バーチャルカーレースの最速は誰? 「グランツーリスモ」世界大会をモナコで観戦
バーチャルのカーレースの世界最速は誰なのか?
家庭用ゲーム機でカーレースの世界を体験できるPlaystation 4用ソフト「グランツーリスモ」(GT)シリーズの初の世界大会が、11月17~19日にモナコで開かれ、世界各地の予選を勝ち抜いた精鋭たちが、初代の「世界王者」をめざして戦いました。(取材・吉野太一郎)
たかがゲームで大げさな?
そう、大げさなこと、この上ありません。この大会は、F1グランプリなどリアル自動車レースの大会を主催する、国際自動車連盟(FIA)の公認大会です。会場となったモナコのホテルは、かつてF1の年間表彰式が開かれていた場所でした。
「世界三大レース」の一つ、市街地を走るF1グランプリで知られるモナコ。いわば歴史と伝統を誇る自動車の聖地に、バーチャルが乗り込んできた形です。
ソニー・インタラクティブエンタテインメントの子会社、ポリフォニー・デジタルが制作するGTシリーズは、1997年に第1弾が発売されて以来、世界19言語で累計約8040万本を売り上げた人気ソフト。最新作「グランツーリスモSPORT」は昨年10月に発売され、世界中の約500万人がオンラインで対戦してきました。
レースはこのようなブースに入って戦います。ハンドルとアクセル、ブレーキは本物に近く、アーケードゲームに似ていますが、よくみるとハンドル右手付近にはプレステの○△□×ボタンがあります。クラッシュするとブースに衝撃が走ります。
スピードは出るが摩耗も早いソフトタイヤと、耐久力に優れるが速さで劣るハードタイヤをどう履き替えるか。ガソリンが切れないような燃料補給のタイミングなど、単にハンドルさばきだけではない、コースの特徴やレース展開を読んだリアルなカーレースさながらの戦略も求められます。
会場には英語、フランス語、スペイン語など6カ国語の実況ブースも設けられ、3日間の大会はインターネットで生中継されました(日本語の実況は東京から)。
個人部門の「ネーションズカップ」は、オンラインのレースで順位に応じて与えられるポイントの合計点が高い選手たちが、世界3地域(アジア・オセアニア、アメリカ、ヨーロッパ・中東・アフリカ)の予選を戦い、各地域の上位計30人がモナコに集まりました。
選手が入場し、モナコの国歌が流れます。
バックヤードではペナルティーなどを判定する審判やテックスタッフが陣取ります。
最終日の11月19日夜に開催された決勝は計4レースで、順位に応じて与えられる合計ポイントで競いました。優勝したのは、北米・中南米の王者だったブラジル出身のイゴール・フラガさん(20)。最終レースは10番目のスタートでしたが、徐々に順位を上げ、ポイントを積み上げて大逆転を果たしました。
「トップ集団のデッドヒートに遅れずについていって、最後にソフトタイヤで早くピットアウトする。作戦勝ちでした」。フラガさんはリアルのカーレースのアマチュアレーサーでもあり、「リアルの経験がバーチャルで生きた。夢は(リアルの)F1かインディーカーレースでトップになること」と言います。
日本人の表彰台は、あと一歩のところで実現しませんでした。第3レースを終えてトップに立っていたのは、栃木県から来た会社員、山中智瑛さん(25)。しかし最終レースはスピードが乗らずに10位。通算得点で4位に終わりました。「少しずつ守りに入ってしまった。こういうところで結果を出せないのが日本人なのかな、って思ってしまう」
18日(2日目)には団体戦に相当する「マニュファクチャラーズシリーズ」もありました。各プレーヤーが参戦する自動車メーカーを決め、年間を通じてオンラインのレースに参戦。上位16メーカーごとに各地域で最も順位の高い選手がモナコに集い、3人1組でチームを組んで戦いました。
タイヤの種類や交換の順序に加え、ドライバーの特性に応じた交代のタイミングも考える必要があります。実際のレーシングチームなら監督が指示しますが、ここでは出身国も言葉も異なる混成チームの選手が、自ら判断しなくてはなりません。
優勝したのは、トヨタとのデッドヒートを制したレクサスチーム。日本人、アメリカ人、フランス人が顔を合わせたのはモナコ入りしてからでした。川上奏(かなて)さん(22)は言葉の壁に苦労したと言います。「代表に決まってから、ゲーム内のチャットをGoogle翻訳しながら、3人で意思疎通をしていました。モナコ入りしてからは、大事な部分は何度も聞き直して確認するよう心がけました」
ネーションズカップで優勝したフラガさんと、マニュファクチャラーズシリーズで優勝した川上さんら計4人は、12月にロシアのサンクトペテルブルクで開かれる国際自動車連盟のイベント「FIA GALA」に招待され、F1やラリー選手権など、実際のカーレースの優勝者とともに表彰されます。もちろん史上初めてのことです。
会場に集ったスポンサーや大会関係者は、選手たちが繰り広げる競り合い、駆け引き、デッドヒートに熱くなりました。
そして、リアルと現実の境界はどこにあるのか。
何かとんでもないことが起きているのではないか――。3日間、現地でこのレースを見続けていた私は、ずっと考え込んでいました。「eスポーツ」と呼ばれる最近のムーブメントに乗って、ゲームやバーチャルが現実と入れ替わってしまいそうな勢いを感じたのです。(続く)
(取材協力:ポリフォニー・デジタル)