座布団の上には自由がある。「社会人落語」で深まる40代のひとり時間

最後に「自由」を感じたのは、いつだろうか。そうだ、高座の上で頭を下げた瞬間に拍手の音を聞いたときだ。
寄席には、落語家のために一段高く設けられた舞台がある。高座と呼ばれるその場所に、私は着物姿で上がり、扇子1本と手ぬぐい1枚だけを持って座布団に座る。スポットライトが当たる中、たったひとりで観客に向き合うと、そこには日常と切り離された独特の空気が流れている。
そんな高座に上がる私だが、プロの落語家ではない。普段はフリーライターとして沖縄を拠点に活動している。
フリーライターの日常は非常にシンプルだ。パソコンの前に座り、クライアントの想いを言葉として綴っていく。このような生活は嫌いではない。ただ、40代という年齢のせいだろうか。責任や立場といった社会的な役割が増えるにつれ、「自分以外の何か」になることを強いられている気がしてならない。
そんな私が出会ったのが「社会人落語家」という未知の世界だった。
深呼吸をしながら座布団の上でゆっくりと頭を上げると、私は仕事や人間関係のしがらみから解放され、まったく別の誰かになる。
落語は「観る」と「やる」では、まるで違う世界
中学生の頃から、落語を聞いたり観たりするのが大好きだった。CDやDVDを買っては、名人の芸に笑い、感心する。それだけで十分だった。
転機が訪れたのは40代のある日。地元で開催された社会人落語家のイベントを手伝ったときだ。
社会人落語家とは、普段は会社員や自営業などの本業を持ちながら、趣味として落語を演じるアマチュアの落語家のこと。いわば二足の草鞋を履く存在だ。
「一緒に落語やりませんか?」
この一言に落語好きの心が動いた。実際に高座に上がると、座布団の上から見えたのは、思い描いていたのとはまるで違う景色だった。
ご隠居さんに八っつぁん、熊さん、子どもはもちろん、女性、時には幽霊や動物まで、声色や仕草を変えて瞬時に演じ分ける。高座には自分ひとりしかいないのに、噺が進むにつれて、頭の中にはにぎやかな長屋の風景や、活気ある江戸の町並みが広がっていく。
たったひとりで登場人物すべてを演じ分ける落語は、非常にクリエイティブな「ひとり遊び」だ。
「ひとりなのに、にぎやか」
この不思議な感覚は、他の趣味では味わえない。
そして、高座には助けてくれる仲間はいない。台詞を忘れても、噺の筋道を間違えても、自分でなんとかしなくてはいけない。
以前、緊張のあまり噺の重要な伏線を飛ばしてしまったことがある。終盤になって「あれを言っていない!」と気づき、血の気が引いた。だがもう後戻りはできない。話の流れを強引にねじ曲げて伏線を回収し、なんとかオチまで演じ切った。
今では笑い話だが、高座を降りた私の背中は冷や汗でびっしょりだった。
落語には日常では味わえない緊張感がある。それでも笑いが起き、無事に話し終えた瞬間の達成感は格別だ。

空気を読まない世界に飛び込む楽しさ
私たちは会社や組織に所属しながら、その都度いくつもの役を演じている。上司の前では「従順」な人物、部下の前では「頼れる」人物、取引先では「誠実」な人物——。空気を読み、感情を抑えるのが“大人の振る舞い”になっていく。
40代は「サンドイッチ世代」とも呼ばれる。会社では上司と部下に挟まれ、家庭では親と子の間に立つ。誰かのために動く時間ばかりが増え、「自分のための時間」がいつの間にか消えていく。
しかし、落語の世界は違う。高座の上には上司や部下もいない。登場人物は空気も読まないし、場をわきまえもしない。
八っつぁんになれば、失敗を笑い飛ばせるし、現実世界では決して許されないような言動も許される。登場人物に「変身」した瞬間、しがらみからふっと自由になれる。道具は扇子と手ぬぐいだけ。座布団の上で思いきり遊べるこの時間が、明日を動かす活力になっている。
座布団の上では、誰でも自由になれる。その自由に惹かれて、私は社会人落語家になった。座布団の上で見つけた自由は、日常に戻っても、どこかで私を支えている。
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