シリコンバレーで急増する「クラックト・エンジニア」と孤独な熱狂

YouTubeをなにげなく見ていたら、興味深い動画に出会いました。
タイトルは<なぜ今、シリコンバレーで「1人スタートアップ」が急増しているのか?>。
デジタルガレージの共同創業者兼取締役で、現在は千葉工業大学の学長を務める伊藤穰一(Joi)さんが語るこの動画は、DANROの「ひとりを楽しむ」というコンセプトと共鳴するところがあるように感じられたのです。
「10X」はもう古い? 新人類「クラックト・エンジニア」
かつてシリコンバレーでは、ひとりで10人分の仕事をこなす優秀な技術者を「10X(テンエックス)エンジニア」と呼び、崇め奉っていました。しかし、Joiさんによれば、最近はさらにその上を行く「Cracked Engineer(クラックト・エンジニア)」と呼ばれるニュータイプが出現しているそうです。
この耳慣れない言葉、元ネタは米国のテック系メディア「The Information」の<Forget Vibe Coders: ‘Cracked Engineers’ Are All the Rage in Tech(バイブ・コーダーはもういい──いまテック業界で熱視線を浴びているのは『クラックト・エンジニア』だ)>という記事です。
「Cracked」とは元々、ゲームなどで「めちゃくちゃ上手い」とか「才能がある」といった意味で使われる若者言葉なのですが、ここ最近のシリコンバレーでは、少しニュアンスが違ってきています。
生産性に執着し、長時間労働を厭わず、趣味や社会生活を犠牲にしてでもコードを書き続ける、ある種の「狂気」を帯びた没入者たち。
記事を書いたThe Informationのロケット・ドリュー記者は、背景を説明する動画の中で、クラックト・エンジニアの典型例として「パーティーの最中なのにパソコンを開いてコーディングしている人」を挙げています。
それって、単に空気が読めないだけでは? とツッコミを入れたくなりますが、僕もあることに夢中になると食事も忘れてひたすら没頭することがあるので、気持ちは理解できます。
コミュ障でも勝てる? AIが生む「ひとりスタートアップ」
なぜ今、そんな「ひとり」が注目されているのか。答えはシンプルで、AIの進化です。
Joiさんが解説するように、今やアイデアさえあれば、実際のプログラミングはAIがやってくれる時代です。昔ならチームを組んでやっていたことが、今はひとりで完結できてしまう。
実際、アメリカでは、スタートアップの創業メンバーが「ひとり」である割合は38%にまで急増しているという調査結果があります。

これは、僕のように、ひとりで働くフリーランスや組織に馴染めない人間にとって、朗報かもしれません。
面倒な打ち合わせも、空気を読む必要もない。「あいつ、ちょっと変わってるよね」と後ろ指をさされることもなく、AIという忠実な相棒とひたすら画面に向き合うだけで、急成長企業を作れる可能性があるのですから。
コミュニケーション能力に自信がなくても、あるいは、いわゆる「コミュ障」であっても、熱狂的な集中力さえあれば世界を変えられる。そんな「ひとり活躍社会」の到来を感じさせます。
「誰も止めてくれない」という新たなリスク
しかし、物事には必ず裏表があります。 Joiさん自身、最近はAIプログラミングにハマりすぎて、「ゲームよりも中毒になっている」と告白しています。寝る間を惜しんで没頭し、少し寝不足気味なのだとか,。
ここに「ひとり」の落とし穴があります。
会社にいれば、「そろそろ帰ったら?」と声をかけてくれる同僚もいれば、強制的に電気を消す総務のおじさんもいます。しかし、「ひとりスタートアップ」には、ブレーキを踏んでくれる人がいません。
「Move fast and break things(素早く動き、破壊せよ)」という言葉があります。フェイスブック(現メタ)のマーク・ザッカーバーグCEOが創業初期に掲げていたスローガンです。
ここでの「破壊」の対象は旧態依然としたシステムですが、AI時代のクラックト・エンジニアたちは、自分自身の心身のバランスまで「破壊」しかねない危うさをはらんでいます。交感神経と副交感神経のスイッチが壊れ、永遠にオンのまま暴走してしまう恐れを感じます。
孤独な熱狂に必要なのは「お茶」のようなオフタイム
Joiさんが動画の中で、AIの熱狂とは対照的な「お茶(茶道)」の話をしていたのが印象的でした。
超高速で変化するデジタルな現実の中で正気を保つためには、アナログの世界の落ち着いた「儀式」が必要なのかもしれません。
「ひとりを楽しむ」とは、単に孤独に作業することだけではありません。 ひとりで仕事に没頭できる自由があるからこそ、逆に「いかにひとりでリラックスするか」という技術が、これまで以上に重要になってくるはずです。
コーヒーを飲んで気持ちを落ち着けたり、家の近くをゆっくり散歩してみたり。
僕自身、AIに夢中になっているひとりなので、意識的にオフタイムを取っていかないといけないな、と感じました。
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