「孤独死するのはいい人か優しい人」ノンフィクション作家・菅野久美子さん(前編)
築30年は下らない老朽化したアパートの、いわゆるゴミ屋敷のような6畳一間の部屋。そこで50代の男性は、脱ぎ捨てたおむつや段ボール箱、散乱するお菓子の空袋に埋もれるようにして亡くなっていた。私が初めて取材で入った特殊清掃の現場だった。
畳の上にはベッチャリとした繊維質の黒い塊があって、それが頭皮ごと剥がれ落ちた髪の束であることにすく気付いた。当然遺体本体はそこにはないが、警察が遺していった男性の「落とし物」に、思わずぞくりとさせられたーー
菅野久美子さんの著書『孤独死大国 予備軍100万人のリアル』(双葉社)の一節です。ノンフィクション作家の菅野さんは孤独死の現場に寄り添い、リアルなレポートを発信し続けています。
孤独死を「死後2日以上経って第三者に発見されること」と定義すると、孤独死する人は年間3万人いるとみられます(ニッセイ基礎研究所の調査)。それを元にした菅野さんの試算によると、孤独死の予備軍は1000万人もいるといいます。未婚率の上昇が原因の一つと言われていますが、核家族化の影響で、子どもがいる人も孤独死するケースが増えています。
今、日本社会で何が起きているのでしょうか。2015年から取材を続け、『超孤独死社会 特殊清掃の現場をたどる』(毎日新聞出版)や『家族遺棄社会』(角川新書)などの著書を発表し、Webメディアや雑誌でも孤独死の実態レポートしている菅野さんにお話を聞きました。
日本社会が壊れ始めた
――菅野さんが「孤独死」というテーマに出会ったきっかけは、どのようなものだったのでしょうか。
菅野久美子さん(以下、菅野):知り合いのカメラマンさんの紹介で、「事故物件」のサイト運営で有名な大島てるさんのイベントに行ったのがきっかけです。イベントでは、若い女の子たちが多く、スクリーンに事故物件が映されるとキャーキャー言いながらも、しっかり画面に見入っているのが印象的でした。実際の事故物件はどんな感じだろうと思ったことがきっかけです。
大島さんの飄々とした人柄にも惹かれました。それで大島さんと話すようになり、一緒に本を出すことが決まり、事故物件を紹介してもらって、取材をするようになりました。大島さんの紹介で、事故物件を清掃する「特殊清掃」の人たちや事故物件専門の不動産屋さんともつながるようになって、孤独死の現場に入ることが多くなったんですね。
「事故物件」と聞くと、心霊現象など怖かったり、おどろおどろしいものをイメージしていたのですが、実際の現場では、それを感じることはありませんでした。
それよりも、事故物件のほとんどが孤独死で、失業などをきっかけにひきこもったり、孤立した現役世代が多いということがわかりました。そしてそんな人たちは、生前にごみ屋敷だったり、エアコンがついてなかったり、とてつもなく過酷な部屋の環境で孤立した中で、それまで生きていたということを知ったんです。誰も注目してないけれど、とんでもないことが起きていると思いました。日本の社会は確実に壊れ始めていると。
ライターとして7、8年ぐらい活動していたころでした。先に出会ったテーマが事故物件で、その先に「孤独死」がありました。
中間層に孤独死が増加
――菅野さんの本によると、孤独死しやすいのは「いい人もしくは優しい人」ということですね。
菅野:取材を通じて感じたのは、とてもまじめな人が多く、だからなおさら、自分が窮地に陥っても人を頼れないと感じていたのではないだろうか、ということです。
そういう人は、仕事などのコミュニティーから一度撤退させられてしまうと、自分で何とかしようとする。心身が苦しくなっても、人に助けを求められないし、求めてもいいという発想がありません。
コミュニケーションが上手で人間関係が豊かな人であれば、そもそも孤独死しなかったり、仮にひとり暮らしで家で亡くなったとしても、早く見つけてもらえるケースが多い。
一方、経済的に豊かな人でも、孤独死することがあります。なかには、預貯金が数千万円を超えている人もいました。最近の傾向として挙げられるのは、中間層の孤独死の増加ですね。
――『孤独死大国』には、新築の3LDKのマンションに住んで、猫を飼っていた人も登場しましたね。
菅野:その人は半年以上たって発見されましたが、水道局から支払いの督促状が3通も来ていました。それでも誰も気が付かなかったんです。ペットもその男性の亡き後に共倒れで、苦痛の中で亡くなったと考えられます。
孤独死する人の中には、現役世代の若い人も多くいます。自分自身のケアができなくなるセルフネグレクト(自己放任)状態になって自宅がゴミ屋敷化して、そのなかで自宅にひきこもることによって、体に負担が掛かり、亡くなるケースもあります。人との関わりを断ちたかったのか、部屋中に目張りをしていた物件もよくあります。
