「ひとりの時間がないと生きていけない」ニューヨークで「RAKUGO」を広める落語家

ニューヨーク在住の落語家・柳家東三楼さん

 

「毎朝、自分会議を開くんです」 

ニューヨークで「RAKUGO」を広めるために奮闘する落語家、柳家東三楼さん(44)はそう話します。

自分会議とはなんでしょう?

「iPadを開いて、柳家東三楼とは何かを書くんです」

自分と向き合い、自分と会話するから「自分会議」というわけです。

誰にも邪魔されずに、ひとりで「自分とは何者なのか」を考えている時間が好きだという東三楼さん。

「本名の稲葉昭義じゃないんですよ。芸人としての自分に興味があるということなのかなあ。自分が大事だと思うことを書く」

好きな仕事をして、好きな場所に住む幸せ

ある日は「柳家東三楼とは」に続けて、こう書きました。

・落語をする人(言葉で表現する人)

・英語を使って生活している人(目標)

・経営者としてやっていく人(最近会社を設立)

・ジョギング(筋トレ)する人

自分会議を開く目的は、“かっこいい”柳家東三楼像を作り上げ、限りなく自分をそれに近づけていくことです。ひとりでいる時でも、素の自分に戻らず、24時間「柳家東三楼」でいるのが理想。

リストに「英語を使って生活する人」とあるのは、2019年の夏に仕事と生活の拠点をニューヨークに移し、「RAKUGO」を広めるために活動しているから。

(撮影・遠藤長光さん)

「いい感じじゃないですかね。自分がしたい仕事、落語をして飯が食えて、好きな街に住んでられるって、これほど幸せなことはないなと思ってます」

ちなみに東三楼さんにとっての“かっこよさ”とは、有言実行、目標に向かって諦めないで行動していくことです。

「『ニューヨークに行く』と言ったら、ちゃんと行って、そこに住むとか。柳家東三楼としてそれがいいんじゃないか、と思うことをちゃんと実行していく」

「ニューヨークに住むんだな」という直感が湧いた 

日本では英語学校のCMの仕事をしていたこともあって、以前から英語を勉強していた東三楼さん。シャレで友達に「ニューヨークで落語をやってみたい」と言ったところ、それがSNSなどで拡散。ニューヨークやトロントからオファーが舞い込み、トントン拍子で2018年に18公演を行うことになりました。

「それからは落語を英語に翻訳したり、台本を現代のアメリカに翻案したり、ネタを作って覚えたり。大変でした」

ひょんなことからスタートした英語落語の公演でしたが、「THE ZOO(動物園)」のネタができた頃にはニューヨークに住むことを真剣に考えていました。

「マンハッタンにある紀伊国屋を出てふと空を見上げた時、『ああ、俺はここに住むんだな』という直感が湧いたんです」

こういう直感は人生で2度目。1度目は三代目柳家権太楼師匠に入門しようと決めた時でした。

ニューヨークに住むと決意してからは、持ち前の行動力を発揮してビザを申請。2019年の夏にビザを取得し、その1ヶ月後にニューヨークでの生活をスタートさせると、さっそく英語落語公演で全米各地をまわりました。

コロナで仕事の予定が全てキャンセルに

ところが、想定外だったのがコロナのパンデミック。

「2020年の3、4月ごろから仕事が入ってくるようになって、これなら食っていけるぞと思った矢先に、仕事が全部消えたんで。あんときが一番きつかったですね」

気を取り直し、キャンセルになった公演はオンラインに切り替えて行うようにして、ニューヨークでの生活も徐々に軌道に乗り始めました。

「反響?すごくウケてるんですよ。所作はアメリカ風にオーバーアクションにしていますが、お客さんは物語を理解して、ここは笑うところだというポイントで笑う」

(撮影・遠藤長光さん)

日本人と笑いのツボは大きく違わないそうです。ただ、アメリカ人のほうが自分の感覚に素直で、よく笑うのだとか。

「日本人は笑うまでが長い。周りを見て笑っていいのかどうか確かめてから笑う、みたいなところがあるんですけど、アメリカ人は面白いと思ったらすぐ笑う。そういうところ、僕は好きですね」

籠の代わりに「ウーバー」を呼ぶ

落語は、日本の江戸時代の生活習慣などをある程度知らないと楽しめないはず。どうやってアメリカ人に理解してもらい、笑いにまでつなげて行くのだろう。筆者には大きな謎でしたが、東三楼さんの答えは明快でした。

「例えば、籠で移動するというとき。籠を説明するのは面倒くさいんで、僕は手ぬぐいをスマホにしてウーバーを呼ぶ。そういうふうに変えていきます。だからネタ選びってすごく大事だし、翻訳というか翻案に近いですね。僕の腕が問われますけど、そのくらいやらないと広がっていかない」

東三楼さんがアメリカでやろうとしているのは、異文化の人たちに日本の古典落語を理解してもらうことではなく、ローマ字の「RAKUGO」を広めることです。では、RAKUGOの定義とは?

「まだ完璧にできていませんけど、日本と同じですよ。ひとりの人が着物を着て座布団に座って、数人を演じながら、右向いて左向いて語る。それがストーリーを持っていて、そこに笑いがあれば・・・」

さらに言えば、着物に固執しなくてもいい。民族衣装を着てやっても、カウボーイの格好でやってもいい。座布団で正座が難しければ椅子に座ってもいい。小道具もセンスと手ぬぐいじゃなくて、ハンカチやバンダナでもいいといいます。

柳家東三楼さんのRAKUGOの演目「THE ZOO」

「落語とRAKOGO」の話を聞いて筆者の頭にふと浮かんできたのは、「寿司とカリフォルニアロール」でした。日本の外に出たら、エッセンスだけを残して、現地で手に入る素材を生かしながら自由に新しいものを作り上げていく…。

これまでにも英語で落語を演じた落語家はいましたが、日本を飛び出してRAKUGOを広めようとした人はいません。そこに東三楼さんの挑戦があります。

「これまで英語で落語をやることがライフスタイルと結びついている人はいなかった。僕は英語を使って生活し、アメリカの生活に密着して作品を作っているんです」

「ひとり」を卒業したい?

師匠に弟子入りした時からずっと、ひとり暮らしを続けてきた東三楼さん。前述したように、毎朝「自分会議」を開き、「英語のレッスン、ジョギング、落語の稽古、読書…」などとTO DOリストを作り、実行しては消していくという計画的な日々を送っています。

「その予定を変更させられるのがすごく嫌なんですよ。パートナーや子供にそれを乱されるのが嫌だなと思って。ひとりでいるのが一番向いてるかなあ。孤独は感じますけど、ひとりの時間が好きで、それがないと生きていけない」

と言うものの、最近は少し心境の変化も出てきたようです。

「もう44なので、今までのやり方に少し飽きているところも。柔軟に対応したいと思うし、自分にそういうことができるかどうか知りたいので、子育てにもすごく興味があるんです」

ということで、婚活を始めた東三楼さん。これまで満喫してきた「ひとり」を卒業する日も近いかもしれません。

柳家東三楼“ZABU”公式サイト

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