きている分、運動が長続きしづらい。最近、声を上げる人が増えていることには勇気を得ているのですが。

――確かに。

佐久間:アメリカは、日本に比べ、いつの時代も個人の権利が重く考えられています。例えば、本のテーマになったマリファナをめぐる規制の緩和も、リベラルの抵抗勢力と、個人の権利を尊重するリバタリアニズムがくっついたことで、合法化がマジョリティを形成することができたのだと思います。日本の国民は、もう少し政府に対して権利意識を持ってもいいのではないかと。

方法は変わっても「情報に対する欲求は変わらない」

――アメリカのメディアの状況についてお聞かせください。

佐久間:インターネットが登場し、情報に値段が付きづらくなったこと、デジタルの広告費が暴落したことなどから、アメリカでもメディアは何度も危機的状況に瀕してきました。けれど今、情報の発信の仕方が多様化したことで、各メディアもクリエイティブに新しい課金の方法に挑戦しています。証明されたのは、方法が変わるだけで、情報を取得したいという欲求は変わらないということだと思います。

伝え方は変わっても伝える行為はなくならないと語る佐久間さん(撮影・齋藤大輔)

――アメリカでは新しい伝え方が普及しているのでしょうか?

佐久間:例えば8年ほど前にペイウォールを採用してデジタル・コンテンツを有料化した『ニューヨーク・タイムズ』は、紙だけ、紙とデジタルのハイブリッド、デジタルのみと複数の購読のパターンを提供しながら、紙だけで展開するスペシャル・コンテンツを充実させたり、デジタル版では映像や音を取り入れ、デジタルでなければできないことを実現しています。

――伝え方の進化が上手くいっているんですね。

佐久間:ここまで来るのに何年もかかったようですが、購買者の数を増やすことには成功しています。PV(ページビュー)を上げて広告主を募るというWeb広告モデルの限界が見えて、課金モデルの未来が模索される過渡期にあるのだと思います。

選択肢が複数あるときは良い点、悪い点を書き出してみる

――『ピンヒールははかない』(幻冬舎)、『My Little New York Times』(NUMABOOKS)では、ひとりで生きている人たち同士の連帯が描かれます。

佐久間:今、アメリカの社会はシングル人口が増える一方なんです。特にニューヨークにいると、他の土地からやってくる人もいるし、みんなくっついたり離れたりしているので、自然とコミュニティの互助システムが存在しやすいのかもしれません。

いつも街のどこかで、映画や音楽といった共通の趣味を持つ人たちが集まるイベントが開催されている。シングルにとって暮らしやすい街でもある気がします。

NYの自宅近くにはひとりでふらりと立ち寄れるバーがあるという(撮影・齋藤大輔)

――属性ではなく純粋な好みによって受け皿できるのがいいですね。

佐久間:自分は愛国心や愛校心といった「属性」にずっと懐疑的に生きて来ました。「学校や会社が一緒だから仲良くする」ことに絆を感じられなかった。だからこそ、しがらみ以外の理由で起きる選択的な人とのつながりがありがたく思えるのだと思います。

――選択的な人とのつながり方がニューヨークは可能だと思いますか?

佐久間:はい。ニューヨークは人との距離が近く、狭いところに多種多様な人たちがギューッと人が集まっているからこそ、それぞれの選択を尊重する個人主義が不可欠になのだとも思います。

個人主義というと冷たいイメージがありますが、干渉はされないけれども困った時には助けてくれるという優しい距離感が心地いいですね。私が暮らすのは、8世帯しかない低層のアパートですが、大怪我をしたときに、ご近所さんの温かみを知りました。「何か食料品を買って欲しいものがあったら言ってね」とドアにメモが貼ってあったり、助け合いの精神はあるけれども押しつけがましくない。

――しがらみから逃れられない人に向かってメッセージはありますか?

佐久間:しがらみという言葉が、自分にまとわりついて自由から束縛するものだという意味でいると、そのなかにいたままで過ごすのと、そこから抜け出るのとどちらが苦しいかですよね。

私にとっては、自由というものが一番大切なものですが、しがらみを減らそうと思うと、よくも悪くも自分で決めなければいけないことが増える。自分にとってちょうどいい量の自由や安定を探すしかないと思います。

――迷った時に実践していることはありますか?

佐久間:選択する道が目の前に複数あるときは、それぞれの良いことと悪いことを書き出します。そうすると、自分にできるのはどちらかがわかりやすくなる。自分にできることを見極めて自分を大切にすること。それが幸せに生きるために必要なことなのではなのではないでしょうか。

自分の心と体の声に耳を傾けることが大切と語る佐久間さん(撮影・齋藤大輔)

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