高度経済成長期に建てられた団地などに住んでいる人も、高齢になるとひとりになりがちです。かつては、住民ネットワークがあっても、仲の良かった近隣住民が引っ越してしまったり、マンションにエレベーターがないと外に出にくなり、足腰が弱ってしまうといったような住宅事情もあります。
――ほかにも「地元の国立大学を卒業したあと、流暢な英語を活かして東京で働いていた」というように、孤独死のイメージからはほど遠い人もいるようですね。
菅野:その人の場合は父親が厳しい人で、教育虐待も絡んでいます。パワハラをきっかけに会社を退職してから、誰にも助けを求められなくなってしまったんです。大学時代は地元で塾講師をして、教え子の女の子にキャーキャー言われていたような人なのですが。
妹さんに話を聞いたのですが、20年ぶりにお兄さんに会ったときびっくりしたそうです。見た目も歯もボロボロで、すえた匂いがしていた。会社を辞めたあとの15年間、退職金と貯金で暮らしていたんですね。
妹さんは関西に住んでいて、時折連絡は取っていましたが会っていなかったので、実際の様子がわかりませんでした。そんな兄の実情を知ってなんとか生活を立て直そうとしていた矢先、ゴミ屋敷でエアコンも使用できない中、真夏の猛暑にやられて亡くなってしまいました。発見されたときは目玉が溶けていたそうです。
現役世代が危ない
――部屋の中がゴミ屋敷になっていた病院勤務の方もいたそうですね。普通に仕事をしていても、周囲からはセルフネグレクトなのかどうか、わからないということでしょうか。
菅野:特に現役世代のセルフネグレクトは可視化されにくいんです。仕事が忙しすぎることも原因なのですが、普段そういう素振りは見せなかったり、身ぎれいにしていたりする。失業などをきっかけにして一気に周囲の人間関係から孤立し、身を持ち崩すというケースもあります。
実は、高齢者は民生委員などによる見守りの体制ができているので、意外と孤独死しにくいんです。一方、現役世代の人は放置されがちです。現役世代で、賃貸住宅でひとり暮らしをしている人は、コミュニティーからドロップアウトして孤立してしまうリスクがあります。
地域の「見守りリスト」の対象は高齢者が多いので、現役世代はなかなか見守りの対象にはなりません。また、郵便ポストから新聞があふれかえっていればおかしいと気が付くので、新聞販売店と自治体が提携している地域もあるのですが、今の若い人は新聞も取りません。
ほとんどの人たちがどういう状態で暮らしているのか、外からわからないようになってきています。
いわゆる勤め人が会社に来ていないことがわかったとしても、上司がわざわざ自宅まで訪ねにくるというのは現代社会では考えにくいです。正社員ならまだしも、派遣やアルバイトなら、そこまでしないのではないでしょうか。特に今は、コロナ禍ということもありますから。
孤独死は、「孤立死」と言われます。例えば、精神疾患の女性が親とふたりで暮らしていた場合、親が亡くなると、しばらくしてその女性もひとりで亡くなるという共倒れのケースがよくあります。一家が地域から孤立している場合、家族で支え合っているうちはまだ何とか生活できるのですが、誰かが亡くなるとしわ寄せが弱者にきて、残された人が孤立死してしまうという感じです。
体液が階下まで漏れる
――「孤独死」で発見まで時間がかかると、部屋は大変な状態になりますよね。特殊清掃の人たちが掃除するとリカバリーできるのでしょうか。
菅野:ニッセイ基礎研究所の定義では、孤独死は「死後2日以上経った人」です。季節や環境によっても違うのですが、一般的に2日以上経って発見されると、多くの場合、遺体は腐敗が始まり、異臭がしてきます。
腕のいい業者さんだと部屋を元通りにできますが、そうでない場合もあります。遺体から体液が流れ出して、床の下まで行っている場合、最初の段階で建材を切らないと夏場に匂いが立ち上ります。業者に大金を払って修繕したけど、匂いが出てきたので、また別の業者に依頼し直したというケースも多いです。
体液が階下にまで漏れてきた段階で気が付くようなケースだと、かなり大掛かりな修繕になります。最悪の場合、階下の部屋の人に一時的に別の場所に住んでもらって直します。もちろん、周囲の住人が匂いに耐え切れず引っ越すケースもあります。下から上ってきた匂いが横の階に広がる場合もある。そうすると、建物全体がやられてしまいます。
――現在は年間3万人が孤独死していて、1000万人が孤独死予備軍ということです。この数字は今後、増えていくのでしょうか?
