「孤独の時間」が自分を作った 「すべて忘れてしまう」作家・燃え殻さん

テレビ美術制作会社勤務の傍ら執筆をする燃え殻さん(撮影・斎藤大輔)

テレビの美術制作会社に勤務しながら、執筆活動を続ける燃え殻さん。ツイッターのつぶやきが「詩的だ」と評判になったことがきっかけで『ボクたちはみんな大人になれなかった』(新潮社)で2017年に小説家デビューしました。

1990年代を描いたこの作品は「切ない」「泣ける」という感想が続出し、あっという間にベストセラーに。今やツイッターのフォロワー数は23万人を超え、雑誌で3本の連載を抱えるほどになった燃え殻さんにお話を聞きました。

(この記事は、2020年1月20日に旧DANROで公開されました。記事内の情報は当時のものです。新しいDANROへの移行についてはこちらをご覧ください)

フェイスブックで見かけた昔の彼女

――ツイッターのつぶやきがきっかけで作家になりましたね。

燃え殻:ツイッターをやり始めたのは取引先からの提案からでした。テレビのフリップ、CGなどを作る美術の会社に勤めていますが、一般企業からの受注が欲しいと思って、飛び込みで営業していたんです。その中で、ゲーム雑誌を作っていた会社から、まだサービスが始まったばかりのツイッターでやりとりしようと言われて。

ツイッターのフォロワーは静かな人たちという(撮影・斎藤大輔)

――デビュー作『ボクたちはみんな大人になれなかった』は、雑誌での連載中から読んでいました。主人公は、今は結婚している、かつての恋人とフェイスブックでつながりますね。

燃え殻:フェイスブックって「この人は知り合い?」が出て来るじゃないですか。かなり深い関係だった人まで。僕は昔の彼女をたまたまみつけましたが、もし連絡していたらどうなっていただろうか、と考えたのがあの小説の元のアイデアでした。

――実話なんですね。

燃え殻:設定だけですが。

フェイスブックの彼女のアイコンが、夫婦でおそろいのジャージーでストレッチをやってる写真だったんですよ。

サブカルが好きで、この世にEGO-WRAPPIN’がいることを僕に初めて教えてくれた彼女のアイコンが、です。小沢健二、横尾忠則、大友克洋ももちろん彼女から。寺山修司と山田太一の往復書簡も貸してくれました。24歳の時に僕が初めて付き合った人です。それがおそろいのジャージーで夫婦でストレッチだった。

――ショックですね。

燃え殻:ショックというか、ダサくても大丈夫になった頑丈な幸せを手に入れた彼女が眩しかったです。

彼女のフェイスブックを開けてみたら「東京マラソンに参加するぞ!」と書いてあって。「六本木ヒルズに来たら、ライブやってました!」という書き込みもあったのですが、そのライブはEGO-WRAPPINだったんですよ。あの頃の彼女だったら「EGO-WRAPPIN’のライブやってる」って書いていたと思います。

お子さんもいて。「私の幸せはこれだったよ」と言われた気がしたんです。完全にレイヤーが違う世界に行っていました。

信用を少しずつ積み重ねて

同じ映画、同じ喫茶店。安心できるものが好きと語る(撮影・斎藤大輔)

――アルバイトでテレビの美術制作の会社に入って、そのまま社員になって現在がありますね。この仕事でやっていけると思った瞬間はあったのでしょうか?

燃え殻:ないです。物を書くことを含めてやっていけると思ったことがないです。今の会社を辞めて何とかなると今まで思ったことも、もちろんありません。今の会社は3人でスタートしましたが、最初の頃は不安定で、会社を潰さないということが僕の人生で一番大事なことでした。だから飛び込み営業でも、徹夜でも、なんでもしました。

――3人だった会社も今は大きいですよね。

燃え殻:100人ぐらいです。ただ、20年ぐらい働いているのに来月潰れるんじゃないかと思いながら働いてます。

怖がりなんですよ。今は原稿を書いていますが、編集の人に原稿を送信する時が一番怖いです。「今回もよく分からないものができました」とメールに書いてしまいます。

――ところで、美術の仕事が執筆に役立ったことはありますか?

燃え殻:美術の仕事は納期がすべてです。それさえ守れば、クオリティーで文句を言われることはほぼないです。だから納期至上主義になっていて、原稿の納期だけは守ります。

――では、執筆が美術の仕事に役立ったことはありますか?

燃え殻:書く仕事をしたことによって、普段は会えない人たちに会うということができてうれしいですね。いろんな人たちがいる、いろんな価値観の人がいると知った上で、美術の仕事をすると、仕事の心持ちが違います。「これでいいんだ」と思っていたことが「いや、もう少し粘ってみよう、相手を慮(おもんぱか)ろう」と、教わった気がします。

すぐに戻れるよう会社の仕事と執筆のスイッチは同じ(撮影・斎藤大輔)

――執筆の仕事についてはどのようにお感じになっていますか?

