才能とは続けられること 『蜜蜂と遠雷』直木賞作家の恩田陸さん(後編)

(撮影・斎藤大輔)
(撮影・斎藤大輔)

10月4日公開の映画『蜜蜂と遠雷』の原作者である恩田陸さんは、会社員との兼業作家生活を経て専業作家の道を選びました。学生時代から「才能」についてずっと考えてきたという恩田さんに、若きピアニストたちの情熱を描いた『蜜蜂と遠雷』に寄せる思いや、独立のタイミングについて聞きました。

【インタビュー前編】休職を機に会社員から直木賞作家へ 『蜜蜂と遠雷』恩田陸さん

「才能」について書きたかった

――ご自身の大学時代の経験がモチーフとなっている『ブラザー・サン シスター・ムーン』を発表してからすぐに『蜜蜂と遠雷』の連載を開始していますね。

恩田:いつかは音楽小説を書きたいと思っていたので、編集者に構想を相談しました。彼も音楽が好きで演奏していたので、本格的に取り組み始めましたね。取材のために一緒にコンサートツアーにも行きました。

――『ブラザー・サン シスター・ムーン』では3人の主人公のうち、1人は才能がありながらあえて会社員の道を選びます。『蜜蜂と遠雷』でも、4人の主人公のうち、1人は会社員を続けながらコンクールに出ますね。

恩田:『ブラザー・サン シスター・ムーン』はプロを輩出するサークルが舞台ですが、実在するモデルがいます。彼はテナーサックスを吹いていたのですが、周りがプロになる中、才能を認められながらもあえて就職を選びました。今でもうまいです。

――そんな人がいるのですね。

恩田:ただ、この間、彼がちらっと言っていたんですよね。アマチュアだからこそ好きな音楽を追求できると。すごく才能があってそのままプロになって第一線で活躍する人、他に仕事を持ちながら自分の好きな音楽を追求し続ける人、どちらも正解だと思います。

――そうですね。

恩田:そんなこともあって、ずっと「才能」について考えていました。それで書いたのが『蜜蜂と遠雷』です。

――ご自身もプロを輩出する音楽サークルに所属していたことが影響しているのですか?

恩田:そうですね。幼少の頃からピアノを習って音楽をたくさん聴いていたので、自分は音楽がかなり好きな方だと思っていました。でも、音楽サークルに入って改めて、世の中にはこんなにすごい人がたくさんいるのだと驚きました。

――『蜜蜂と遠雷』では様々な才能が描かれます。幼少期に天才少女との呼び声が高かったにもかかわらず挫折を経験した栄伝亜夜、楽器店に勤めながら最後のコンクールに出る高島明石、サラブレッドで期待の優勝候補のマサル・カルロス・レヴィ・アナトール、そして彗星のごとく現れたダークホースの風間塵…。皆、ひたむきに音楽を愛していますね。

恩田:実はこういう背景があってこんなトラウマがあった、というのはなしに、ただひたすら音楽に賭ける人たちの話が書きたかったのです。音楽が好きでがんばってきた人を書こう、と最初から決めていました。

――ご自分は誰に一番近いと思いますか?

恩田:全員ですね。この4人の登場人物の中には自分が少しずつ入っています。

栄伝亜夜は大胆なところと臆病なところですね。風間塵は一番少ないですね…。強いて言えば天然なところ。マサルは住む場所を転々としていますが、私とは転校生だったことに共通点がありますね。周りに対する観察力があって、力関係を見極めているところとか。

――なるほど。では会社員を続けながらコンクールに出る高島明石はどうですか?

恩田:天才ではない自分を自覚していながら、天才に対する優越感があるところですね。

――映画の予告編の中にも「音楽だけを生業にしている人には絶対にたどり着けない領域があるはず」というセリフがありましたね。

恩田:天才にはわからないものがあると思います。天才ゆえにわからないものがあるというか。明石と同じく、自分もそう考えていますね。

――では「才能」はどんなものだと考えていますか?

恩田:才能は続けること、続けられることだと思っています。それについては会社員と兼業していた頃から現在まで変わりません。

――デビュー以来、幅広い作風で読者を楽しませているという印象があります。

恩田:作家にはさまざまなタイプの人がいて、一生同じテーマで書き続ける人も自分のことを書き続ける人もいますが、私はそういうタイプではありません。本の面白さを次世代の人に伝えたいという思いが強いですね。

エンターテイナーに徹して、自分が読んで面白かったものを換骨奪胎して違う演出で出す。それを読んでまた新しい人が書いてくれるかな、とも思っています。とにかく本の面白さを伝えたい。ずっとその気持ちは変わらないですね。

ひとりでいるときには誰かの存在を感じて

――小説の構想などひとりで考えるときに心がけていることはありますか?

恩田:楽天的になることでしょうか。煮詰まってもう嫌だと思うこともありますが、一晩寝れば治ります(笑)

――ではひとりで自分と向き合うことについてはいかがですか?

恩田:何の仕事でも最後は自分ですよね。心理学者の河合隼雄さんの言葉に「ひとりでいる時はみんなといるつもりで みんなでいる時にはひとりでいるつもりで」という言葉が好きです。

ひとりでいる時に「ひとりぼっちだ」と思い込むのではなく、常に誰かの存在を感じるようにする。例えば、身近にいる人ではなく会ったことのない読者の存在もそうです。そして、みんなといる時こそ「ひとりだ」と思うようにしています。自分を見失わないようにするというか。

そうやってバランスが取れるのかな、と。この言葉は当たっているとつくづく感じますね。

独立できるかどうかは自分の名前で仕事ができるかどうか

(撮影・斎藤大輔)

――最後に、会社を辞めて一歩踏み出したいと考えている人にとって大事なことがありましたらお聞かせください。

恩田:自分の名前で仕事ができるか、ではないでしょうか。そして、会社の肩書きがなくなっても付き合ってくれる人がいるかどうかだと思います。仕事は肩書きで見られているところがありますので。

自分の場合は、本のプロである編集者たちが「会社を辞めてもやっていける」と言ってくれたので、それならばやっていけると思って独立しました。どこの編集者も、最初はデビューした作家に「会社は辞めないでください」と言いますし。

――本当ですか?

恩田:そうです。ちゃんとお給料がもらえるところがあるならば、そこをキープしておいてくださいと。デビュー作が素晴らしかったらそれは才能があったということだと思います。でも、続けていけるかということとはまた別の話で。

――確かに。

恩田:中途半端にならないようにするのは大変かもしれないですが、複数の軸足を持つのはいいことだと思います。精神衛生上いいですよね。ただ、仕事を辞めて転職した人で、ちゃんと引き継ぎができなかった人はやっぱり次の仕事でも成果を出していないですね。

いろんな人の顔が思い浮かびます。簡単に会社を辞めたらダメですよ(笑)。
独立が頭に浮かんだときは、どのような働き方が自分の責任を一番良く果たせるかを考えてみたらいいのではないのでしょうか。

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