菅野:これは2014年の数字なので、実際はもっと多いと思います。私は2015年から取材していますが、今は若い人が多くなってきたという印象です。特に40代、50代ですね。
80代の両親が50代のひきこもりの子どもの面倒を見る「8050」問題が注目されていますが、孤独死とひきこもりとの関連性も深く、実際はその手前に40代、50代の孤独死の問題がある印象です。長期間ひきこもりだったというよりは、かつて働いていた人が、病気や失業など何らかのきっかけでひきこもるようになり、社会から孤立し、孤独死してしまうようです。
また最近の問題として、コロナと孤独死の関係があります。これについては、まだ顕在化しているとは感じていませんが、次の入居者の不安を煽らないために、たとえ在宅でコロナで亡くなったとしても、その事実を隠している大家さんも多いようです。
「地域」に頼らないコミュニティーを
――今年5月、内閣府が孤独死の実態について、菅野さんにヒアリングしたとのことでしたね。
菅野:はい。孤独・孤立対策担当大臣が設置されたので、私もヒアリングを受けました。孤独死は「貧困」や「高齢者」だけの問題にされがちです。
もちろん、貧困や高齢者との関連性も少なくはありません。でも、実際には預貯金が数千万円以上ある人も孤独死していたり、持ち家や分譲マンションなどでも孤独死は起こっています。
孤独死そのものが悪ということではありません。家の中で一人で亡くなるのは、誰にでも起こりうることだからです。
ただ、孤独死して、長期間遺体が見つからないことの裏には、日本社会を覆う社会的孤立の問題が横たわっています。そこには、個々人の問題として片づけられない社会背景があります。なので、内閣府には「死」の側面からも、日本の孤立・孤独についてフラットに調査してほしいと伝えました。
――読書会に参加することで、孤独から抜け出せたという40代の男性がいたということですね。
菅野:人と人とをつなぐのは色々な縁がありますが、現役世代は仕事の縁、職縁が切れると一気に孤立しがちです。そういった意味でも、仕事以外の趣味での縁を持つのは良いと思います。
行政は「地域のつながり」に期待していますが、例えば都心に通うサラリーマンの場合だと、主軸となる仕事の人間関係は地域ではないので、地域はただの寝る場所と化していて、そこでの人間関係に結びつくことはほとんどないのが現状ではないでしょうか。
そのため地域のコミュニティーが持続するのは、とても難しくなっています。
地縁や職縁だけに頼らず、自分が所属していて心地の良いコミュニティーを意識的に自ら模索することも大切だと思います。
――孤独死の取材は過酷だと思うのですが、菅野さんが「孤独死」を追い続ける理由は何なのでしょうか。
菅野:「孤独死する人たちは自分と似ている」と思ったからです。私は中学生のころ、いじめがきっかけで2年間ひきこもりの生活を送ったのですが、孤独死の部屋を見たとき、何らかの理由で「生き辛さを抱えていた人」が多いということを知りました。
ある40代の男性は、20年以上ひきこもった後、一軒家で孤独死していました。母の亡き後、その生活を支えていたのは、叔母でした。男性の母親は息子のためにわずかな遺産を自分の妹に託していましたが、部屋は荒れ果て、コンビニの弁当が散乱し、洗面台とトイレにはカビやヘドロがこびりついていました。男性は、そんな生活を続けながらも、いつか叔母からの仕送りが止まるかもしれないという不安におびえていたのではないでしょうか。
昨今、こういったひきこもり状態の人が親亡き後に孤独死するケースによく遭遇します。
大島てるさんの紹介で、孤独死の現場に行ったとき、忘れかけていた「ひきこもり時代の感情」が鮮明に蘇りました。ここで亡くなった人たちは、かつての自分と同じような生きづらさを抱えていたかもしれないと。
もちろん、人間関係は良好で、たまたま遺体が早く発見されなかったケースもあります。しかし孤独死の取材をしていると、そういうのはとてもまれなケースでした。
*インタビューの後編では、「孤独死」の先にある「家族遺棄」について聞くとともに、ひきこもりの経験者である菅野さんがどのようにしてそこから抜け出せたのかについて尋ねます。