燃え殻:偶然、書く機会を頂いたので、自分ができる範囲のことはどうにか応えたいと思ってます。発注があったらできるだけトライして、なんとか期待に応えるように頑張る。その先に「今したいことはありませんか?」と、ご褒美みたいな話があったりします。その積み重ねです。

――なるほど。

燃え殻:発注が来たら、できるだけ期待に応えられる自分でいる。発注がなかったら、今はそういう時期だと納得する。そのくらいでやっています。

話があれば、相手の求めていることをまず聞きます。そうすると「これはこういう趣旨でお願いしました」という企画の意図が返ってきます。それにはできるだけ応えたいです。受注産業だったんで、ずっと。プレゼンの結果はうまい下手ではなく、その機会が組まれる前の人間関係の出来栄えで決まるんじゃないかと思っているんです。

出会うはずがない2人の連作

インターネットは属性関係なしに人がつながる場所(撮影・斎藤大輔)

――週刊『SPA!』(扶桑社)の連載「すべて忘れてしまうから」は、細かな出来事を丁寧に書いていますが、日々の出来事を書き留めているのでしょうか?

燃え殻:何も書いていません。タイトル通り、基本的にはすべて忘れてしまいます。だから、完全に忘れる前に記憶をたどって書いているのかもしれません。

原稿を書く日に机に向かうと、昨日のことはもちろん、いきなり昔のことをドーッと思い出すこともあります。小学校の時の友達と話していて「前のあの時さー」と言って話し始めたことが、小学生の時のことだったことがあって。そのいい加減な引き出しをあの連載では大切にしている気がします。

――『Numéro Tokyo』(扶桑社)の連載「そう、生きるしかなかった」は、離婚歴のある30代の女性と10代の男子高校生が、出会い系サイトでヴィンセント・ギャロのアイコンをきっかけに出会います。

燃え殻:2人の連作なのですが、(連作相手の)LiLyさんと僕の出会いがそうでした。何の接点もなかったのですが、実際に会って話をした時、好きな映画の話になって、僕が「ヴィンセント・ギャロが好き」と言ったんですね。そうしたらLiLyさんが「私も好き」と話し始めて。

LiLyさんは当時つくば市に住んでいたらしいのですが、初めて付き合った彼氏とセックスして「やった!」と思った勢いで、そのまま渋谷のシネマライズに行って、ヴィンセント・ギャロの『バッファロー’66』を見たんです。僕もその時、シネマライズで『バッファロー’66』を見てたんですね。ただ、僕は童貞で「ギャロは俺だー」と思って見てたんですよ。LiLyさんが彼氏とラブラブで「ギャロ、Yes!」と思っていた時に、僕は悶々(もんもん)としていました(笑)。

かつて古本屋街で集めた雑誌が小説執筆に役立った(撮影・斎藤大輔)

――そうだったんですね。

燃え殻:それぐらい同じ映画を見た当時の状況は違うのですが、20年以上経って「わかる!」となったんですよ。それは連載の2人と同じ関係なんですね。

属性の全く違う2人が出会って、属性とは関係のない何かでつながる。全く違う人生を生きながら、好きな映画一つで通じてしまう。僕とLiLyさんは、全く違う人生のまま出会って、好きな映画で意気投合しました。それがそのまま連載になった感じです。苦戦中ですが。

熱中する時はみんなひとり

――燃え殻さんにとって「ひとり」って何ですか?

燃え殻:僕はひとりでいる時間が長かったです。「ひとりで本を読んでいる時に話している人はいない」と誰かが書いていました。だから、読書をしている時間は孤独なんだと。

人が周りにいなくて友達少なかったので、よく深夜ラジオを聴いていました。そういう時に、あれがもっとこうだったらいいな、と考えたりしていて。

――わかります。

燃え殻:孤独の時間が今の自分を全て作っています。仕事では期待に応えたい、慮りたい。でも、その耐性を作る時間はひとりなんだと思ってます。耳を塞いで取り組む時間が必要なんです。

熱中する時、面白いものに向き合っている時はみんなひとりなんですよ。気が付いたらひとりだった、というぐらいに熱中できることをみつけるのは大切なことだと思います。

ひとりの時間が今の自分を作ったと語る燃え殻さん(撮影・斎藤大輔)

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熊野雅恵 (くまの・まさえ)

ライター、クリエイターズサポート行政書士法務事務所 代表行政書士。自主映画の宣伝や書籍の企画にも関わっています。最近は、ひとりで映画を観に行って帰り道に散歩するのが好き。

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